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34.姫様の変身

 三日後、ボワルセル郊外に姫様と二人っきりでいた。


 厳密には姫様の馬車と従者が百メートルくらい離れた所で待機している。


 そんな状態で、姫様と目の前の「廃墟」をみていた。

 俺が郊外の本拠を作りたくて、姫様がそれに力を貸したくて、持ってきた土地の候補だ。


「こちらでいかがでしょうか」

「元はどういう場所なんだ? ここは」

「廃棄した荘園だと記録に残ってます」

「荘園か、ってことは畑とかあるんだな」

「はい……今は荒れ放題だって聞いてますけど」

「そりゃそうだ」


 姫様が申し訳なさそうに言うのを、俺ははっきりと頷いた。

 頷きつつ、歩き出して中に入る。

 姫様は俺の横についてくる。


 中を歩いて、俺はおあつらえ向きだと思った。

 荘園というのは、王侯貴族が運営してる「村」のようなものだ。


 普通の村は村人のものだが、荘園は王侯貴族の所有物だ。

 村人が収穫したものは自分の物で、領主に税を納める。

 対して荘園は収穫した物全てが王侯貴族のもので、代わりに給料をもらう。


 そういう細かい違いはあるにしろ、一つ、共通しているものがある。

 それはここが、作物を育てる場所ということだ。


 今回の拠点で、ガリアンを育てる事が目的な俺にとって、荘園というのは非常に都合がいい場所だった。


「建物は……ほとんど朽ちてるな」

「そのようですわね。すみません、今すぐ使えるものを用意したかったのですが、すぐには……」

「いや、これで凄く助かる」

「そ、そうなのですか?」


 姫様はびっくりした顔で俺を見た。


「ああ、建物と設備はほとんど朽ちてるけど、でもほら、この壊れてる水車とか、落ちてるけど橋とか、倉庫とか。こういう施設はここに置いたらいいぞ、っていう参考になるから」

