32.大物のイメージ
「契約をさせてもらってもいいか?」
『……契約?』
ユーイは相変わらずの薄い反応で、ちょこんと小首を傾げた。
契約の事はまったく知らないから、こんな反応をするのも仕方がない。
「説明すると――」
『いいよ』
「――いいんかい!」
ながれるような突っ込みを入れてしまった。嫌がるかも知れないと思って説明しようとしたら、テンションは低いが嫌がってるそぶりはまったくなかった。
「いいのか? 何も知らないままで」
『別に……』
「嫌な事かも知れないんだぞ」
『あなたの事は、嫌じゃないから』
「むむっ」
虚を突かれてしまった。
ユーイの口から出てきた理由はちょっと嬉しいけど、想像してなかったものだった。
「そうなのか?」
『それに』
ユーイは小さく頷いたあと、他の四人をぐるっと見回した。
ルイーズ、コレット、エマ、クリス。
竜舎の中にいる、四人のドラゴンに視線を一巡させてから、また俺に戻してきた。
『ここにいるみんな、楽しそうだから』
「それは――」
『くはははは、人徳というものだな。さすが我の心友よ』
クリスが大笑いした。
というか、ぼうっとしているようで、結構周りの事を見てるんだな。
ルイーズら四人の振る舞いから俺の事を品定めしたのなら、結構な観察力なのかも知れない。
ガルグイユ種の擬態よりもずっと得がたい能力なんじゃないか、と思った。
まあ、それはともかく。
「ありがとうな。じゃあ早速契約をさせてもらおう」
『ん……』
「クリス」
『おうともよ』
なんだそのキャラクターは――と思うような返事をしつつ、クリスは俺とユーイの間に魔法陣を作った。
急なことでナイフを持っていない俺は最初の時と同じように、ツメで人差し指の腹を切って、血を一滴たらした。
「ユーイも同じように、血を一滴たらして」
『わかった……』
物静かに頷きながら、ユーイも同じようにツメで自分の前足をひっかいて血を出した。
二人で魔法陣に血を垂らして――混ざり合った。
血が混ざり合って、魔法陣に吸い込まれる。
そして光になって、魔法陣から俺に取り込まれた。
光が俺の体に馴染んで、過去の四回と同じように、契約はつつがなく完了した。
『どうなの?』
コレットが聞いてきた。
「なるほど……うん。コレット、テストに付き合ってくれ」
『あたしが?』
「ああ」
『別にいいけど……』
コレットは受け入れつつも、なんであたしが? って顔をしていた。
俺はコレットに手をかざした。
かざされたコレットの姿が歪む。
空間ごと姿が歪んで、形を変えていく。
みるみるうちに姿が変わって――ムシュフシュ種のドラゴンから人間の姿になった。
16歳くらいの、長い金髪をツインテールにした、美少女に姿を変えた。
『な、なにこれ』
コレットは驚いた。
自分でも「そう」見えているみたいだ。
「ユーイとの契約の力だ。ちなみにただ見た目を変えただけ」
『見た目だけ?』
「そう、実際は――コレット、前足を上に向かって伸ばしてみろ」
『こう? あっ……天井に届いた』
コレットはハッとした。
見た目では、年頃の美少女が背伸びをして、手を上に伸ばしているだけで、到底天井に届くほどじゃないが、実際にはコレットは天井に「前足」が届いたみたいだ。
元のコレットはそれくらい大きくて、四本足から二本足でたって前足を伸ばせば天井に届く位はある。
『へえ……』
「この力で、みんなを見た目だけ人間にする事ができる。本当に見た目だけなんだけど――コレット」
『なに?』
「預けておいた小銭を出してくれ」
『え? うん』
コレットは特に何も考えないで、小銭を「吐き出した」。
ムシュフシュ種の特殊能力、腹の中に色々収納することができる。
それで俺は持ち歩くのが面倒なものはコレットに預けておいた。
小銭とかがそれだ。
しかし――俺はちょっと後悔した。
コレットは――金髪ツインテール美少女の姿で、口から小銭をじゃらじゃら吐き出した。
『うわ……』
『これはちょっと……』
ルイーズとエマがその絵面に複雑そうな反応を見せた。
コレット本人は自分のしている事の絵面が見えていないから、きょとんとしている。
『え? なに、なんかまずいの?』
『くははははは。なあに、見目麗しい少女が男の前でゲロゲロ吐いただけの事よ』
『ーーッ!!』
コレットはみるみるうちに顔が真っ赤になった。
『おっと、我に噛みつくのは――』
『ガブッ!!』
クリスの制止よりもはやく、コレットは噛みついた。
ツインテールの美少女が中型のドラゴンに噛みつく。
こっちはまあ、まだマシだった。
というかまあ、うん、微笑ましい。
『ねえゴシュジンサマ。私にもそれやって』
