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27.検問突破

 男の後について行った。


 門の所で大立ち回りを演じたからか、途中、ほとんどの男が俺達をにらんでいた。

 見えてるだけでも百人近くはいて、それが全員、俺を睨んでいた。


『何こいつら、自分でしかけてきてむかつく』


 コレットが率直に不満を口にした。

 それは俺も同意見だった。

 やれって言われたからやったのに、これはさすがに腹がたつ。


 もう一発なにかかましてやろうか――と思っていると。


 瞬間、その場の気温が一気に下がったかのように感じられた。

 直前まで温かかったのが、一気に真冬のような、凍えるような空気があたりを包み込んだ。


 そして――俺を睨んでいた男達が一斉にすくんだ。

 顔が強ばったり、腰を抜かしてへたり込んだり、中には失禁するヤツもいたり。

 ほとんどが何かに怯えだした。


「クリス?」


 心当たりは一つしか無い。

 俺は振り向き、クリスを見た。


『くはははは、なあに、ちょっと軽くにらんでやっただけよ』

「かるくって」

『ほんの茶目っ気だ。我が本気を出せばこのような雑魚どもなど、今頃心臓が麻痺してあの世へいっておるわ』


 クリスは楽しそうにいいはなった。

 まったく……。


「ありがとうな」

『なんの、我と心友の仲ではないか』

「そうだな。それでもありがとう」

『ぐふふはははは』


 クリスはいつもとちょっとだけ違う、より楽しげに笑いながら、前足の爪でちょんちょんと俺の頭を小突いてきた。

 撫でてるつもりなんだろうな。

 ちなみに、中型種のクリスだと、ツメ一本だけで俺の頭――というか首と同じくらいの太さだった。


「き、貴様……」

「ん? ああ」


 前を向くと、ボスっぽい男がいつの間にか立ち止まって振り向き、俺を睨んでいた。


「なんだ……その化け物は……?」

「俺の仲間だ」

「そんな化け物を飼っているなんて聞いてないぞ」

「そうかい」


 俺は素っ気なく答えた。

 手の内を全部晒す必要がどこにある――とか、そういう事を言ってやっても良かったが、それさえもしてやるのが面倒臭かった。


「それよりも仕事の話をしてくれ、どこまでついて行けばいい」

「……ちっ」


 男は忌々しげに舌打ちした。


「ここでいい」

「いいのか?」

「ふん! おい!」


 男は近くにいる、自分の部下に目配せして、あごをしゃくった。

 部下が何人か、俺たちが向かって行ってた先、たぶん案内して連れて行かれそうな方向に向かって駆け出した。


『どうして、ここで止まっちゃうんですか?』


 エマが当たり前の疑問を持った。

 それをクリスが答えた。


『これ以上奥へ踏み込ませたくないのだろうな』

『どうしてですか?』

『懐に誘い込むのは相当に勇気のいる行為だ。我や心友の事を完全に制御できないと判断したからそれをやめたのだろう』

『えっと……』


 エマはしばらく考えて。


『わかりました! シリルさんに怯えてるって事なんですね』

『くはははは、大正解だ』


 クリスは楽しげに笑った。


『ふーん、自分から誘っといてねえ』

『あたし、前に見たことがある。自分から男を誘っといて、後から「暴行された」ってわめく女』

「おいおい……」


 ルイーズがかなり辛辣なたとえをした。

 確かに似てるが……いやまあ、「そのもの」か。


 そうやって、ルイーズの例えに妙に納得していると、奥からさっきの連中が戻ってきた。

 連中はいくつもの箱を運んできた。


 運ばれてきた箱は、ボスの男の前に並べられた。


「これがブツだ」

「そうか」

「これをマンノウォーって街にいる、ギグーって男の店に持っていけ」

「持っていけばいいのか?」

「そうだ。ただしマンノウォーは街壁があるし、入り口で検問が敷かれてる。そこをどうにかしろ」