「な、なるほど」

「一から作るよりはかなり楽だ――ありがとうございます、姫様」

「――っ!! し、シリル様に気に入っていただけて光栄です!!」


 俺にお礼を言われて、姫様は思いっきり感激した。


「それよりも、本当にここを使わせてもらってもいいのか?」

「勿論です!! シリル様のお好きなように使って下さい!!」

「そうか。じゃあまずは……整地だな」

「整地、でございますか?」

「ああ。クリスに頼んでもいいけど、まあ俺でもやれるだろう」


 俺はそう言って、周りを見た。

 廃墟同然になっている元荘園をみて、「これは参考としてもいらない」と思うものを品定めしていく。


 そしておもむろに腕を突き出す。

 腕を突き出して、指を向ける。


 次の瞬間、九本の指から炎の弾をうちだした。

 炎の弾が次々といらない建物に当って、炎上させる。


「シリル様? これは一体……」

「いらないものは燃やしてしまった方が早いからな。幸い森とか近くにあるわけでもないし、こっちの方が早い」

「なるほど!!」


 姫様は大きく頷き、納得した。


「それにしても……」

「え?」

「炎の勢いが凄まじいですね……」

「スメイ種のエマと契約して使える様になったスキルだけど、クリスとも契約してるから、炎が普通のよりも強くなってる気がする」

「そうなのですか!?」

「多分」


 確証がある訳じゃないけど、俺はそう言った。

 クリスと契約する前との比較はできなかったけど、九指炎弾を撃ってるときは、体の中でクリスとの契約もなんか反応してる様に感じることがよくある。

 それで普段の炎よりも勢いが凄いっていうことなら、クリスとの契約がプラスになってるんだろう。


 フェニックス種、炎の中から再生する、神の子と呼ばれるドラゴン。

 それの影響で炎の効果が全般的に上がる――というのは理に叶っていると思った。


 俺は、炎弾で次々と、跡地からいらない建造物を燃やしていった。

 場所をそのままに、建て替えた方がいい、というようなものは残していった。


 そして、荒れ放題の畑にも炎を放った。


「畑にもですか?」

「ああ。こうすることで雑草とか害虫とかを、種や卵から死滅させることができるんだ。それと土の質も良くなるらしい」


 詳しい理屈は分からないけど、そういう事らしい。


「知りませんでした……シリル様は博識なのですね」


 姫様は尊敬の眼差しで俺を見つめる。

 熱烈な視線は、心地いいのと気恥ずかしいのが半々だ。


 姫様を連れて歩きながら、いらないものを燃やしていく。


 ふと、荘園内を流れる小川を通ったところ、川面が鏡になって反射して、後ろにいる姫様の表情が目に入った。


 姫様は何故か表情が暗かった。

 俺は立ち止まり、姫様に振り向いた。


「どうした、なにかあったのか?」

「え? いえ! すみません! なんでもないです!」

「何でもないって表情じゃなかったけど……なんでも言ってくれ。力になれる事があったらなんでもするぞ」

「いえ、本当大丈夫です。ただ……」

「ただ?」

「シリル様とご一緒できたらいいな、って」

「一緒に?」


 どういう事なんだろうか、って顔をして、首をかしげて姫様を見つめ返した。


「はい、シリル様のギルドの一員として……そう思ったのですが、周りが許してくれなくて」

「そうなのか?」

「はい……竜騎士ギルドのパトロンになるのはいい、でも実際に参加するのは身分を落とす事になるから、と」

「なるほど……」


 身分、か。

 それは難しい話だな。


 今の話が本当なら、姫様が俺を支援する事はこの先も安心できるけど、姫様が今感じてるようなさみしさとか切なさは永久に解消されない。


 それは……見ていて辛いな。

 俺を追放して、ドラゴンを軽視するリントヴルムの様な連中はどうだっていいが、よくしてくれる姫様のような人間なら、なんとかしてやりたいと思ってしまう。

 何か方法はないか、と考えていると。


「……あ」

「ど、どうしたのですかシリル様」

「姫様、ちょっとそのままで動かないで、目を閉じててくれ」

「え!?」

「すぐ終わるから」

「えっと……は、はい……」


 姫様は周りをぐるっと見回してから、もの凄く恥ずかしそうに顔を赤らめて、目を閉じた。

 目を閉じた後、顔を上に向かせ――背の高い俺に向けてきた。

 何故か唇をすぼませてきた。


「……?」


 何だろうと思いつつ、俺は姫様にスキルをかけた。

 ガルグイユ種のユーイと契約した力、姿を変える力。

 それを姫様にかけた。


 ドラゴンを人間に見せる事ができるスキルは、人間にも効果があった。


 直前まで、ザ・姫様だった彼女は、まったく別の姿にかわった。

 美少女なのは変わらずに、顔も服装も、似ても似つかないような別人になった。


「よし」

「シリル様?」

「もう、目を開けても良いぞ」

「え? ……はい」


 困惑しながら、恐る恐る目を開ける姫様。

 その困惑した顔で俺をみた。


「えっと……シリル様?」

「川に映ってる自分の姿を確認してみてくれ」

「はあ……え!?」


 俺に言われたとおり、川面に視線を落とす姫様。


 さっきまで悲しげな表情を映し出していたのが、一変して驚愕顔になってしまう。


「こ、これは……」

「変装する力だ、これで姿を全くの別人に変えることが出来る」

「こんなこともできるのですね……流石シリル様です」

「これで、別人としてギルドに参加出来るけど、どうする?」

「――っ!」


 姫様はハッとした。

 川面に映る自分の顔と、俺を交互に見比べる。

 その顔は、新たな可能性を提示されて喜んでいる時の顔だった。


「お忍びのちょっと大げさ版だ」

「ほ、本当によろしいのですか」

「ああ。姫様さえ良かったらだけど」

「します! わたくしの事を加入させて下さい! お願いします!!」


 姫様は俺にすがりつくほどの勢いで言ってきた。


「そうか、よかった。じゃあこれからもよろしく姫様」

「はい! よろしくお願いします」

「そうなるとこの姿の時に姫様って呼ぶのもよくないな、何か別の名前を考えたほうがいいな」

「そうですわね――いえ、そうですね。その……」

「うん?」

「シリル様がつけてくれませんか?」


 若干つっかえながら、姫様は言葉使いを意識して変えながら言ってきた。


「俺が?」

「はい! お願いします! シリル様につけて欲しいです!」

「そうか。じゃあ……ジャンヌ、とかどうだ?」


 元の姫様のイメージからかけ離れた名前を提案してみた。


「はい! ありがとうございます!!」


 すると姫様は大いに喜んだ。

 こうして、姫様改め、ジャンヌがギルドに加わる事になった。


「そういえば……さっきの顔、あれはなんだったんだ?」

「え?」

「なんかキス顔っぽい――」

「な、なんでもないです!!」

「え?」

「唇を蚊に刺されたんです。それでちょっと痒かったのです」

「はあ……」


 ジャンヌが何故か必死に弁明をしていた。

 なんか腑に落ちないけど……まあ、いっか。

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