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25.竜の涙

 あくる日の夜、家のリビングの中。

 俺は一人の男と向かい合っていた。


 互いにソファーに座って、テーブルを挟んで向かい合う。

 その男は、不思議な空気を纏っている。


 やたらと「何か」を警戒している感じで、表情が妙に強ばってる。

 なんなんだろうか……。


「あー、えっと。シリル・ラローズと言う」

「シックス……と名乗っておく」


 「名乗っておく」って……。

 それにシックスとか、いかにも仮名って感じだ。


 何か訳ありなんだろうか。


「そのシックスが、俺に何の用だ?」


 俺はちょっと語気を強めて、居丈高にふるまった。


「シリル・ラローズ、お前を見込んで頼みたい仕事がある」

「……どんな仕事だ?」

「ある荷物の運搬だ」

「荷物の運搬?」


 俺は首をかしげた。

 竜騎士に依頼される仕事は色々あるが、その中でも、荷物の運搬はもっとも簡単な部類だ。

 あまりにも簡単すぎるので、ギルドやそれに所属する竜騎士に頼むことは少なくて、役所に依頼が出るという形が多い。


 俺が前にやった、カトリーヌ嬢のラブレターの配送もそのタイプだ。


 そういう仕事が、こんな訳あり感たっぷりで依頼されることがもうおかしい。


「そうだ、荷物の運搬だ。成功報酬だが、3万リールを払う」

「3万!?」


 警戒しつつある――という、ある意味心の準備ができてる状態でもびっくりしてしまった。


 3万リール。


 20代の普通の男が一ヶ月で稼げる金が平均で1000リールだって言われてる。

 3万というのは、その二年半に相当する額だ。


 額が大きすぎる。

 まともじゃない、というのを確信した瞬間だ。


「何を運ぶんだ一体?」

「それはいえない」

「いえない?」

「あんたには、荷物を引き渡した状態で、そのまま目的地まで運んで貰いたい」

「中身は詮索するなって事か……」


 シックスは答えなかった。

 無言で俺を見つめ続けている。


 つまりはそういうこと、ってことか。


 俺は考えた。

 危険な匂いがプンプンする――のは言うまでも無いことだが、興味をもった。

 あまりにも「普通じゃない」依頼に、逆に強く興味をもった。


 さて、どうするかーー。


『ぐわーはっはははは。我! 参・上!』

「!?」


 窓の外にクリスが現れた。

 相も変わらずいきなりの登場。

 俺はすっかりそれに慣れたが、初めてこれに遭遇したシックスはクリスを見て固まっていた。


「大丈夫か?」

「……」

『偉大な我を前に萎縮しているのだろう、無理もない』

「萎縮? そうなるのか?」

『凡人ではなぁ』


 クリスはそう言って、また呵々と大笑いした。


『そんなことよりも、面白い話をしているではないか』

「ああ、まあ」


 面白いっちゃ面白いかな。

 俺も、危険とは分かりつつも、興味を持ち始めた位だし。


「普通じゃない話だ」


 そう言って、シックスをちらっと見た。

 まだ衝撃を受けたまま、絶句している。


「面白そうなんだけど、何なんだろうなって」

『よし、ならば我が聞き出してやろう』

「聞き出すって、どうやって?」

『くははははは、偉大なる我相手に隠し事など不可能よ』

「えー」


 そんなことないって思うけどな。

 なんて、普段接しているクリスからそう思ったが。


『その目は疑っているな』

「まあ……」

『良かろう、では見せてやる』


 クリスはそう言って、ぎろり、とシックスをにらんだ。


『そこの人間、我が心友に何を隠している。包み隠さず全てを話せ』

「ーーっ!」


 クリスににらまれたシックスはビクッと体を震わせたと思えば、そのままソファーからずり落ち床にへたり込んだ。

 それだけじゃない、なんと股間に染みをつくって湯気が立ちこめている。


 失禁したみたいだ。


「おいおい、何をしたんだ?」

『少しばかりのプレッシャーを与えただけよ。我の威厳にかかれば、並みの人間は失禁、心臓が弱い者どもはそれだけで即死だ』

「えええ!?」

『くはははは、それをものともしない心友は、そろそろ自分の器の大きさを自覚しろ、という話だがな』

「いやそういう話じゃないだろ」(?)


