18.炎の中から復活
「あの……シリルさん」
「え?」
俺が絶句していると、姫様が恐る恐る、って感じで俺の顔を覗き込んできた。
「ダメ、でしょうか」
「いやっ、そういう事じゃなくて。あまりの大役にびっくりしてただけです」
本当にそうだ。
王女から持ち込まれた頼み事、「神の子」という大それた別名。
それでびっくりしない方がどうかしてる。
しかし、それと同時に。
受けない理由もまた、どこにもなかった。
俺は、まっすぐに姫様に向き直って。
「引き受けさせていただきます」
と、丁寧に頭を下げた。
☆
「神の子」引き取りのため、ボワルセルの街を発った。
何においても最優先すべき案件だから、俺はルイーズ、コレット、エマの三人を連れて行く事にした。
運搬が得意なバラウール種のルイーズの背中に乗って、コレットとエマの二人を左右に連れている。
そして、その更に横に姫様の紋章がついた馬車が並走している。
馬車の中に姫様が乗っている――かと思えばそんなことはまったくなくて。
「うわあ……すごいです」
姫様は俺の横に――同じルイーズの背中に乗っていた。
俺があぐらを組んで適当に座ってるのに対して、姫様は膝を揃えて上品に座っていた。
「こんなに乗り心地のいいドラゴンは初めてです」
「ルイーズには前にも乗ったはずじゃ?」
「あ、あの時はっ」
姫様は顔を赤らめて、慌てた様子で答える。
「色々と動転していましたから、あまり覚えてなくて」
「ああ……そりゃそうだ」
俺は頷き、納得した。
馬車ごと崖の下に落ちて、周りの護衛が全滅してるような状況だったからな。
それでドラゴンの乗り心地がどうとか言える余裕があったらものすごい大物だ。
「でも、本当全然揺れなくて、凄いです。ここまで手懐けられるなんて、さすがシリル様」
手懐けてる、っていう言い方は合ってるのかどうかちょっと迷いどころだが。
『安心してゴシュジンサマ、ご機嫌を取りたい相手でしょ、丁寧にあるくから』
ルイーズがそんなことを言ってきた。
その通りなんだけど口に出して言わなくても、と思った。
もっとも、ドラゴンの言葉は俺以外は分からないから、口に出して言っても何も問題はないんだけど。
俺は返事をする代わりに、ポンポン、とルイーズの背中を撫でた。
言い方はちと露骨に過ぎるが、姫様がご機嫌を取りたい相手だというのはまったくその通りだ。
それを汲んでくれたルイーズに感謝だ。
「やはり、神の子の事をシリル様にお願いして正解ですわ」
「それなんだけど、あれから軽く調べたけど、神の子って大分前に死んでて、子供もいないって言われてたんだけど」
「はい、その通りでございます」
「え?」
俺はびっくりした。
大分前に死んでいて、子供もいない。
姫様が依頼をしてくるのなら、この話は嘘か、噂か、何かが足りないっていう事になる。
それがまさか、姫様が「その通り」と全肯定してくるとは思わなかった。
「どういう事なんですか?」
「フェニックス種――神の子は、地上でただ一頭しかいないと言われています」
「ふむ」
「子をなさない代わりに、死んでもいつかは復活する、という言い伝えがあるのです」
「そうなんですか!?」
俺は更にびっくりした。
ドラゴンは人間、あるいは、その他の生き物を超越した特性やエピソードが沢山あるが、死んでも復活する、というのはさすがに想像だにしなかった。
俺はポンポン、とルイーズの背中を叩いた。
今の話は知ってる? とルイーズに尋ねる無言の合図だ。
『聞いたことはあるよ』
『ドラゴンだけどドラゴンを超越した存在だって聞いてます』
『生きてる間は絶対にダメージを受けないって聞いたこともあるね』
ルイーズが答えると、エマもコレットも理解して、自分が持ってる知識を教えてくれた。
どうやら本当のようだ。
「凄いん……ですね、神の子と言うのは」
「はい! でももう何百年も経つのにまったく復活しませんから、シリル様なら! と思いまして」
「それは……はい」
頷いたが、大丈夫なのか? という気持ちで一杯だった。
まさか相手が生きてるドラゴンじゃないというのは、本当に予想外だった。
☆
旅は二日くらい続いて、ようやく目的地にたどりついた。
それは山の頂上にある、立派な神殿だった。
山道は険しく、道中着いてくるだけの馬車は、とうとう着いてくる事すらできなくて、麓でまつことになった。
姫様はすっかり慣れた様子でルイーズの背中に乗って、それで山を登ってきた。
「ここです」
「はい」
俺は先にルイーズから飛び降りて、下で手を差し伸べた。
姫様は俺の手を取って、ゆっくりとルイーズから降りた。
降り立った姫様は、神殿に向かっていく。
神殿の横に小さな駐留所っぽい建物が在って、表に番兵らしき男が立哨していた。
姫様が近づいていくと、向こうも既にこっちに気づいているらしくて、びしっ! と背筋を伸ばして敬礼した。
「お待ちしておりました、王女殿下!」
「ご苦労様。早速ですが、神の子には会えますか」
「はい! いつもとまったく変わりがございませんので、いつでもお会い頂けます」
