17.神の子
「シリルさん、お手紙です」
「手紙?」
玄関先で、俺は郵便屋から受け取った手紙を見て、眉をひそめた。
手紙なんて貰うのは何年ぶりだろうか。
そもそも手紙というのはかなり高いものだ。
当然である。
人間一人を使ってものを届けるのだ。
つまり、その人間が動く分の金を――日当とかの計算で支払わないといけない。
人間を使うというのはそういうことだ。
だからほとんどの手紙は、まとまった数を受け取ってまとまって運ぶ。
それで一通あたりの運送代を薄めるもんだ。
しかし、この手紙はどうやら俺の所だけに送られた手紙。
郵便屋を、このためだけに動かした。
それだけで、かなりの大事だ。
俺は手紙の封をきって、中身を取り出した。
「ローズさん?」
手紙はローズさんからのものだった。
というか、役所からのものだった。
話があるから今日中に来てほしい、という内容だ。
「むぅ……」
手紙に何の用事なのかは書かれてなかった。
とにかく来い、という内容だ。
『ゴシュジンサマ、仕事に行くの?』
竜舎からルイーズがでてきた。
まだちょっと眠たげな――割といつもな雰囲気だ。
「……今日は別の用事があるから、ルイーズは寝てていいぞ」
『いいの?』
「ああ」
『わかった、お休みゴシュジンサマ』
ルイーズはそう言って、竜舎の中に戻っていった。
こういう場合、ここから夜まで二度寝だろう。
いつもなら、役所へはルイーズと一緒に行って、掲示板から色々依頼を受けてくるのだが、今日は先が読めないから、ルイーズは家に置いていくことにした。
☆
役所の中、小さな応接間で、ローズさんと向き合って座った。
「悪いね、急に呼び出したりして」
「いえ。それよりも、何かあったんですか?」
「うん。実は……あんたのギルドがレベル3になったんだ」
「……へえ」
ちょっとだけびっくりした。
まさかそういう話だとは思っていなかったのだ。
「そうだったんですか」
「そう」
「それで……なんで俺を呼び出したんです?」
びっくりの後は、警戒がワンテンポ遅れてやってきた。
ギルドのレベルが上がった。
それは普通、役所から呼び出しがかかる様な話じゃない。
なのにローズさんは、わざわざ手紙まで出して俺を呼び出した。
何かがあるんだろう。
「こんな短期間で、一人ギルドがレベル3になる事は通常ありえないことさ」
「そうなんですか?」
「ああ、一人ギルトでレベル3は……三ヶ月は普通かかるもんさ」
「……そうなん、ですか」
同じ言葉を、重々しくつぶやいた。
「なにをやったんだい?」
「いえ、なにもやってませんけど」
俺は理解した。
異常ともいえるギルドレベルの上がり方、その理由を詰問するために呼び出されたのだ。
理解はした、が。
答えようがなかった。
「普通にやってるだけなんですけど」
「人員大増強とかしたのかい?」
「いえ別に。竜は一人増えましたけど」
「って事は――今は三頭かい?」
「はい」
「人間一人、竜が三頭。それでそんなに上がるのはおかしいねえ」
「と、言われても」
「なんでもいい、何か心当たりは?」
「ないですね」
「そうかい……」
ローズさんは複雑そうな表情をした。
「何かまずいんですか?」
「まずいというか、まあ、一人ギルドでこのペースは、間違いなく史上最速だね」
「史上最速」
今まで自分には縁のないタイプの言葉だった。
口に出して言って、舌の上にころがしてみても、やっぱり現実味はなかった。
「どんな些細な事でもいんだ、なにかこころあたりは?」
「些細な事だったら……ギルド名かな」
「ギルド名?」
「ドラゴン・ファースト。竜を大事にする、ってところですかね」
俺は本音を口にした。
俺が、他のギルドと違うのはそこだけだ。
もちろんドラゴンたちの言葉が分かるのもあるが、本質はそこじゃない。
ドラゴン達の事を大事にしてる、というのが俺と他のギルドとの一番の違いだ。
「竜を大事にする、かい」
「ええ」
「関係があるようには思えないねえ」
「関係なくても、皆そうすればいいのに、とは思うんですけどね」
「そりゃ難しいよ」
ローズさんは微苦笑した。
まあ、そりゃそうだ。
「まあいい。それよりもギルドのレベルが3になったんだ、ギルド倉庫が使える様になったよ」
「ギルド倉庫?」
「ギルドの人間だけしか出入りができない倉庫さ」
「へえ」
それは、ちょっと面白いな。
「うまく活用しな」
「わかりました、ありがとうございます」
☆
俺は街の外れにある、ギルド倉庫にやってきた。
外から見る分にはただの倉庫だ。
しかし、ギルドに正式登録している竜騎士かドラゴンしか入れない魔法がかかっている。
登録済みだったら特に何もしなくても自由に出入りする事ができるが、されていないものは何をしても入れない。
厳密には、魔法をより大きな魔力でぶち破れば入れるが、それをやると猶予無しの一発実刑って法律で決められてるから、あえてやる人間はほとんどいない。
そのギルド倉庫をチェックした後、家に戻ろうとした。
しかしその途中で、ルイと遭遇してしまった。
飯屋が集まっている通りでばったり出くわし、向こうは俺を睨んでいた。
なんだ? と思っていると。
「レベル3になったんだって?」
「耳が早いな。そうだ」
「どんなズルをした」
「へ?」
「当然だろ。人間が一人、ドラゴンが三匹だ。それでそんなに早く上がれるわけがない」
