19.正当に評価する神と姫
『さて――むぅ。人の子よ、お前の名前は何と言う?』
神の子に訊かれて、俺は素直に答えた。
「シリル、シリル・ラローズだ」
『そうか』
「お前は?」
『我か?』
「ああ」
俺は小さく頷いた。
名前っていうのは重要なもので、知ってるのと知らないのとじゃ会話する時かなりの違いがでる。
『そのようなものは無い』
「無いのか」
『ぐはははは、我は唯一なり。神の子フェニックスと言えば我のみを指す。故に固有名など不用』
「それは不便だな……こっちでつけていいか?」
『つける? 名前をか?』
「ああ」
『我の?』
「そういうことだけど?」
『……』
神の子はしばし、俺をじっと見つめた。
黙ったまま見つめられて、一体どうしたのか、って不安になった。
やがて、神の子は天を仰いで、笑いだした。
『ぐふふふ、くはーはっははははは』
思いっきり笑い出した。
ただ笑っているだけなんだろうけど、それで神殿が――いや山ごと揺れ出していた。
遠くからドドドドドド――と轟音が聞こえてきた。
「きゃっ!」
「な、なんだ今の音は」
『おっと、すまんな。ちょっと大声を出しすぎて山崩れを起こしてしまったわ』
「大声出したって」
それで山崩れ起こすようなものなのか?
「し、シリル様?」
「大丈夫、心配することはない。こいつのバカ声で山崩れが起こっただけらしい」
「そ、そうなのですか。さすが神の子……」
唖然と納得、その間くらいの感情を見せた姫様。
「殿下! ――は?」
「ここは危険です――え?」
大声と、山崩れのせいで飛び込んできた神殿を守っていた衛兵たち。
彼らは神の子をみて固まった。
『おい、我を放っておくな。名前をつけてくれるのであろう』
「ああ、悪い悪い。流れでな」
俺は振り向き、神の子をポンポン叩いた。
なんというか……神の子なのは知ってるんだが、気安いんだよなこいつ。
それもこれも、言葉が通じるからだ。
言葉が通じるから、こいつが実は結構愉快な性格なのが分かって、まったくかしこまる気にも恐れる気にもなれなかった。
「そうだな……名前か」
俺はあごを摘まんで、考えた。
「その前に……お前、男なのか? 女なのか?」
『性別か? 我にそのようなものは無いぞ』
「無いのか?」
『うむ、我は唯一にして不死なる存在。凡百どもと違い繁殖の必要は無い。故に性別も無い』
「ああ、なるほど」
それを踏まえて、更に少し考えた後。
「クリス、で、どうだ?」
『くはーはっははは、良かろう! 今からクリスと名乗ってやろう』
「いや、いちいち大笑いする必要ないだろ。また山が崩れるぞ」
俺はペシペシ、と神の子改めクリスを叩いた。
『うむ、それは失敬』
結構物わかりがいい性格らしくて、クリスはあっさりと受け入れてくれた。
「あの……シリル、様?」
「うん?」
呼ばれて、振り向く。
驚き、怯えていた姫様がこっちを見ていた。
「今のお話は……」
「ああ、こいつに名前をつけてた」
「な、名前を!?」
「ああ」
俺ははっきりと頷いた。
「名前がないと色々不便ですからね」
「な、名前を……」
姫様は愕然としていた。
まずいな、彼女はクリスを「神の子」と崇めてたし。
勝手に名前をつけた俺の事をさすがに「無礼者!」ってキレてきそうか?