「わかった」

「金はギグーからもらえ」

「そうか」


 俺は頷いた。


「あとは?」


 と聞いた。

 仕事そのものは、「物を指定の場所に運ぶ」っていうシンプルなものなんだけど、物がものだから、何か注意事項は無いかと聞いてみた。

 聞いたんだが。


「終わったらどっかでくたばれ」


 帰ってきたのは子供じみた悪態だった。


     ☆


『何あれむかつく!』

『そうですね……ちょっと腹が立ちます』

『ゴシュジンサマが止めてなかったらかみ殺してた』


 砦から発って、指定のマンノウォーに向かう道中。

 コレットを始め、程度はあるものの、ルイーズもエマもかなり怒っていた。


『あんな事を言わせておいて良かったのゴシュジンサマ』


 ルイーズは、自分の背中に乗っている俺に聞いてきた。


『そうですよ、シリルさんが一言言ってくれたら、私達が』

「いいんじゃないの、ああいうのは言わせとけば」

『ですが……』

『くははははは、若いなあお前達』


 クリスが笑いながら、三人をたしなめるように言った。


『心友を見習え、あの程度の小物に動じない、これこそが器の大きさというものだ』

『それはわかります、でも』

『んん?』


 クリスは目を見開いた。

 エマが珍しく真っ向から反論した、という状況を面白がってる顔だ。


『自分は何を言われても我慢できます。でも自分が尊敬する人を侮辱されるのは我慢できません』

『……くははははは、これは一本を取られたな』


 クリスは一瞬きょとんとした後、さっき以上に大笑いした。


『うむ、お前が正しい』


 と、エマの言い分を認めた。


『シリルさん、やっぱり今からでも私、戻ってあの人達を――』

「まあまあ、いいからいいから。ああいうのに関わって時間を無駄にすることもないさ」

『……シリルさんがそういうのなら』


 不承不承ながらも、エマは引き下がった。

 ルイーズもコレットも、言わんとしている事は同じだったからか、同じタイミングで勢いがしぼんでいった。


「それよりも竜涙香を無事運び込む事だ、いまは」

『たしか、検問がある、って言ってましたよね』

『なによ、その検問っていうのは』


 コレットがエマに聞いた。


『はい、大きな街で時々あるのですが、物と人の出入りを管理したり制限したりするために、検問をする事があります』

「よく知っているな」

『リントヴルムにいたときに何回かそういう街に行っていましたから』

「ああ」


 俺は納得した。

 ルイーズとコレットに比べて大人しい性格であるエマは、普段はあまり主張しないため色々と「隠れがち」だ。

 クリスが来てからはそれがますます顕著になった。

 だからついつい忘れてしまいそうになるが、もともとエマはリントヴルムで働いてて、ルイーズとコレットよりも仕事の経験が遙かに豊富な子だ。


 戦闘向きのスメイ種と言うこともあって、たぶん俺が想像している以上に修羅場を踏んできてる。

 さっきも、「一人でも砦につっこんでくる」って感じの剣幕だったもんなあ……。


『あの、ですので。その検問で竜涙香が見つかると、大変な事になります』


 エマはそう言って、コレットを見た。


 今、件の竜涙香は全部コレットの腹の中にある。

 三つの貯蔵用胃袋を持つ、ものの運搬が得意なムシュフシュ種のコレット。


『検問だと、真っ先に調べられそうね』


 ルイーズがそう言った。

 ムシュフシュ種の腹のことを、検問する側も経験で把握してるだろうな。


『……どうすればいいの?』


 コレットは俺を見てきた。

 語気は普段とそんなに変わらないが、気持ちちょっと不安そうな感じだ。


「大丈夫だ、その辺は考えてある」

『くははははは、さすが我が心友。して、何をどうするのだ?』

「まずは……」


     ☆


 マンノウォーの街、その入り口。

 ぐるっと街を取り囲む街壁があって、それはまるで砦の城壁のような感じだった。