『私もお願いします』
じゃれ合うコレットとクリスとはよそに、ルイーズとエマが俺にお願いしてきた。
「ああ、じゃあ行くぞ」
俺はそう言って、二人に手をかざした。
コレットの時と同じように、二人の姿が空間ごとゆがみ、人間の姿になった。
ルイーズはふわふわ髪の、ぼんやりな表情の女の子になった。
今にも眠ってしまいそうな表情をしている。
コレットよりも一回り幼く、10歳くらいの女の子って感じ。
一方のエマは逆に背が高く、胸も立派めな感じの女の子になった。
背が高く胸も立派だが、表情がおどおどしてる感じで、そのアンバランスさがちょっとおかしかった。
『へえ、私ってこうなるんだ……』
『わわっ、む、胸が大変な事になってます!』
ルイーズとエマの二人は、自分の姿――幻影とも言うべき姿を見て、感心したり慌てたりしていた。
『これってゴシュジンサマが決めてるの?』
「いや、俺は『みんなのイメージ通りに』って感じでスキルをかけてるだけ」
『じゃあ毎回この姿なの?』
「そういうことだな。お前達の人間としての姿はそれになる、ってことだ」
『そうなんだ……』
『心友よ、我にも一発頼む』
コレットとのじゃれつきが終わって、クリスが俺にいってきた。
「わかった」
もちろん断る理由なんてないから、俺は同じようにクリスにもかけた。
空間ごと姿が歪み、クリスの姿を幻影に変える。
ルイーズ、エマ、コレットら三人は「美少女」の姿になったが、クリスは大人風の美女になった。
タイトな服を身に纏って、腰のくびれと脚線美を強調した服装を身に纏っている。
知的で、妖艶な大人の美女だ。
『ふむ、なるほど』
「って、お前女だったのか?」
俺はびっくりした。
クリスが女だというイメージがまるで無かったからこの姿には驚いた。
『くははははは、忘れたのか心友よ』
「え?」
『我は不死にして唯一なる存在、故に性別などない』
「ああ……それは前にも聞いたな」
『しかし必要となれば分化することも出来る。つまり我は男でもあり女でもあるわけだ』
「へえ……ってことは、女だったらこんな姿になる、ってことか」
『そういうことだな』
クリスが頷き、俺は納得した。
確かにそう言われると、普段の言動は豪快だが、そういう言動をするのが女だったら――うん、こういう見た目になるだろうなと納得した。
「ちなみに男だとどうなるんだ?」
『もう一度やってみるといい』
「わかった」
俺はうなずき、幻術を解いて、もう一度クリスにかけ直した。
元のフェニックス種の姿を経由して、姿が歪んで変化した。
『くははははは!』
今度は筋肉ムキムキで、ブーメランパンツ一丁のマッチョ男になった。
クリスは筋肉を誇示するポーズをしながらいつもの大笑いをする。
『この肉体美悪くないぞ』
「わるいこっちはなしだ」
俺は速攻で解いて、またかけ直した。
クリスをさっきの、スレンダー美女の姿に戻す。
「ふう……」
『くははははは、こっちがいいか心友よ』
「ああ……こっちにしてくれ……」
あまり半裸マッチョに目の前をうろつかれると精神的にクる。
俺はじっとクリスら四人――美女と美少女の姿をじっと見て、それでようやく落ち着いた。
そして、気づく。
『……』
「どうしたコレット、俺をじっとみつめて」
『あんたさ、それであたし達――ドラゴンの見た目を人間にしたじゃん?』
「うん」
『あたし達に沿ったイメージの人間に』
「そういうことだな」
『あんたがドラゴンになったらどんな感じになるのか、ってのは出来るわけ?』
「……おおっ」
俺はポンと手を叩いた。
「その発想はなかった。でも面白い、やってみるか」
『出来るの?』
「……たぶん」
俺は少し考えて、頷いた。
確証はないが、出来る
俺は一度みんなを見回してから、自分にもスキルをかけた。
一瞬、目の前の視界が歪んだあと――「変わった」と感じた。
そして――。
『『『……』』』
ルイーズ、エマ、コレットが俺を見て、ポカーンとしていた。
俺も自分を見た。
自分の、幻影の姿をみた。
サイズは大型種。
家からはみ出しているが、幻術だからはみ出している所は景色が歪んで空間が広く見えた。
そのサイズは、クリスの倍はあった。
そして何よりも、この姿は――。
「バハムート……?」
俺は、自分の格好に戸惑っていた。
『くはははは、うむ、バハムート種だな』
クリスは上機嫌に大笑いした。
『ドラゴンの中のドラゴン、竜王種という呼び方もあったな?』
「あ、ああ」
『さすが我が心友、ぴったりなイメージだ』
クリスは上機嫌に笑い、ルイーズ達は言葉を失う。
俺も、自分のイメージがバハムート種だという事に、ちょっと戸惑っていた。




