29.サプライチェーン
夕方、マンノウォーの宿の中。
大きな街だったから、少し探すとドラゴンと一緒に泊まれる宿があった。
作りは離れの一軒家、それに簡単な竜舎がついてるタイプの宿。
ドラゴンも泊まれる専用の作りだから、宿代は500リールと結構な値段がしたが、みんなをねぎらう意味でポンと出した。
軒先と竜舎が繋がってる作りで、俺はそこで、四人と向き合った。
ルイーズはもう寝ている。
エマとコレットは香箱座りで俺の方をむいてて、クリスは人間のような、肘を立てて枕にして、横向きで寝そべってこっちを向いている。
「結論から言えば、いける」
俺はまずそう言い放った。
「あの後さりげなくいろんな人間に話を聞いてみたけど、街に持ち込みさえすれば引き取ってくれるみたいだ。竜涙香」
『禁制品なんですよね』
エマがそう聞いてきた。
「ああ。そこはやっぱり商人だから、っていうのが大きいみたいだ。一番の難関はやっぱり検問の所で、中に入ってしまえば商人達はどうとでも出来るみたいだ」
『そうなんですね……なんというか……なんというかです』
エマは複雑そうな表情でそう言った。
何をいっていいのか分からなくて、語彙力が消失してる感じだ。
『あんたはそれでいいの?』
「うん、どういう事だコレット」
『そういうのに手を出して、それで金儲けをして』
「そもそもが好きな夢を見れるだけのもの、体にも害はない――」
そこで一旦言葉を切って、クリスを見る。
クリスと目があった。
『うむ、肉体に害はない。それは我が保証しよう。寝過ぎて頭が痛くなるのまでは責任持てぬがな』
クリスはおどけながらそう言った。
人体に害はない、というのは間違いないだろう。
「禁制品になってるのは権力者の都合だ。権力者の都合だっていうのなら馬鹿正直に付き合うこともない」
『ふーん、そう。まああんたがいいんならそれでいいけど』
「ここからが問題だけど……さすがに竜涙香の作り方までは教えてもらえなかった」
『当然ね』
『作り方が分からないんじゃダメじゃないですか』
「それなんだよな」
俺はそこで一旦言葉を切った。
困った表情をした。
予感がした。
こういう風に困っていると――。
『くははははは、あんずるな我が心友よ。竜涙香の作り方くらい我が知っている』
クリスがそんなことを言ってきた。
計画通り――というか。
何でもしってるんだなクリスは。
そうなんだろうなと予想はついてたけど、実際にそうなってみると感心した。
「本当に知ってるのかクリス」
『くはははは、我が知らぬ知識などこの世に存在しない』
『えっらそうに』
『ちがうぞツンデレ、我は「偉そう」なのではない、「偉い」のだ。ちなみにツンデレというのは古代言語で――』
『がぶっ!!』
コレットはクリスに噛みついた。
そういえば前にも、ツンデレっていう言葉をクリスが言った途端に噛みついてたっけ、とおもいだした。
まあ、それはそうとして。
「どうやって作るんだその竜涙香は」
『うむ。まずは序論から行こうか。竜涙香というのはカモフラージュの名前だ』
「カモフラージュ?」
『その名前を聞いて、心友はどんな代物だとおもった?』
「そりゃ、竜の涙から作られたものだろ?」
話の流れですでに「そうじゃない」って分かったが、俺はクリスの質問に素直な答えを返す事にした。
『至極真っ当な連想であるな。しかしそうではない。竜涙香というのはドラゴンの涙とはまったく関係がないものなのだよ』
「へえ。……じゃあドラゴンとは関係があるのか?」
クリスの話に乗っかりつつ、その言葉をかみ砕きながら、理解しようと試みる。
『さすがだ我が心友よ、察しが早い』
クリスはますます、上機嫌になって話を続けた。
『その通り。ドラゴンの涙とは一切関係はないが、ドラゴン縁のものなのは間違い無い』
「なるほど」
『んもう! さっきからクドクドクドクド。もったいぶらないで一気に教えなさいよ』
『ええい、邪魔をするな。いいか、我は心友の格好いいところを引き出そうとしているのだ。ツンデレ娘だってそれが見たいだろうに』
『な、なんであたしが――』
よく分からないが、コレットは言葉をつまらせて、クリスに言い負かされてしまったような感じになった。
それが何でなのかよくわからないが。
「まあまあ、それよりもクリス、そろそろ話を先に進めてくれ」
『うむ、心友がそう言うのなら仕方がない。では心友よ、ガリアンという果物を調達してくるといい。三人分だ』
「ガリアン?」
『さっき街中の青果店で見かけた。名前を出せば分かるだろう』
「わかった、ちょっといってくる」
俺は立ち上がって、宿からでた。
青果店なら俺の記憶にもある、そういう店を通り掛かった記憶が。
さすがに、どんな果物が並んでるかまでは覚えてないが。
五分くらいかけて、記憶を頼りに青果店にやってきた。
夕方の青果店は、並んでる果物もまばらだった。
よほど繁盛してるのか、あまり残ってない。
「へいらっしゃい、何をお探しで」
「ガリアン、っていうのはあるか?」
「ガリアンね、それならこれだよ」
青果店のオヤジは、果物をざるごと手に取って、俺に見せてくれた。
それは黒くて不思議な形をしたものだった。
サイズは親指くらいで、なんというか――そう、牛の曲がりくねったタイプの角が、二つ合わさっている様なものだ。
手に取ってみると、角に見えるそれはものすごく硬くて、先端がやっぱり角みたいに尖ってるだけあって、油断すれば刺さりそうな感じがした。
クリスは三人分って言ったが。
「これを全部くれ」
「はいまいどあり」
青果店のオヤジはザルいっぱいのガリアンを袋に入れて、俺に渡した。
俺は代金を支払って、それを持って宿に戻ってきた。
「……何してんの?」
戻ってきた俺の目に飛び込んできたのは、クリスの舌に噛みついてるコレットと、それを宥めようとしているエマ、そんな光景だった。
一体何がどうしたらこんなことになるんだ?
