20.みんなの人気者
朝、俺は自分の部屋で目覚めた。
朝日に起こされて、ベッドの上で目覚めてむくりと身体を起こした。
「ふわぁ……うわっ!」
伸びをして目を擦って開けた直後、死ぬほどびっくりした。
窓の外にクリスがいたのだ。
もっと言えば、窓の外からクリスがこっちを見つめている。
中型竜の巨体ゆえに、クリスの顔が窓いっぱいになって、さながら窓枠が額縁状態でクリスの顔がどアップの肖像画状態だ。
そんな状態で見つめられて、死ぬほどびっくりした。
『くわーはっはははは。ぐっすりと眠れたか我が心友よ』
「お、おはよう。ずっとそこにいたのかお前」
『うむ、暇だったのでなあ。心友の顔の産毛を数えていた』
「なにやってんのあんた!?」
俺は裏返る程の声でつっこんだ。
つっこんだが、クリスはまったく悪びれることなく。
『うむ、暇だったのでな』
と言い放った。
「暇だからって人の顔の産毛を数えないでくれ」
なんだか分からないが、変な気分――ちょっといやな気分になってしまう。
俺はベッドから飛び降りた。
『何処へ行く』
「顔を洗ってくる」
そう言って、部屋を出て洗面所に向かった。
廊下にも窓があって、クリスが追いかけてきて廊下の窓も絵画状態にしてしまわないかと警戒したけど、そこまではしなかったようだ。
俺は無事、洗面所に入った。
顔をパシャパシャ洗って、起き抜けの頭をすっきりさせる。
もっとも、クリスの顔でびっくりしたせいでほとんどはっきりしちゃってるけど。
「ふぅ……」
『どうぞ』
「ありがとう――うおっ!」
さりげないタイミングで当たり前の様に受け取ったが、その後にびっくりした。
今度はエマだった。
小型竜のエマは普通に屋敷の中、洗面所の中に入ってきて、タオルをくわえて俺に差し出してきた。
「な、何をしてるんだエマ」
『シリルさんが顔を洗ってるから、タオルが必要かなって思って持ってきたんですが』
「そりゃ必要だけど」
『よかった。はい、どうぞです』
「あ、ああ」
俺はタオルを受け取った。
くわえてた所はちょっとよだれでベトベトしてたから、残りの乾いてるところを使って顔を拭いた。
「ふぅ……ありがとう。おはよう」
『あっ、おはようございます』
顔を拭いたあと、エマに改めて朝の挨拶をした。
「えっと、今度からはこういうのをするときは先に言ってくれ。びっくりするから」
『わかりました』
洗面所を出て、エマと一旦わかれて、今度はキッチンに向かう。
頭がすっきりしてきたところで、その頭は腹が減ってるのを認識しだした。
現金なもので、それまでは黙っていた胃袋が、途端にグーグーとやかましく鳴りだした。
朝ご飯になるようなものは何かあったかなあ――と記憶を探りつつ、キッチンに入った。
「うわっっ!」
またまたびっくりした。
今度は思わず腰が抜けそうな位びっくりした。
キッチンの床に、一頭のシカが転がっていた。
見間違いとかじゃない、シカだ。
シカはどうやら死んでいるようで、首も四本の足も、骨がボキボキに折れてて、糸操り人形的な感じで全部が変な方向に曲がっている。
「なんだ? なんなんだこれは?」
驚きが徐々に収まって、原因というか元凶を探すべくあたりを見回した。
すると、物陰に隠れて、ちらちらとこっちを見てるコレットの姿を見つけた。
「どうしたコレット」
『……』
コレットは答えない。
俺は少し考えて、シカをみた。
「もしかして、これ、コレットが?」
『か、勘違いしないでよね!』
「へ?」
『別にあんたのために持ってきたんじゃないんだから! 朝の散歩してたらたまたま飲み込んじゃったから締めただけ!』
「たまたま? シカを飲み込んだ?」
『そうよ悪い?』
コレットはそう言いきった後、ぷい、と顔を背けてしまった。
あり得ないとは分かりつつも、ちょっと想像してみた。
たまたまシカを飲み込んでしまうような状況を。
……。
…………。
………………。
いや無理だ。
何をどうやったらたまたまシカを飲み込めてしまうんだ。
そんな光景を想像するのは人生で一番の無理難題だった。
『処分するの面倒臭いから、そっちで食べといて』
「いやちょっと――」
『たまたまだから!』
「あっはい」
コレットに気圧されてしまった。
俺がそれ以上の抗弁をしないと見たからか、コレットはキッチンから出て行った。
そうして残されたのは、ポカーンとなっている俺と、ボキボキに折られていたシカである。
「……食べるか」
俺は諦めて、シカをどうにかすることにした。
たまたま口の中に飛び込んだ光景は想像できなかったが、どうやって締めたのかは想像できる。
ムシュフシュ種は胃袋が四つある上に、体がかなり伸び縮みする。
その伸び縮みは自分の意思でやることができるらしい。
つまり、コレットはシカを消化じゃないほうの胃袋に飲み込んだ後、思いっきり「縮んで」シカを圧殺したのだろう。
それで四本の足だけじゃなく首まで折れて、あえなく昇天したわけだ。
「……一番嫌な死に方だなあ」
真っ暗な密閉空間の中で圧死とか、絶対にしたくない死に方だ。
そんなことを考えながら、俺は包丁を取り出して、シカをさばくことにした。
この手の獣をさばくのは慣れている。
竜騎士をやっていると、野宿とか野獣の狩猟は必須スキルと言ってもいい。
俺はシカの喉をかっ切って、まずは血抜きをした。
血を抜いてから、腹を割いて内臓を抜き出す。
そのあと皮を剥いで、部位ごとに切り分ける。
丸ごとのシカから、食べ物である「肉」にするまで小一時間はかかって、めちゃくちゃ疲れてしまった。
これまた、やってる最中は黙っていたのが、終わった直後に腹がうるさく鳴きだした。
捌いたのはいいけど、ここから料理をするのはさすがに面倒だ。
俺は少し考えて、両手に塩を持って、シカ肉のブロックに塩をまぶした。
そして肉を持ったまま、火をおこして火の中につっこむ。
手で持ったままつっこんだ。
火は熱くなかった。
いや、厳密には「熱い」っていうのは分かるが、焼けたり苦痛になったりすることは無かった。
俺が持ってる状態なのに、持たれてる方のシカ肉だけがジュージューと焼かれていった。
外が焼けたから、かぶりついた。
焼けた分だけ食べて、生の部分が残ると、持ったまま再び火の中につっこんで焼いた。
焼いて、食べて、焼いて、食べた。
それを繰り返して、腹を膨れさせた。
残ったシカ肉はとりあえず保存庫につっこんで、キッチンを出て部屋に戻ってきた。
「うわっ!」
寝室の中にルイーズがいた。
ルイーズは、頭を俺のベッドの上に載せて、すーすー寝ていた。
人間のベッドは、小型竜くらいでは枕くらいのサイズになってしまう。
ルイーズは、俺のベッドを枕にして寝ていた。
「おーい、ルイーズ?」
『ふみゅ……』
「おきろー、またおねむか?」
『むにゃむにゃ……ごひゅひんひゃまのにおい……らいしゅき……』
「ダメだこりゃ」
完全にお手上げ、諦めた。
無理して起こす必要もないし、寝かせとくことにした。
「あ……」
俺の枕がルイーズのよだれでベトベトになってるのに気づいたけど。
どうしようもないから、これも諦めることにした。