03.重役出勤オーケー
この日、役所に行って依頼を探す前に、まずは竜市場にやってきた。
竜市場は文字通り竜の売買をするための場所だ。
竜騎士の中には、いい竜は血統が大事だから、自前で繁殖育成までしているものと、そんなものは関係なく後天的な調教が重要だから、買ってきてちゃんとしつければいいものと、大きく分けてこの二つの派閥がある。
ちなみに割合としてはざっくりと半々ってところだ。
その「買ってくればいい」派を相手に商売するのがこの竜市場だ。
俺は、近いうち自前で竜を持たなきゃなと思って、下見に来ていた。
もちろん今は買えないから、店には入らないで、店先で見て、耳を澄ましている。
俺は、竜の言葉が分かる。
だから耳を澄ませるだけでも、他の竜騎士にはゲットできない情報をゲットできる。
竜は人間と違って腹芸はあまりしないけど、それでも一度「会話」をしてしまうと余計な思惑が入ってしまう。
人間なんてこっちの言うことが分からない。
そう思わせた状態の方がいろいろと分かる。
そんな感じで、店先に出ている小型竜を見ていった。
たまにいる中型はスルーした。大型はそもそも出てないから問題外。
小型に絞ったのは――純粋に懐事情がアレだからだ。
まずは小型竜を買う。
それで安定して仕事をして、金を貯めて小型竜を増やすか、中型竜に手を出すか。
そんなことを考えながら、竜を物色していった。
ちなみに買うと決めたのは、やっぱり長い目で見たとき、自前の竜がいた方がいいからだ。
その日その日でレンタルするとなると、長い目で見たとき高くつくし、何よりちゃんと一緒にいて、信頼を育てていった竜の方が、より難しい仕事もできるってもんだ。
さて、いい子はいるかな――。
「あれ?」
四軒ある内の一軒の前で足を止めた。
ものすごい安い子がいた。
店先には張り紙が何枚も貼られてて、その一枚だけ古びて、剥がれかかっている。
バラウール種の成体だ。
この店には他にもバラウール種を出しているが、その子だけ他の三分の一の値段だ。
訳あり品――ってことか?
にしても、相場の三分の一か……。
定価とかだったら手が出ないけど、三分の一くらいなら、前のギルドにいたときちょこっと給料もらってたし、それを吐き出せばぎりぎり足りる。
それに何より、剥がれかかっている張り紙を見て、なんとなく感情移入してしまった。
俺は店に入った。
「いらっしゃいませ」
ヒゲを蓄えた、線の細い店主が俺を出迎えた。
「竜騎士様ですね、どのようなものをお探しでしょうか」
「ああ、表に貼られてるバラウール種の安い子。あれはどうしてなんだ?」
「ああ、あれの事ですか」
店主は商売スマイルを維持したまま、ほんのちょっぴり困ったような苦笑いを混ぜて答えた。
「どこか体が悪いんですか」
「いえいえ、肉体的には至って健康。バラウール種としてはそうですね、中の上と言ったところでしょうか」
「ふむ」
なら三分の一の捨て値で売られる様なものじゃないな。
「端的に申しまして、やる気が無いんですよ」
「やる気が?」
「ええ。命令を聞くときと聞かないときの差が激しくて。無理矢理働かせることもできるのですが、能率が」
「なるほど」
いやいやと働き出したが、やっぱりやる気なさげなバラウール種の子の姿が頭の中に浮かび上がった。
なんというか、人間くさい子みたいだな。
「正直、オススメはできません」
「とりあえず見せてもらうことは?」
「いいですよ。こちらへどうぞ」
店主に店の奥に案内された。
ここも貸し竜屋と同じように、店の奥に広い庭のようなスペースがある作りだ。
その庭には何頭も竜がいて、そのほとんどが檻に入っている。
店主はその内の一つの檻を開けた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「ではごゆっくり」
店主はそういって立ち去り、俺と竜を二人っきりにしてくれた。
貸し竜屋と同じ、いやそれ以上に。
「買う」となったときの竜騎士って、レンタルの時以上に自分のわざと特性で竜を選ぶから、売る側は貸すより見ないように気を配ってくれる。
俺は店主を横で見送りつつ、檻の中を見た。
バラウール種の子だ。
バラウール種は、小型竜の中でもモノの運搬によく使われる種だ。
速度は出せないが、背中が広く、持久力があって辛抱強い。
また竜の中でも珍しい草食種で、長距離移動でも草原と川があれば良い為、食糧の積載を考えないで済む便利な種で知られている。
そのバラウールの子は――伏せたまま目を閉じていた。
「やあ」
『……』
声をかけると、バラウールの子は目を開けたが、言葉を交わすまでもなく分かる。面倒臭そうにしてる時の目だ。
「話は聞いた、なんでやる気が無いんだ?」
『……』
「話してくれないか」
『人間に話してもしょうが無いわよ』
「なんだ、女の子だったのか。話してもしょうがないとか言わないでくれ。まずは話してみなよ」
『……なに、言葉が分かるって言うの?』
「そういうことだ」
バラウールの子は目を見開いた。
ちょっと驚いた感じだ。
『どうして人間にあたしの言葉が分かるの』
「それは今どうでもいいじゃないか。それよりも、なんでやる気が無いのか話してくれないか。場合によっては力になるよ」
『……』
「なっ」
俺はバラウールの子と見つめ合った。
