24.割のいい仕事
あくる日の午後、俺は家のリビングで、尋ねてきた男と向かい合っていた。
男は三十代の後半くらいで、上級使用人の格好をしている。
どこぞの執事かそれに相当する身分かな、とあたりをつけた。
その男が、俺に深々と頭を下げてきた。
「はじめまして、わたくし、セバスチャン・ベルナールと申します」
「シリル・ラローズだ」
「お目にかかれて光栄です、ラローズ様」
「……ああ」
俺は小さく頷いた。
セバスチャンに俺は慇懃な態度を取っている。
こんな風に下手にでられるのにまだちょっと慣れて無くて、反応薄めでどうにでも対応できるようにした。
セバスチャンは、懐から丁寧に一通の手紙を取り出して、俺に差し出してきた。
「こちらが、モリニエール様からの紹介状となります」
「モリニエール」
俺は手紙を受け取った。
俺の名前が書かれている宛名の筆跡に見覚えがあった。
ああ……カトリーヌ嬢か。
カトリーヌ・モリニエール。
リントヴルムから追放を喰らって、独立した直後に依頼で関わった相手だ。
そのカトリーヌ嬢からの紹介状らしい。
って、紹介状?
俺はびっくりした。
自分にまさか、紹介状を持って訪ねてくる人がいるとは思わなかった。
俺はセバスチャンをちらっと見て、封筒を開けて中身を取り出した。
中身もやっぱりカトリーヌ嬢の直筆の手紙で、どうやら父親の商売のお得意先だ、ということらしい。
なるほどそれで紹介状を書いたんだな、となっとくした。
俺は紹介状を封筒に戻しつつ、セバスチャンに視線を戻した。
「たしかにカトリーヌ様の紹介状ですね。それで、俺にはなんの用で?」
「お手を煩わせて恐縮なのですが、ディサイトストーンの入手をお願いしたく」
「ディサイトストーン」
俺はおうむ返しでつぶやいた。
初めて聞く名前だ。
「はい。サイズは1ココット、それを100個」
「なるほど」
「可能でしょうか」
「ふむ」
俺は少し考えた。
まずは、そのディサイトストーンっていうのが何なのかを聞いてみてから。
『くはははは、面白いではないか、受けてやるがいい』
「クリス」
「ああっ!」
窓の外にクリスの顔が見えた。
いきなり出現したクリス、俺はもう大分なれたが、初めて見たであろうセバスチャンはのけ反る位驚いた。
「し、失礼。ラローズ様のドラゴンでしたか」
「ああ」
それよりも……受けた方がいい、ってクリスは言ったか。
『うむ』
って心を読むな。
まあいい。
俺は改めてセバスチャンに向き直った。
「分かった、引き受ける」
「おお! ありがとうございます!」
☆
燦々と照らしつけてくる太陽の下、整備された郊外の街道。
俺はクリスとコレットの二人と一緒に、目的地に向かっていた。
ちなみに具体的な目的地は知らない。
心当たりはある――そう言ったクリスについて行ってる状態だ。
『なんであんたまでついてくるのよ』
『暇だったのでな』
『暇だったら家で寝てなさいよ。ルイーズがいい寝方を教えてくれるから』
『くはははは、我に睡眠など不要なのだ』
歩きながら、いつものようにじゃれあうクリスとコレット。
二人の仲悪そうにみえて、実は仲がいいやり取りにも大分慣れたきた。
『そもそも、我がついてくるのに何か不都合でもあるのか? 例えば、二人っきりになりたいのになれない、とか』
『ば――』
一瞬言葉につまって、こっちを見た後、クリスに猛烈に反発した。
『――バカじゃないの! そんなことあるわけないじゃん!』
『であれば問題なかろう』
『ぐぐぐ……』
大笑いするクリス、悔しそうに「ぐぬぬ」するコレット。
やっぱり仲いいな、と俺は思った。
「それよりもクリス、ディサイトストーンの事をもっと教えてくれよ」
『そうだったな。ディサイトストーンというのは……まあ石だ』
「それはさすがに分かる」
『宝石の一種だが、普段の見た目はそこそこだ。人間が好むような宝石ではない』
