35.青田買い
「そうだ、仲間になるんだから、これは知っておいてもらわないといけないな」
「なにがですか?」
思い出したように言う俺に、不思議そうな表情で首をかしげるジャンヌ。
「俺、ドラゴンの言うことがわかるんだ」
「言うことが……?」
「ああ、ドラゴンの言葉が分かる。人間と変わらない感じで会話ができる」
「本当ですか!?」
ジャンヌは思いっきり驚いた。
「ああ」
「そんなの聞いたことがありません……」
「ちょっと試してみよう」
「試すって、どうやってですか?」
☆
半日後、ボワルセルの街、俺の屋敷。
竜舎の表、庭で待っていると、ジャンヌを乗せたルイーズが戻ってきた。
「お帰り」
そう言って、手を伸ばして、ジャンヌを助けてルイーズの背中から下ろした。
俺の前に立つジャンヌは不思議そうな表情をしている。
「ただいま……えっと、これで何が分かるのですか?」
「ちょっと待ってな」
ジャンヌからルイーズに視線を移した。
「どうだ、ルイーズ。そのままで頼む」
『……』
「どうしたルイーズ」
『ごめんゴシュジンサマ、これ、ゴシュジンサマに言っていいのか分からない』
「言っていいのか分からない?」
『うん。独り言を言ってたけど、たぶんゴシュジンサマに言っちゃダメなこと。本人の口から言うのはいいけど』
「どういうことだ……?」
俺は不思議に思った。
俺のもくろみはこうだ。
ジャンヌに、ルイーズに乗って街を一周して来てもらう。
その際ジャンヌはなにか独り言をつぶやくだろうから、それをルイーズから聞いて、伝える。
それで俺はドラゴンの言葉が分かるという証拠になる――って算段だ。
何をした、とかじゃなくて、何を喋ったとそのままリピートすればいやでも信じるしかない、完璧な作戦だったんだが、何故かルイーズが難色を示した。
俺は少し考えて、ジャンヌの方を向いた。
「ジャンヌ」
「なんでしょう」
「ルイーズが、俺に教えちゃいけない独り言を言ってた、って言ってるんだけど」
「シリル様に教えちゃいけない独り言?」
「ああ、ルイーズに乗ってる間、ジャンヌが言ってた」
「……――っ!!」
最初はきょとんとしていたが、すぐに何か思い当たったらしく、ジャンヌは目を見開き驚愕した。
それだけではない、顔が一瞬で真っ赤になった。
「だ、だめです! 言ってはなりません!!」
ジャンヌは慌ててルイーズを止めようとした。
『だから言わないって言ってるじゃない』
「大丈夫だから、俺には教えられない、って話だろ?」
「あっ……そうでした……」
ジャンヌはほっとした。
「一体何を独り言で言ったんだ? ルイーズ、本人の口から言うのはいいけど、と言ってるぞ」
「そ、それもダメです!」
「なんで?」
「それだと……告白になっちゃいます」
「え? 何になっちゃうって?」
つぶやきの声が小さすぎて、何々になる――っていう、おそらくは一番重要なところが聞き取れなかった。
「な、なんでもないです!」
「しかし――」
「それよりも! 本当にドラゴンの言葉が分かるのですね」
「え? ああ」
俺は小さく頷き、ルイーズの方に視線を向けた。
いまいちすっきりしないが、俺がドラゴンの言葉が分かる事を理解してもらえたんだから、目的は達成できた。
なら、まあいいか。
「すごいです……だからあんなにドラゴンの事を……」
「まあ、言葉が分かるから、お願いがしやすいんだ」
「……では、神の子と話していたのも?」
「そういうことだ」
「あれは神の子のお力ではなく、シリル様の力だったのですね。すごいです!」
ジャンヌは感動した目で俺を見つめた。
クリスが復活した時に彼女もその場にいた、そしてクリスと俺が話してるところもみていた。
なるほど、あれはクリス――神の子フェニックスだから、って思ってたって事か。
「……あれ?」
「どうした」
「シリル様のそのお力……以前のギルドの方はご存じなかったのですか?」
「ああ」
俺は微苦笑した。
「まあ、言いはした」
「なのにシリル様を追放なさったのですか?」
「そうだな」
「……見る目がないのですね。リントヴルムは一流のギルドとは聞きますが、底がしれますね」
ジャンヌは不機嫌半分、さげすみ半分な顔でそう言った。
まあ、今となっては追放してくれた事に感謝してる。
