23.契約完了
俺とエマの血が混ざり合って、魔法陣に吸い込まれた。
『シリルさん……』
「うん? どうしたエマ」
『えへへ……何でもないです』
エマは俺を見つめ、はにかんだ様子で、嬉しそうに微笑んだ。
何かありそうなもんだが、本人はなんでもないという。
一体どういう事だろうか……俺は小首を傾げた。
そうこうしているうちに、契約が成立した。
魔法陣からの光が俺の体に吸い込まれてきた。
その瞬間、頭の中に契約の内容、能力が浮かび上がってきた。
「ふむ、なるほど」
『どんな感じ、ゴシュジンサマ』
先に契約を済ませたルイーズが聞いてきた。
「えっと……どうしようかな」
『我に向かって撃つといい』
周りを見回して、何か丁度いいのがないかと探していたら、クリスが名乗り出てくれた。
「わかるのか? というかいいのか」
『くはははは、我を誰だと思っている。大体の想像はつくわ。そして我は唯一にして不死、何をどれほど打ち込まれようとびくともせんわ』
「それはそうなんだけど」
クリスに打ち込むのは気が引けるな。
『遠慮するな、心友と我の仲ではないか』
「じゃあまあ……遠慮無く」
そういう言い方をされると、遠慮するのが逆に良くないことの様に思えてくる。
俺はクリスへむきなおった。
おもむろに両手を突き出した。
俺のそばにいるエマがドキドキしているのがちらっと見えた。
エマと契約して得たスキルを使った。
九本の指から、立て続けに炎の弾が撃ち出された。
一発一発がつぶてサイズの小さな炎弾がクリスを襲う。
『ぐわーははははは、よいぞよいぞもっとやれい』
『うわー、ド変態』
コレットがドン引き顔でつぶやいた。
『なっ――ド変態とは何事か、炎というのはなあ、我の命の源でもあってだな――』
『分かったからド変態、もっとあいつに撃たれてなさいよ』
『ええい我の話を聞けい』
コレットとクリスが、コントじみたやり取りをしている一方で、俺は炎弾の連射をやめて自分の手を見つめた。
今のスキルは、九本の指から出ていた。
右手の親指をのぞいた九本の指から次々と炎弾を打ち出していた。
九指炎弾――という名前のスキルだが。
「なんで九本なんだ?」
首をかしげて、親指に意識を集中。
そこから炎弾を撃ち出そうとしても撃ち出せなかった。
他の九本の指は打てる。
その他の九本の指が撃ってる最中、右の親指に炎の輪っかができている。
その輪っかを飛ばそうとしても飛ばない。
炎弾が終わったら輪っかも消える。
うーん、何だろうこれは。
『ダメなんですかシリルさん』
「ああ、なんでだろうな」
『ふむ? ああ、右の親指か』
コントからこっちに意識が戻ってきたクリス、俺の手を見て得心顔で頷いた。
「なんか知ってるのかクリス」
『うむ、人間の右の親指というのは権力を意味している』
「権力……」
『国王やら皇帝やらが、右の親指に指輪をつけているのを見たことはないか』
「いや、国王と皇帝とはそもそも会ったことないから」
俺は微苦笑した。
そんな経験、生まれてこのかた一度もしたことがない。
『くはははは、なるほど。まああの様な俗物会ってもなくても大して違いは無いわ』
クリスは豪快に笑い飛ばした。
『心友は契約の主だ。その証に権力者を象徴する右の親指だけがない、他の九本を統べる形でのスキルになったのだろう』
「へえ、そうなんだ」
俺は自分の手を見た。
今度は何もない所に向かって、九本の指で炎弾を撃ってみた。
右の親指をのぞいた九本なら、まるで自分の手足を動かすかのような、自由自在な感覚で炎弾を撃つことができる。
それでいて、右の親指だけが撃てない。
これはもう、「こういう物」で確定ってことなんだろうな。
「うん、いい感じだ」
右の親指問題が解決したから、俺は小さく頷き、満足した顔で頷いた。
大量の炎弾をばらまけるスキル、戦闘のスキルとしちゃ、癖がなくて使いやすい。
「ありがとうな、エマ」
『お役に立てて嬉しいです!!』
エマは嬉しそうに笑った。
エマとの契約が終わって、俺はコレットの方を向いた。
「今度はコレットだな、いいか?」
『いいわよ、ほら、さっさとはじめなさい』
コレットはそう言って、俺の前に立った。
俺はコレットと向きあった。
今までとまったく同じように、魔法陣が開いた。
俺とコレットはそれぞれ血を一滴たらして、魔法陣の中でまぜ合わせた。
それが光になって、俺の中に取り込まれた。
「……ふむ」
『どう?』
「ああ、やっぱり食べること関連だな」
『そりゃそうでしょうよ』
「えっと、食べたものは、全部エネルギーになって体のどこかに貯められる。見えないエネルギーとして」
『どういう事?』
「普通は食べたら脂肪になって蓄えるものなんだ。冬眠前のクマとか見たいにな。それがまったく別の形のエネルギーになって、いくらでも貯められていつでも使える」
『へえ』
『ほう、ということは見た目的には変わらんというわけだな』
「そうみたいだ」
『つまり、心友はこれからいくら食べても太る心配はないという訳か』
「そうなるな」
密かにこれはいいなって思った。
ものをいくら食べても太らない、というのはすごい能力だ。
「ありがとう、コレット」
『ふ、ふん。別に、あたしにデメリット無いし』
コレットは顔を背けてしまった。
照れているのだろうか。
などと、思っていると。
『くははははは、よかったな心友』
「なにが?」
『その契約、少しでも間違えればこの娘の様に食べる度に超太る事になっていた――』
ガブッ!!!
疾風迅雷。
コレットが目にも止まらぬスピードでクリスに噛みついた。
『太ってない!!』
『痛い痛い痛い!』
「クリスよ……今のはお前が悪い」
俺は呆れた顔で指摘する。
心友だからこそ、ここは正直に指摘するべきだと思った。
一方で。
コレットに噛みつかれるクリス。
二人はやっぱり、仲が良さそうな感じだった。