「ふむ」
ルイも、ローズさんと同じことを話している。
人員大増強とかしていない一人ギルドがそんなにポンポン上がるわけがない、と言う話。
違うのは、ローズさんはそれでも「イレギュラーも時にはある」という感じで納得してたのに対して、ルイは最初っから俺を疑ってかかった。
疑ってかかるのは別にいいんだけど。
「ズルなんてしてない」
そんな風に疑われるのは気分がいいものじゃないから、最低限の弁明はすることにした。
「嘘をつくな」
「嘘なんかついてない。そもそも」
おれは目を眇めてルイをみた。
「ズルなんてしてたら、すぐに国にバレる。国はそんなに騙しやすい相手なのか?」
「……」
ルイの顔がゆがんだ。
はっきりと見るからに悔しそうな顔だ。
「だったら、なんでこんな早さであがった」
「さあ、俺はいつも通りにやってるだけだから分からないな」
「いつも通りだと?」
「ドラゴン・ファーストだ」
「ふざけんな!」
ルイは今にも食ってかかるほどの勢いで怒鳴ってきた。
道のど真ん中での言い争いに、周りの通行人がビクッとして、関わり合いにならないように俺達から離れた。
「ふざけてないけどな」
「――ふん!」
ルイはしばらく俺を睨んだあと、自分の行動が周りの注目を集めている事を理解したのか。
面白くなさそうに鼻をならして、立ち去ってしまった。
まったく、気に入らないなら関わってこなきゃいいのに。
☆
ルイとわかれたあと、俺は家に戻ってきた。
手に入れたばかりのギルド倉庫、ドラゴンたちを連れていって、いろいろと試したかった。
特にコレット。
胃袋が財布どころか小さな倉庫になるほどのムシュフシュ種。
そのコレットとギルド倉庫の組み合わせが面白そうだと思った。
そんなわくわく感を抱えて、家に戻ってきたが、家の前に一輌の馬車が止まっていた。
その馬車は見るからに豪勢で――どこかで見たことのあるような馬車だった。
「シリル様!」
馬車の中から、一人の少女が俺の名前をよんだ。
名前を呼びながら、馬車から半ば飛び降りるほどの勢いで、こっちに小走りでやってきた。
「姫様!?」
現われたのは、少し前に助けたあの姫様だった。
そうか、見覚えがあるのは、姫様の命を実質助けたあの馬車と同じものだったからなんだ。
「よかった。お会いしたかったです、シリル様」
「はあ……」
「シリル様の活躍を聞いております。さすがですシリル様」
「活躍、ですか」
「はい!」
姫様は満面の笑顔で頷いた。
「様々なお仕事をこなし、更には史上最速でギルドレベル3に到達。今もっとも注目されている竜騎士様です」
「そ、そうなんだ」
なんか面映ゆかった。
姫様にそこまで――過剰に褒められると恥ずかしかった。
「むっ」
俺は、周りの注目を集めている事に気づいた。
俺はそうじゃないが、姫様はどうしたって注目を集める格好をしている。
このまま外で――はまずいな。
「姫様、ここじゃなんですからどうぞ中へ」
「はい!」
姫様は周りの視線などまったく気にしてない様子で、俺についてきて、家の中に入ってきた。
家には応接間なんてしゃれたものはないから、姫様をリビングに通すしかなかった。
取りあえず姫様を座らせて、俺も向かいに座る。
「それで……姫様。今日はどのような?」
「はい、シリル様にお願いがあってきました」
「お願い?」
姫様が俺にお願い?
あまりの事に、俺は気分的に身構えてしまった。
「そうです。きっと最高の竜騎士であるシリル様にお願いです」
「それは褒め過ぎです」
最高の竜騎士とか……うん、本当に褒めすぎだ。
「そんなことはありません!」
「えっと、ありがとうございます」
どうやら姫様の中ではそうみたいだ。
仕方ないから、それはスルーして、話を進めることにした。
「それよりも、頼み事というのは?」
「あっ、失礼しました。実は、最高の竜騎士であるシリル様に預かって欲しい子がいるのです」
「預かって欲しい子?」
それって……。
「ドラゴンの事、ですよね」
「はい!」
「なるほど」
俺はちょっとだけ納得した。
「特別なドラゴンです、是非シリル様になんとかして欲しくて」
「そうですか」
俺はちょっとホッとした。
なんというか、うん。
いきなりやってきた事で身構えたが、意外と真っ当な話だった。
ドラゴンを何とかして欲しいというのならきっと何とかなるはずだ。
言っちゃなんだけど、ドラゴンは人間に比べて性格がまっすぐだ。
言葉が分かる俺ならなんとかなる、という自信がある。
「俺でいいんですか?」
「シリル様にお願いしたいのです!」
姫様は力説した。
悪い気はしなかった。
そこまで買われているというのは、結構嬉しいことだ。
「分かりました、引き受けます」
「ああっ、ありがとうございます!!」
姫様は思わず立ち上がる程の勢いで喜んだ。
「それで、どんな種なんですか?」
「フェニックス種です」
「……はい?」
俺は耳を疑った。
「フェニックス種の子なのです」
「…………」
やっぱり信じられなかった。
「それって……もしかして」
ゴクリ、と生唾をのんだ。
「神の子っていう別名がある、あの?」
「はい」
「………………」
絶句した。
よくある話ではまったくなかった。
「シリルさんにしか出来ない事だと思います!!」
姫様の期待と、持ち込まれてきた話はものすごくスケールの大きい話だった。