「そうですか、ご苦労様」
姫様はもう一度番兵の労をねぎらってから、俺に振り向いた。
「ということですので、早速入りましょう」
「わかりました。ルイーズ、コレット、エマ。ここで待っててくれ」
『わかった』
『さっさと行きなさいよ』
『お待ちしてます』
三者三様の言葉で、ドラゴンたちは俺を送り出した。
俺は姫様と連れだって――気持ち一歩後ろに下がった感じで姫様と一緒に神殿の中に入った。
神殿の中はシンプルな構造で、骨になったドラゴンが寝そべっている姿勢で横たわっていた。
「これが……神の子」
「はい。ご覧の通り骨です」
「はい……」
「骨になって数百年ですが、伝承通りいつか復活すると信じて、国がこうして守っています」
「なるほど、そうでしたか」
「どうでしょう、何か分かりませんか?」
「えっと……見て回ります」
何か分からないかと言われても正直の所困ってしまうのだが、俺はとりあえず骨を観察することにした。
ぐるっと半周して、巨大なドラゴンのガイコツの反対側にまわった。
何となく触れてみた。
うーん、これは何も分からない、かな。
『ほう、久しいな。人間が神殿に入って来るのは何十年ぶりだ』
「え?」
『その女は王族の血の臭いがするな。男は……庶民か』
「話してるのか? お前が」
『ふむ』
「お前が神の子、フェニックス種のドラゴンか」
『わしに話しかけているのか? 人間が』
「そうだ」
『……ほう? これはこれは。もしや言葉が通じているのか』
「そういうことだ」
『………………ぐわははははは!』
数秒くらいの沈黙の後、大笑いされた。
『これは愉快、まさか我の言葉を耳でとらえられる人間が存在していようとはな』
「それはこっちの台詞だ。まさか死体が喋るとは思わなかった」
『ぐわはははは、なるほど、そこは人間の尺度のままなのだな』
「むぅ」
『で、何をしに来た、人の子よ』
「えっと……復活しないか、って誘いに来たんだけど」
『ふむ』
「そういう言い伝えが人間側に残ってるんだ」
『それは知っておるよ。じゃが、わしの復活の方法は教えておいたはずじゃぞ?』
「なに?」
俺は驚いた。
ぐるっと更に半周回って、姫様のところに戻ってきた。
「すみません、ちょっとお尋ねしますが」
「なんでしょう」
「神の子の復活、そのやり方は何か言い伝え――とか、文献に残っていませんか」
「いいえ、まったく」
姫様はあっさりと言い切った。
『ぐははは、そう来たか。まあ、人間の記憶は風化しやすい、文献なぞ権力者の都合のいい内容しか残らぬのでは宜なるかなというものか』
姫様と俺のやり取りを聞いていた神の子は楽しげに笑った。
「そうですか」
俺は頷き、神の子のガイコツに向き直った。
「どうしたら復活出来る?」
『我に火をつけるといい』
「火を?」
『我は火の中から復活する。何度でもな』
「……」
俺は少し考えた。
これは、大勝負だ。
おそらく神の子のガイコツは国宝とか、そういうレベルの代物だ。
それに火をつけて、万が一ダメだった場合、死罪は確定。
だけど、それ以上に。
俺は、ドラゴン達のまっすぐな性格を信じていた。
「姫様」
「何でしょう」
「今から復活させます。驚かないで見ていてください」
「はい、わかりました! シリル様に全てお任せします」
姫様は俺に全幅の信頼を寄せてくれた。
それが嬉しかった。
俺は懐から小さな筒をとりだした。
筒の中から、火種を取りだした。
旅をするのに、野宿のために火種は常にもっているものだ。
それを使って、神の子に火をつけた。
「シリル様!?」
俺に全て任せると言った姫様だが、さすがに火をつけるとは思って無かったらしく、思いっきり驚いていた。
俺はそれを無視して、火をつけた。
最初は種火程度のものが、途中で一気に燃え上がった。
どんな油よりも、ものすごい勢いで燃え上がった。
10秒とたたずに、ドラゴンの骨の巨体は炎に包まれた。
「シ、シリル様、これは一体……」
「見ていてください」
俺はそう言って、火だるまな神の子を見つめた。
一分くらいだろうか。
燃え盛る炎の中から、一回り小さいドラゴンが現われた。
ドラゴンは、悠然とした足取りで現われて。
『グハハハハ、我、復活なり』
と、威厳があるのか無いのか、そんな台詞を口にした。
俺は姫様に振り向いた。
「えっと、小さくなってるけど、これが神の子……です?」
姫様は、その場でへたり込んでいた。
青ざめて、ガクガク震えている。
「どうしました姫様」
『ああ、すまぬ、我のせいだ。数百年ぶりの復活なのでな、力を抑えるのを忘れていた』
神の子がそう言った直後、姫様が「あっ」と声をもらした。
「い、今のは……」
「どうやら復活したてで力を抑えるえるのを忘れたらしい。意外とお茶目なやつだ」
『ははははははは、我をお茶目と評した人間はお前が初めてだぞ』
神の子は前足を出して、俺の頭の上に載せてポンポンとした。
何も知らなくても分かる、親愛の伴った行動だ。
「す、すごい……さすがシリル様……」
それを見た目通りに理解した姫様は感心していた。