しばらくして、彼女はゆっくりとくちをひらいた。
『寝てたいの』
「寝てたい?」
『一日に十二時間は寝たいの。寝ないと力がでないから』
「それって一日の半分はってこと?」
『そう』
「それはめずらしいな」
俺は素直に感想を口にした。
ドラゴンというのは、人間から見ればかなりのショートスリーパーだ。
一日に二時間も寝れば充分なものがほとんどで、更に一部の種になると、寝たまま動けるなんてのもいる。
中型竜のヤマタノオロチ種がまさにそれで、寝ながら移動できる為、超長距離運送や国境警戒などに重宝されている。
だから、十二時間は寝たいというこの子は普通じゃない。
が、なにもおかしくはない。
会話できるからこそ、他の竜騎士よりも俺の方が強く実感している。
竜は、人間と同じように個体差がある。
性格によって細かく違うなんてのは当たり前で、稀に白いカラスが存在する様に、時々種のなかでは異色な存在、と言うのも結構存在する。
変人――いや変竜は意外にも多い。
人間が色々いるのと同じように、竜もまた色々なのだ。
「じゃあさ、毎日ちゃんと十二時間寝かせてあげたら働いてくれる?」
『うそつき』
「うそじゃないよ。そんなことをするくらいなら他の子を選べば済む話だ。言葉がわかるんだから」
『……本当に半分寝てていいの?』
「ああ、その代わり、たっぷり寝た後はちゃんと働いてくれよ」
『いいわ、信じてあげる』
バラウール種の子は頷いた。
俺は振り向き、店主を呼んだ。
「この子を下さい」
店主はゆっくりやってきて、ちょっと驚いた感じの顔で。
「いいんですか? 本当にやる気の無い子なんですよ? 今はやる気あるかもしれませんが」
「まあ、そこをなんとかして頂くってのが竜騎士の腕です」
「それはそうなんですが……訳ありなので返品はできませんよ」
「大丈夫」
俺ははっきりと頷いた。
それで向こうも俺の本気度を判ったようで、それ以上は何も言わないでくれた。
俺は一旦金を取りに帰ると、ほとんど全財産とも言える額を吐き出した。
追放後初めての、自分の竜を手に入れた。
☆
竜を連れて、街を歩いた。
まずは街外れの自分の家に連れ帰ることにした。
下っ端の竜騎士は、自前の竜を飼う事もあって、土地を多く使える街外れに家を借りる事が多い。
上級の竜騎士になると金も持ってるので、高級住宅街で広い庭付きの屋敷を持ったり、複数の竜を住まわせる専用の竜舎を持っていたりもする。
俺もこの街にやってきた時はそういうのを想定し、街外れにある広いだけのぼろ屋を借りていた。
まずはそこに戻ることにした。
竜を連れて街を歩いたが、竜騎士が竜を連れて歩く事はよくある為、好奇心旺盛な子供以外は特に注目されることはなかった。
ふと、俺は大事な事を思い出して、竜に話しかける。
「そういえば、名前はあるのか?」
『ないわよ』
「じゃあ俺がつけてもいいか? 名前はあった方が便利だ」
『いいけど、珍しい人間ね。人間って普通、あたしらを番号で呼ぶものなんじゃないの?』
「言葉がわかるんだから番号もないだろ」
『なるほど』
バラウール種の子は納得した。
俺はあごを摘まみながら腕を組んで、考えた。
「ルイーズ、はどうだ?」
『ルイーズ……』
「だめか?」
『ううん、なんか変な気持ち。名前をつけられるのは』
「そう?」
『でも、悪くない』
「それは良かった」
どうやら名前を気に入ってもらえたみたい。
そうこうしているうちに人気が少なくなって、街外れにある俺の家の前に戻ってきた。
「ここが俺の家だ」
『あたしはどこで寝ればいいの?』
「家の裏に庭がある、外でもいいし、屋根がついてる小屋もある。好きなところで寝ればいい」
『わかった』
俺はまず、ルイーズを家の奥の庭に案内した。
庭とは名ばかりの、囲いもないただの荒れ地だ。
「わるいな、辺鄙なところで」
『寝れればなんでもいい』
「本当に寝るのが好きなんだな」
『うん』
「だったらもう寝ていいぞ。今日はもうこんな時間だし、もう仕事もしないから」
『……ねえ』
「うん? どうした」
『本当にいいの?』
「ああ」
俺ははっきり頷いた。
「ルイーズがそういう子だって納得して迎えたんだ、それでいい」
『……へんな人間』
「よく言われる」
本当によく言われる。
竜と話す事ができるからか、昔から変人扱いされることが多い。
というかそれが原因で追放されてるし。
それはもう慣れてる。
『ねえ、ゴシュジンサマ』
「ゴシュ……ああ、ご主人様か」
聞き慣れない言葉だったから一瞬分からなかった。
「どうした、そんな呼び方して」
『そういう風によぶんでしょ、人間は』
「まあそういうのもあるな」
『ゴシュジンサマにだけ見せてあげる』
「何を?」
『あたしの秘密』
ルイーズはそう言って、街の反対側――何もない野原に向いた。
そして、カッ、と目を見開く。
次の瞬間、彼女から三本の光の槍が、前方に向かって撃ち出された。
「……おお」
『こういうのもできる』
「そうなんだ、なんでだ?」
『あたし、バラウールの中だと変な子だから』
「はは、なるほど」
俺はクスッと笑って、頷いた。
『ゴシュジンサマが命令してくれたらいつでも使うから』
「そうか。まあ無理しないで」
『うん』
こうして、バラウールのルイーズが初めての持ちドラゴンとなった。