26.出し惜しみしない男
「……」
シックスはクリスにビビったまま、返事できないでいた。
「クリス」
『うむ、我がいては話もできなかろう』
状況を察したクリスは窓の外から消えてくれた。
それでシックスが見るからにほっとした。
クリスが消えた瞬間にガラッと雰囲気が変わった。
そんなにか、と思った。
「大丈夫か」
「あ、ああ」
シックスは頷きつつ、俺を見た。
目に微かな尊敬の色が浮かび上がってきた。
「あんな化け物を飼ってるとは。噂以上だ」
飼ってる、か。
世間の認識はやっぱりそういう感じか。
まあ、この男の誤解をいちいちといてやる必要もない。
「それよりも依頼は受けることにした」
「あ、ああ。そうか」
シックスは「ごほん」って咳払いをした。
クリスを目の当たりにして醜態をさらしてしまったから、それで取り繕うって事だろうな。
それはそこそこ成功して、現われた時の偉そうな感じを取り戻しつつ、懐から一枚の紙と鉄製の札を取り出した。
それを俺に差し出してきた。
「これは?」
「まずはそこに書いてあるところに行って荷物を受け取れ。札は割り符、荷物と一緒に運び先を教えてやる」
「なるほど」
俺は紙を開いた。
かなり広域的な地図だ。
ここボワルセルの街と、周りの地形、そして目的地が書かれている。
この地図の書き方からして、片道で一日って距離かな。
「それじゃあ……頼んだぞ」
「ああ」
俺は頷き、シックスを見送った。
最後の方は失態を取り戻したいからか、来たとき以上に尊大な態度になっていた。
「大変だなあ……」
そこまでして取り繕わないといけないのかあ、と。
そう思った俺は、ちょっと同情した。
☆
翌日、俺はドラゴン達を連れて、ボワルセルの街を出発した。
ルイーズ、コレット、エマの三人が横一列に並んで歩き、クリスは三人の後ろについてきている。
俺はルイーズの背中に乗っている。
ドラゴンが通ることを想定している街道は、この並びでも余裕で歩ける程広々としたものだ。
『で、まずはどこに行くの?』
歩きながら、コレットが聞いてきた。
「ああ、地図には古い砦だ、って書かれているな。名前は……ネアルコってあるな」
『ほう、ネアルコか』
「知ってるのかクリス」
『同じ名前の男を知っている。800人の兵で10万人のまっただ中に突撃して追い返した。人間にしてはなかなか骨のある男だ』
「へえ」
『砦という事であれば、その男にちなんでつけられたものかも知れんな』
「なるほどね」
俺は小さく頷いた。
『そこにいって、竜涙香っていうのを受け取ればいいの。ゴシュジンサマ』
「そうらしい。そこで運び先を教えてもらう事になってる」
『それをあたしが運ぶのね』
「ああ、ちょっと余分に別のものも運んでもらうことになるけど、頼むなコレット」
『ふーん。まっ、ものを運ぶ位なら余裕だし』
そう言って、コレットは軽くスルーした。
それが結構重要な事なんだが、まあ、その時になってからで説明するか。
☆
次の日、推定通り約一日歩いて、古びた砦が見えてきた。
遠くに川があって、それを背にするような場所に立っている古びた砦。
たぶんあれがネアルコ砦だ。
俺達は近づいていった。
四人のドラゴン――特に見た目は中型種のフェニックスであるクリスを含む隊列はおそらく遠くからもよく見えたのか、まだ大分距離があるのにも関わらず、砦の城壁の上にいた人間が慌ただしく動きだした。
更に近づくと、砦の扉はキツく閉ざされているが、扉の上から男ががなり立てる声で聞いてきた。
「誰だお前は!」
「ここはネアルコ砦なのか」
「だったらなんだ!」
「これをみろ」
俺は懐から割り符を取り出して、掲げた。
「それは……お前か、『ドラゴン・ファースト』とかいうふざけたギルドのヤツは」
「ああそうだ」