 城壁っぽいのがあれば、城門っぽいのももちろんあった。


 そこにそこそこの列が出来てて、門番が検問をしていた。


「じゃあ、打ち合わせ通りにな」


 俺は振り向き、四人にいった。

 四人のうち、クリス、ルイーズ、エマはいつも通りの姿だったが、コレットだけパンパンに膨れ上がっていた。


 本来の姿の実に3倍近い。

 中型種のクリスと並んでても遜色ない位の大きさだ。


「コレットは大丈夫か」

『あたしを誰だと思ってるの? こんくらい余裕よ』


 人間だったら胸を張って大いばりしてたであろう物言いだった。

 三倍くらい体積が膨らんでもまったく苦しそうな様子はない。


 ムシュフシュ種のすごさを改めて思い知らされる形になった。


「じゃあ、行こう」


 俺はそう言って、四人を連れて再び歩き出した。

 ルイーズの背中からも降りて、自分の足で歩いて行く。


「止まれ」


 城門の所に来ると、番兵に呼び止められた。

 俺達は立ち止まった。


 番兵が二人向かってきた。


 二人は俺とコレット――特にコレットをまじまじと見つめた。


「竜騎士だな、名前とギルド名」

「シリル・アローズ。ギルドは『ドラゴン・ファースト』」


 俺は名乗りつつ、持ち歩いてるギルド証を取り出して渡した。

 番兵の一人がそれを受け取って、チェックする。


 もう一人はコレットの前に来て。


「ムシュフシュ種だな? 腹の中は何が入ってる」

「大したものじゃないですよ」

「それを判断するのはこっちだ。出せ」

「ここで?」

「そうだ」

「全部?」

「当たり前だろ」

「うーん、まあ、もう街についたし、いっか」


 俺は芝居くさくならないように気をつけながら、コレットの足をポンポン叩いた。


 すると、コレットは口を開けて吐き出した。


 口から、水がドバドバと吐き出された。

 まるでちょっとした滝のように、水が吐き出されていく。


 一気に吐き出されたもんだから、近くにいた俺とか門番達は水が足首まで浸かってしまう。

 その水が広がって、周りの人間が「なんだなんだ?」と驚いてこっちを見た。


 当然、近くにいた門番達の方が驚きの度合いが大きい。


「なんだこれは!?」

「おい! 何のつもりだ」

「水ですよ、旅に水は必需品ですよ」

「だからと言ってこんなにいるか!」

「なにをいってるんですか。飲み水もいるし、顔を洗う水もいるし、お茶を淹れたり麺をゆでる水だって」

「麺をゆでるぅ?」


 門番のひとりが素っ頓狂な声を上げた。


「なんだお前は、野宿のメシに麺をゆでるってのか」

「もちろん。ゆで汁を捨てるのがこれまた面倒で。へたに流すとべたべたになって――」

「いい、もういい」


 門番は俺の言葉を遮った。

 そうこうしているうちに、コレットから「全部の水」が吐き出された。


 それを見て、俺は。


「全部吐き出しましたけど、これでいいんですか」


 門番はちらっとコレットをみた。

 水を全部吐き出したコレットは、ムシュフシュ種としては普通のサイズに戻った。


 腹の中にまだ「ちょっとだけ(竜涙香)」入ってるけど、さっきに比べてかなり普通のサイズになった。


「もういい、とっとと行け」

「はい。あっ、この街で水を買う時って――」

「そんなの街の中にいる商人に聞け!」


 門番が苛立って、俺達を中に追い込んだ。


 俺達は街に入った。

 街に入って、入り口からしっかり離れた所で。


『シリルさんすごいです、検査のけの字もなかったです』

「何回も使える手じゃないからな、一発芸みたいなもんだ」

『それでもすごいです!!』


 エマはそう言い、ルイーズもクリスも同じように、俺を褒めてるような表情をしている。

 とにかくこれで、無事竜涙香を持ったまま街に入ることが出来た。

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