「……どういう時によくなるんだ?」
『くはははは、さすが我が心友、察しが良い』
「いやあ……」
そりゃ、あんな言い方をされたら察しもつくだろ。
『うむ、ディサイトストーンの臣下真価が発揮されるのは、月明かりを浴びたときだ』
「月明かりを?」
『そう、月明かりを浴びるとまばゆく発光する。その特性から「夜竜珠」ともよばれているな』
「へえ。竜って付くのは何で?」
『箔付けだな。なんでもかんでも「竜」ってつけたがる時代があった』
「おいおい」
それはそれでどうだ――って思ったけど、案外そういうものなのかもな、って妙に納得した。
「それで、ディサイトストーンはどこで採れるんだ?」
『ふふふ』
「……?」
俺は首をかしげた。
クリスが何故か、意味深に笑っていたからだ。
☆
山の頂上まで登ってきた俺は、言葉を失っていた。
「なんだここは」
そうつぶやき、周りをみる。
荒涼な荒地、どこまでも岩肌が露出しているような地面。
そして、山頂の中央にあたる巨大な穴から、もうもうと黒い煙が吹き出している。
火山の山頂だった。
『火山だな』
「それは見れば分かる」
『名前は確かトニービンだったか』
「へえ、そうなんだ」
……。
「いやそうじゃなくて――」
『ディサイトストーンはあの中にあるぞ』
「ーーへ?」
俺はきょとんとなって、火口の中を見た。
黒い煙がもうもうと立ち上っていて、真っ赤な溶岩が見えている火口。
「あの中に?」
『うむ。ほれ、ところどころ透明なのが見えないか?』
「えっと……ああ、あれか」
目を凝らしてみると、クリスの言ったとおり、確かにところどころ透明っぽいのが見えた。
わかりにくかったが、一旦それが目当てのものだと分かると判別がつくようになった――という代物だ。
「あれがディサイトストーンか」
『そういうことだ』
『ちょっとどうするのよ、あんなところにあったら取れないじゃない』
コレットがクリスに詰めよった。
『ふつうはな』
「ふつう?」
『我と心友なら平気だ』
「え?」
『忘れたか心友』
「……ああ」
俺はハッとした。
俺はクリスと契約していて、特殊能力がある。
炎が一切聞効かないという、フェニックス種由来の能力だ。
「あれって、溶岩も大丈夫なのか」
『うむ。なんなら裸で入ってもいいぞ。温泉気分を味わえる』
「いやそれはやめとく」
俺は苦笑いして、丁寧に断った。
例え平気でも、溶岩の中に裸で入って温泉ごっこはしたくない。
「わかった、採ってくる」
『ちょっと、いいの』
「クリスはこういう話で俺を騙さないから」
『……ふん』
コレットはあっさり引き下がった。
不満そうだが、引き下がってくれた。
俺は火山口の中に飛び込んで、溶岩の中に入った。
ヌルヌルして、変な感触だったが。
「本当に熱くないな」
『くはははは、さすがだ我が心友』
「え? なんで。溶岩の熱さは効かないって言ったのお前だろ」
『それでも迷いなく溶岩に飛び込める人間はそうはいない。さすがだ心友』
クリスにめちゃくちゃ褒められた。
そういうものなのかね。
クリスの事を知ってれば躊躇なんてする必要ないんだが。
まあ、いいか。
俺は溶岩の上を歩き出した。
目星をつけておいた透明の石――ディサイトストーンに近づき、拾い上げた。
これまた溶岩の中だったから、泥の中から何かを引っこ抜くような難しさはあったが、遙かに簡単に取れた。
「これを100個か」
俺はつぶやく。
火山口の中を見たが、100個もそんなに難しくないくらい、あちらこちらに見える。
「これで2万リールか。向こうから紹介状を持ってやってきた依頼なのに、昔からは想像もつかないくらい割がいいな」
『そういうものだ』
クリスは普段よりも真面目なトーンで言った。
「え?」
『人間の世界はそういうものだ。力と名声をつければ、同じ労力でも稼ぎが違ってくるものだ』
「なるほど」
俺は頷き、納得した。
それは、結構ありがたい話だった。