などと、不安がっていると。
『くはははは、案ずるな。我が認めている。人の子どもに文句は言わせんわ』
クリスはまたまた豪快に笑った。
「そうか、それならいいんだ」
俺は安心した。
確かにクリス本人が認めてるなら周りがいくら反対しても問題はないな。
『さて……シリルよ。お前の空きはまだあるか?』
「空き?」
『そうだ。せっかくだ、我と契約を結ばせてやろうではないか』
「契約?」
それは……なんの話だ。
『むぅ? 知らぬのか?』
「知らない、なんの話だ?」
『お前は竜の騎士ではないのか』
「そうだけど……」
俺は小首を傾げて、姫様に水を向けた。
「姫様、ドラゴンと人間の契約って、何の事か知ってますか?」
「え? い、いいえ。寡聞にして……」
「そうですか。ルイーズ、コレット、エマ。お前達は」
『ううん』
『聞いたことない』
『私も初めてです』
姫様も、三人のドラゴンも。
全員が、初耳だと言った。
『なんと、たったの数百年で、人の子と我らの契約が風化したというのか』
クリスは初めて「大笑い」以外の感情を見せた。
若干呆れたような、そんな顔と声のトーンだ。
「どういうものなんだ、その契約というのは」
『論ずるよりもなんとやら、だ。血を一滴くれ』
「ああ、こうか?」
俺は指の腹を軽く割いて、血を一滴搾り出した。
ぽたり、としたたり落ちるが、それは空中でとまった。
空中で静止した不思議な状態の鮮血の雫は、ふわふわと浮かび上がって、クリスの目の前に移動した。
「それをどうするんだ?」
『見ているがよい』
クリスはそう言って、自分も同じように、皮膚を少し割いて、血を一滴搾り出した。
それは同じように浮かび上がった。
クリスの血と、俺の血。
二人の血が空中で混ざり合う。
その直下の地面に、魔法陣が広がった。
混ざり合った血が魔法陣に吸い込まれていって、それが光になって、光は俺の体に吸い込まれた。
「これは……」
俺は自分の手を、自分の体を見つめた。
俺の体に光が吸い込まれた後、全身がほわぁ、と光った。
『くはーはっはははは。これで我とお前の契約が成った』
「契約が成立すると、何がどうなるんだ?」
『契約した竜に由来する力が一部使える様になる』
「ドラゴンの力を?」
『そうだ。我の場合は、炎を完全に無効化する』
「無効化?」
『自分に火をつけてみよ』
「……わかった」
自分に火をつけるのはちょっと怖いが、クリスが言うのだから大丈夫だろうと思った。
俺は、今でも神殿の中央にくすぶっている炎に近づいた。
「シリル様!?」
驚く姫様に顔だけ振り向いて、微笑みかける。
「大丈夫だ」
そう言って、炎の中に入った。
「熱くない」
入った瞬間に違いが分かった。
普通は炎の中に一秒たりともいられないものだ。
多少「我慢」はできても、それは「我慢」だ。
だけどそれがまったくない。
炎は俺を包んで、燃え上がっているが、熱くも痛くもなんともない。
「本当に炎が無効化されるんだな」
『くはははは、まあ、我だけの唯一。ユニークスキルというものだ』
「そうか。ありがとうなクリス」
『よいよい。名前をくれたお返しだ』
俺とクリスはまるで古くからの親友のように、向き合って笑い合うのだった。
それを見た姫様は。
「次々と……本当に凄い人……」
と、俺の視界のちょい外で、感心していて。
「……決めましたわ」
そして、何かを決意した。
「シリル様!!」
「おっと、済みません姫様」
俺は反射的に謝った。
さっきからずっと、クリスにいろいろされて、それで驚きとかが大きくて、ついつい姫様をほったらかしになっていた。
声をかけられるとそれに気づいて、さすがに無礼だと気づく。
「シリル様、お願いがございます」
「お願い?」
また? という言葉が喉元まで出掛かった。
そもそも、クリスの復活も、元はと言えば姫様からの「お願い」だ。
「はい」
「分かりました。俺に出来る事なら」
「わたくしに、シリル様のギルドに出資させて下さい」
「出資……パトロンになってくれるんですか?」
「はい! どうか」
姫様は俺に「懇願」した。
貴族や大商人がギルドのスポンサー・パトロンになることが結構ある。
金を出す側は、そうやって都合のいい戦力を確保する。
そしてギルド側は、パトロンの地位がそのままギルドの名声やステータスに繋がる。
そういう意味では、姫様はこの上ない最高のパトロンだ。
「いいんですか?」
「どうか!」
姫様は同じ言葉を繰り返して、俺に「懇願」し続けた。
俺には、断る理由が一ミリもなかった。
俺は姫様に頭を下げて言った。
「ありがとうございます、こちらこそ、よろしくお願いします」
「――っ! はい!」
こうして、俺のギルド『ドラゴン・ファースト』は神の子クリスを迎えて、更に姫様をパトロンにつけた。
わずか一人と三頭の小さなギルドが成し遂げた異例の偉業に業界は震撼し、
『ドラゴン・ファースト』は、一躍注目の的になったのであった。
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