 話がずれすぎてる。


『それよりも心友よ、ヤツに聞いてみろ。今なら素直に答えるぞ。我が更ににらむと本当に心臓が止まりかねん。それでは本末大転倒だ』

「あー、そうだな」


 俺は改めて、シックスに向き直って、聞いた。


「なあ、3万リールほどの報酬を出される荷物って、一体何なんだ?」

「りゅ、竜涙香、だ」

「りゅうるいこう?」


 俺は首をかしげた。


 初めて聞いた言葉だ。


『ほう、それか』

「知ってるのかクリス」

『うむ』


 クリスは窓の向こうで大きく頷いた。


『その名の通り、一種の香料だ。火にかけたときに放つ香りに催眠効果があってな。何だったかな……そうだ、好みの夢を見られる様になる、だったかな』

「好みの夢?」

『うむ。夢のなかで好き放題出来た経験はないか?』

「まあ、たまーには」


 俺は小さく頷いた。

 ごくごくたまに、夢の中で「あっ、これは夢だ」って自覚するときがある。


 そうやって自覚した後は、夢の展開を自由自在にコントロールできる事が多い。

 普通に寝ててもたまになるんだけど、二度寝したときに成ることの方が多い。


「それが出来るようになるってことか?」

『そういうことだ。人間からすれば、自由自在に、そして安全に幻覚を見られるようになる夢のようなアイテムだ。あくまで夢だから、寝過ぎて腰を痛める以外の、肉体への影響もないというしな』

「あはは……」


 俺は苦笑いした。


 寝過ぎて腰を痛めてしまう。

 それもたまにあることだ。


 寝るっていうのは体を休めることなのに、寝過ぎると逆に腰を痛めてしまうという本末転倒な現象がたまに起きる。

 その事に苦笑いした。


 竜涙香のことは理解した。

 夢のようなアイテムだと思った。


 本当に夢を自由自在にコントロール出来るのなら、使いたいって思う人間は多いだろうな。


 人は誰しも、叶わないと諦めてる夢が一つや二つ人によっては一ダースくらい存在する。

 それが夢のなかでとはいえ、自由自在に見られるのならこんなに素晴らしいアイテムはない。


『なるほど、だからか』

「え?」

『その竜涙香、かつて人間の王が禁制品に指定したはずだ』

「禁制品」

『つまり心友へのその依頼は禁制品の密輸ということになるな』


 俺はびっくりして、パッとシックスを向いた。

 シックスはビクッとなった。


「そうなのか」

「あ、ああ……」


 クリスに怯えつつ、おずおずと頷いたシックス。


「だからなのか……いや、待てよ」

『うむ?』

「なんで禁制品になったんだ? 寝過ぎて腰を痛める以外の悪影響はないんだろ?」

『人間どもがおぼれたのだ』

「そりゃまあ……おぼれるだろうけど」

『使った人間に害はないのだ、しかし、人間どもはそれを淫夢をみるために使う事が実に多い。心友ならわかるだろう?』

「……ノーコメントだ」


 俺はごまかした。

 気持ちはわかるが、なんかこう、素直に認めたくない内容の話だ。


『おぼれた結果、多くの人間が現実で子作りをしなくなった』

「むっ……」

『それで一時期、生まれる子供が大幅に減ることになった』

「どれくらい減ったんだ?」

『人間は番う、番いごとに二人は産まないと人口が減っていく』

「ああ」


 クリスの「前提」に俺は頷いた。

 番いーーつまり夫婦あたり二人で、人間一人あたり一人。

 平均でそれくらいの子供を作らないと、人口は減っていく、というのはちょっと考えれば分かる。


 問題はそれが実際にはどれくらいに減ってるのか固唾をのんでクリスの言葉を待った。


『夫婦あたりの子供が0.7くらいだったか』

「えええ!?」


 そ、そんなにか?


『これでは子供が生まれなくなって国が滅びるーーと言うことで竜涙香が禁制品になったのだ』

「そりゃあ……そうなるな」

『禁制品にしたのはもったいないとは思うがな、我は。それが必要な人間もいるのだからな』

「それが必要な人間? どういう人間だ?」

『長年連れ添った妻を亡くした老人』


 クリスは端的に言い放った。

 おそらくはほんの一例なんだろう。


「……ああ」


 少しだけ考えて、俺は納得した。

 それは……うん、必要だ。


 竜涙香の効力が本当なら、「長年連れ添った妻を亡くした老人」は誰に迷惑をかけるでもなく、夢の中で亡き妻と会うことができる。

 それは……必要だ。


 権力者には困るだろうが、必要な人間も確実にいる。

 だったら――。


 俺は、いまだにクリスに威圧されっぱなしのシックスの方をむいて。


「その依頼受けた」


 といった。


『くはははは、さすが我が心友。その決断を無能な権力者どもに見せてやりたいわ』


 クリスは、俺の判断に上機嫌だった。

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