ふざけたギルドという言葉にちょっと反論したかったが、無意味だからこれもスルーした。
城壁の上で、俺に聞いてきた男が奥に向かって何か合図を送った。
奥で何か動きがあって、一分くらいすると砦の扉がゆっくり開かれた。
中型種のクリスも通れるくらいの門が、観音開きで開かれる。
それが全開になるのをまって。
「行こうか」
俺は四人に言った。
俺が乗っているルイーズを始め、四人が一斉に歩き出して、砦の中に入った。
城門をくぐった直後、何故か包囲された。
砦の中にいたのは盗賊と見まがうような格好をした連中だ。
まともな生業をしていないのは一目で分かる。
そんな奴らが、武器を構えた状態で俺達を取り囲んだ。
『シリルさん!?』
『何こいつら、人を呼んどいて何この仕打ち』
『ゴシュジンサマ、どうする?』
三人が一斉に俺に視線を集中させてきた。
エマはいきなりの事で若干怯えてる感があって、コレットは逆にこの一瞬でかるくブチ切れている感じだ。
俺は周りを見回した。
奥からボスらしき男が悠然と歩いてくるのが見えた。
「俺に任せろ、合図があるまでは何もしなくていい」
そういって、返事を待たずにルイーズから飛び降りた。
直後、俺達を取り囲む荒くれの囲いが割れた。
さっき見えていた、ボスらしき男がそこを通って、俺達の前に立った。
「お前が『ドラゴン・ファースト』とやらのギルマスか?」
「ああ。なんだこれは」
「これか?」
男は周り――自分の部下を見て、肩をすくめた。
「悪いが初めての依頼でな、まずはお前の力を見せてもらえるか?」
「……そっちから頼んできたのにか?」
「噂が噂ほどじゃなかった、と言うこともよくある」
「……そうか」
何をすればいい、と聞くまでもなかった。
男は一歩下がった、そして手を振って合図を送った。
すると、俺達を取り囲んでいる連中が一斉に襲いかかってきた。
『ゴシュジンサマ!』
「……」
俺は無言のまま、両手を左右に突き出した。
十本の指を広げた。
直後、十本――から右の親指をのぞいた残りの九本の指から炎の弾が飛び出した。
スキル【九指炎弾】。
九本の指から大量の炎の弾が「ばらまかれる」位の勢いで射出された。
炎の弾が男達を迎撃した。
まったく照準をつけないでとにかくうった。
大量にばらまいたから、照準をつけなくても当りまくった。
男達は、少ないヤツは三~四発程度。
多いヤツだと十発以上喰らって、全身のあっちこっちが燃え上がって、のたうち回っていた。
襲ってきた奴らが全員燃えて、襲ってこれる奴がいなくなったところで、俺は炎弾の射出を止めた。
改めて、男を見た。
悲鳴が飛びかう中、男は一歩引いてたから当らずにすんでいた。
男は眉をヒクヒクさせながら。
「……やるじゃないか」
と、負け惜しみのこもった言葉を発した。
「これで合格か」
「ああ、いいだろう……ついてこい」
男はそう言って、身を翻して歩き出した。
大声で怒鳴って、他の部下を呼んで、消火やら救助やらをさせた。
そんな中を、俺達はついて行った。
『思い切ったものだな』
『思い切った?』
クリスはそう言ってくると、コレットが不思議がった。
『エネルギーの蓄えを一気に放出したのだろう?』
「わかるか。ああそうだ、今ので3割程度だな」
俺は頷いた。
コレットとの契約で身につけた能力。
食べたものを、形のないエネルギーにして蓄えられる能力。
食えば食うほど蓄えることができて、今の所上限はないみたいだけど、身につけてからあまり日にちが経っていないから、まだそんなに蓄えられていない。
それを、この一瞬で3割も使った。
『大丈夫なのゴシュジンサマ?』
「ああ、必要な場面だったからな」
『くははははは、さすがだ心友。投入すべき場面に出し惜しみしない。素晴らしい判断だ』
クリスがいつものように、大笑いしながら俺を褒めていた。