『ほむ、はははっららひんひゅう』
「いや何を言ってるのか分からない」
想像はつくけど。
「何が起きたのか分からないけど、やめてやれコレット」
『ふんだ』
コレットは軽く拗ねた感じを見せつつ、噛みつくのをやめた。
俺は袋から買ってきたものを取り出して、クリスをみた。
「これがガリアンでいいのか?」
『うむ。別名牛の角という果物だ』
「見たまんまだな」
『人間はその殻をわって中身を取り出して食すらしいが、まあ、それはこの際どうでもよかろう』
「だな」
ガリアンの食べ方はどうでもよかった。
今はガリアンと竜涙香の話だ。
『ツンデレにエマ、それを丸呑み――』
『がぶっ!!』
『――するがいい』
電光石火。
コレットが見逃す位のめっちゃ速いスピードでクリスに噛みついた。
クリスはまったく動じずに説明を続けた。
『飲み込んだら胃袋の中に溜めておくといい。ああ、ツンデレは消化する第一胃袋に入れておけ』
『えっと、溜めておくのですか?』
エマがちょこんと小首を傾げる感じで聞き返した。
『その通りだ』
「クリスはやらないのか?」
『我には無理だ。我は完成された不死なる唯一の存在。食事で生命を維持する必要が無いのだ。故に食事をする機能が肉体にはない』
『ふん、使えないヤツ』
『くはははは』
クリスは楽しげに笑った。
コレットの悪態さえも楽しんでいる様子だ。
「それで、飲み込んだ後はどうするんだ?」
『このまま待つ』
「どれくらい?」
『一ヶ月ってところだな』
「一ヶ月!?」
これにはさすがにびっくりした。
「そんなに待つのか?」
『うむ、一ヶ月経った後、普通なら便として排出されるものを――』
『ちょっと待って。今なんていったの』
『うむ? 便になって排出されると言ったのだが』
『何よそれ! 聞いてないわよ』
コレットが猛抗議した。
猛抗議したくなる気持ち、まあ分かる。
いきなり便――ウ○コとか言われたら抗議の一つもしたくなる。
『くはははは、当然だ、今話している事だからな』
『なんでウンコなのよ。というか、それを――』
コレットはちらっとこっちを見た。
うん、そりゃそうだ。
俺にウ○コとか、たぶんそれを触られる的な話に繋がるはずだ。
そりゃ、いやだな。
『話を最後まで聞け。普通のドラゴンならば便として出されるところだが、お前達は我と、そして心友のおかげで細かい指示ができる。その時が来たら我が教えるから口から吐き出すといい』
『あっ、それでいいんだ……』
コレットはほっとした。
それはそれでどうなのかって思わないこともない。
ウ○コはダメで、ゲロはいいって事なんだろう?
まあそこはムシュフシュ種だから、口からものを出すのは今までもさんざん見てたし、今さらなのかもな。
「体の中で一ヶ月おけば竜涙香になるのか?」
『うむ。このとげとげがな、胃の中で刺さるらしい』
「そりゃ刺さるだろうな」
俺はガリアンを一つ取って、なで回してみた。
硬いし、牛の角っぽい先端はめちゃくちゃ尖ってるし。
胃袋の中にあったらそりゃ刺さる。
『その異物に体が反応する、刺さらないように胃袋の中で何かが分泌されて、ガリアンを包み込んでいく』
「ああ、真珠のようなものか」
『さすが我が心友、察しが素早くていい』
クリスは満足げに笑った。
『その分泌物がコーティングしていく過程でついでに熟成され、変質して固まったものが竜涙香だ』
「なるほどなあ。でも、こんなに簡単なものなのか?」
『くははははは、うかつだぞ心友よ』
「え? なにが?」
『心友にはそりゃ簡単であろうが、他の竜騎士からすればどうだ? 言葉が通じないのに、「一ヶ月吐き出さないで胃袋の中に入れたままにしろ」とどうやってさせる』
「あっ……」
そりゃ……そうだ。
普通の竜騎士は言葉じゃなくて命令、いわゆる「コマンド」的な命令でドラゴンを使役する。
そう言うのだと、確かに「一ヶ月吐き出すな」というのは難しい。
「なるほどな……わるいなコレット、エマ」
『なにがですか』
「それ、一ヶ月間も飲み込んだままで。胃にわるいだろうが――」
『大丈夫ですシリルさん、これくらいへっちゃらですから』
「そうか」
『というかあたしを誰だと思ってるの? ムシュフシュのコレットよ。胃袋の中での操作なんて超楽勝よ』
「そうか。すごいなお前は」
『ふ、ふん。あたりまえじゃんそんなの』
二人を褒めつつ、俺は少し考えた。
『どうした心友よ』
「この竜涙香の作り方、結構知られてそうだよな」
『そうだろうな』
「竜騎士の俺が、何回も何回もガリアンを手にしてたら疑われそうだな」
『であろうな』
「だったらガリアンも自分で、それもこっそり作れるようにしたほうがいいな」
『くははははは、いいぞ、素晴らしいぞ心友よ』
「え? なにが?」
『原料の製造、加工、販売――それを一手に管理しようとする発想。心友には大商人の素質がある』
「そういうものなのか?」
よくわからないけど、必要なものを次々とナントカしようと思っていたら、クリスにめちゃくちゃ評価されてしまった。