俺を見下す相手の事などもう知らん。
その代わり、認めてくれる者達と一緒にやっていきたい。
「ジャンヌ」
「は、はい。なんでしょうか」
「一緒に楽しくやろうな。ずっと」
「ず、ずっと……」
俺はそう言って握手を求めて手を差しだした。
ジャンヌは何故か顔を赤くして、ちょっとだけもじもじしてから。
「はい……よろしくお願いします」
と、俺の手を取ってくれたのだった。
☆
ジャンヌが加入して、一ヶ月くらいの時が経った。
ジャンヌがくれた郊外の土地は、今は業者を入れて、最低限の建物を建ててもらっている。
前の竜涙香の運びで手に入れた金があるからそれでやってもらってる。
また、ガリアンの本格的な栽培が始まったら業者に頼みづらくなるから、まず今やってもらってる訳だ。
そんな中、俺はコレットを連れて、再びマンノウォーにやってきた。
マンノウォーの検問を難なくすり抜けて、前回のギグーの店に再びやってきた。
見覚えのある紋章を掲げた店の中に入ると――。
「何もんだ――っておめえか」
前回同様、荒っぽい口調での出迎えになった。
「今日は何だ?」
「見てもらいたい品物がある」
「ほう、なんだ」
目がキラッと光った。
この短いやり取りだけで、向こうも察しているみたいだ。
「コレット」
『ん、ちょっとまって』
コレットはそう言って、胃袋の中から竜涙香を吐き出した。
消化じゃなく、貯蔵に使う胃袋。
そこから、彼女だけでなく、ルイーズとエマ、そしてユーイのも。
ドラゴン・ファーストのドラゴンが作った竜涙香をまとめて吐き出した。
まずは試し、って事で、手の平に載る程度の量だった。
それをとって、差し出す。
「まずは作ってみた」
「へえ?」
「試験的でもある。これを買い取ってもらえるならちゃんと作ろうと思う」
「そうかい。なら見せてみろ」
「ああ」
俺は頷き、竜涙香を渡した。
そいつは受け取って、舐めたり匂いを嗅いだりしてみた。
「こ、これは……」
そして、何故か大いに驚いた。
「どうした」
「こんな純度の高い竜涙香、滅多にお目にかかれねえぞ。どうやって作った」
「ああ。できてからもしばらくの間胃袋の中にのこしてもらった」
これはクリスから教わったことだ。
できてすぐに取り出すんじゃなく、もうしばらく胃袋の中で「熟成」させた方がイイって。
それをそのまま実行した。
「……全部がそうなのか」
「ああ――どうした、何かまずいのか?」
「いや、よくドラゴンをしつけたり、宥められたりできたな。ドラゴンはこれを隙あらば吐き出そうとするもんだ。熟成するまで入れたままにさせるのはかなり難しいぞ」
「そういうことか」
俺は頷いた。
そして、コレットをポンポン叩いた。
「うちのドラゴンは優秀だから」
『ふ、ふん。褒めたって何もでないからね』
コレットは照れ隠しに顔を背けた。
最近分かってきた、こういう時のコレットって照れてるんだって。
俺はしないが、クリスなんかはそれを指摘して、そしてコレットががぶっとかぶりつくまでがお約束の流れだ。
まあ、それはそうと。
「そこまでドラゴンをしつけられるものなのか……」
目の前の男は驚愕半分、感心半分な顔をしていた。
「で、どうだ。買い取ってくれるのか?」
「……この純度を保てるか?」
「コレット?」
『まっ、やれって言うのならやるけど』
「問題ないと思う」
「この純度なら1.5倍……いや、倍で買い取らせてもらう」
「倍? なんでだ?」
「純度が高けりゃ、想像力の弱い人間でも夢を自由に操れるからな」
「ああ……」
俺はものすごく納得した。
たまに夢だと自覚して、夢をコントロールしようとしても、上手く行くときと微妙に上手く行かないときがある。
竜涙香でやるときのそれが、純度の差で違いがでるってんなら、高くなるのも納得だ。
「……ちょっとまて」
俺にそう言って、一旦店の奥に引っ込んだ。
次に出てきたときは、俺に一枚の紙を差し出した。
一目で分かる、教会が発行してる教会札だ。
「これは……」
「額面一万リールだ。教会札だからどの教会でも即換金できる」
「これを?」
「前金だ」
男はそう言って、まっすぐ俺をみた。
少し考えて、理解した。
俺が持ってきた竜涙香の質が高くて、大金を使ってでも囲い込みたい、青田買いしたいってことだ。
つまりは……大成功ってわけだ。