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14.アーティファクト

 周りがざわざわしている。


 ドラゴンが俺にタックルしてきたのを見て、周りがざわざわしてる。

 ここじゃまずい、人の目がありすぎる。


「とりあえず一緒に来て」

『ーーっ! うん!』

「ルイーズも!」

『ふぇ?』


 半分寝ているルイーズと助けを求めて来た子を連れて、ひとまず家に戻った。


 仕事の報告はまだだが、それどころじゃない。


 家に戻ってきた俺達は、まず竜舎に入った。

 ルイーズはふらふらと自分のスライムベッドに戻っていって、俺とドラゴンの実質二人っきりになった。


「あんたは……たしかエマ、だっけ?」

『覚えててくれたんですか!?』

「ああ、もちろんだ」


 リントヴルムからはもう脱退したけど、あそこにいたときに会話をしたことのあるドラゴンの名前は全部覚えてる。

 暇さえあれば世間話をしてたからな。


 エマ。

 小型竜のスメイ種のドラゴンだ。


 小型の中でもとりわけ小柄なタイプだが、能力が戦闘に特化しているタイプのドラゴンで、どのギルドでも大抵はいる種のドラゴンだ。


 そんなエマと向き合って、聞いてみた。


「なんで逃げ出したんだ?」

『もうあそこはいやなんです』

「なんで?」

『この前、体の調子が悪い日があったんです』

「ふむ」


 俺は小さく頷いた。


 これは一般的にあまり知られてない事だが、ドラゴンにも「体調の善し悪し」というものがある。

 体調が悪ければ何をするにも上手く行かなくて、逆に良ければ普段以上の力がでる。


 ドラゴンといえども生き物で、そういうこともある。

 が、それはほとんど知られていない。


『あの日は特につらかったんです、それで、休みたくてアピールしてたんですけど』

「聞き入れてもらえなかったのか」

『はい』


 エマは小さく頷いた。

 目に怒りの色がにじんでいる。


『無理矢理仕事にいかされて、大けがをしそうになったんです』

「それはいけない」

『それだけじゃなくて、仕事が失敗して、ギルマスが言ってたのを聞いたんです』

「ギルマスが? なんて?」

『失敗した竜はもうダメだ。次もう一度失敗したら、使いつぶすか処分するか、って』

「相変わらずだな……」


 俺は眉をひそめた。

 リントヴルム、相変わらずドラゴンを道具にしか思っていない。

 俺はそれで対立して、ケンカして、追い出された。


 その後もまったく体質は変わってなかった、って事か。


 ……まあ、変わるはずもないんだが。


 というか、うかつすぎる。

 人間にはドラゴンの言葉は分からないが、ドラゴンには人間の言葉がわかる。

 それは、様々な出来事を通して経験的に、人間側にも分かっていることだ。


 なのに、ドラゴンに聞こえる様な言い方で「処分」とか「使いつぶす」とか口にするリントヴルムのギルマス。


 はっきり言って……無能にも程がある。


「それでエマは逃げ出してきたのか」

『はい、もう……あそこにはいたくありません。シリルさんが毎日庁舎に行ってることは聞いてましたので、シリルさんの事を待ってました』

「ふむ」

『お願いしますシリルさん! 私をここに置いてください!』

「ここに?」

『お願いします! なんでもしますから』

「うーむ」


 俺は腕を組んで、思案した。


 エマをここに置く。

 と言うことは、つまりはドラゴンの移籍だ。


 ギルドからギルドへの、ドラゴンの移籍。

 それは、まったく「ない」話ではない。


 竜市場があって、ギルド所属前の竜が普通に売買されているんだ。

 例えギルドに所属した後でも、状況次第で移籍することがいくらでもある。


 あるんだが。

 それは簡単といえば簡単な話だし、難しいと言えば難しい話だ。


 まず、ドラゴンの移籍というのは、法律とか、ルールとか、そういうものは一切無い。

 あるのは当事者同士の話し合いで、金とかいろんな条件面で折り合いがつくかどうか、というだけだ。


 そういう意味では、話は極めて簡単だ。


 しかし、実際にはたぶん難しい。

 俺とリントヴルムの関係性を考えれば難しいだろうな。


 俺はリントヴルムを追放された身だ。

 なのにリントヴルムから逃げ出したドラゴンを匿っている。


 それだけで、話は色々と難しくなる。

 果たして、リントヴルムは交渉に応じてくれるんだろうか――。


 と、そんなことを思っている内に。

 ドンドンドン、と。

 家の方のドアが叩かれた。


 乱暴な、敵意を隠そうとしない叩き方だ。


「むっ」

『き、きちゃったの……?』


 エマは軽く怯えていた。


「ああ、そうだろうな」

『シリルさん……』


 怯えて、すがる目で俺を見つめるエマ。

 俺はエマの頭を撫でて、安心させた。


「大丈夫だ、俺に任せろ」


 そういうと、エマの目が光った。

 希望の光が瞳にともった。


『本当ですか!?』

「ああ」


 俺ははっきりと頷いた。


「エマはなんとしても引き取る、俺に任せておけ」

『ありがとうございます!』

「ここで待ってて」

『わかりました!』


 エマをおいて竜舎をでて、ぐるっと家を回って、玄関先に向かった。


 すると、そこに見知った顔がいた。

 ルイだ。


 目があうと、ルイは軽蔑するような、挑発するような目で俺を見てきた。


「なんの用だ?」

「とぼけるな。目撃者がたくさんいるんだぜ。うちの竜がここにいるんだろ」

「とぼけてるつもりはない。エマの事なら保護してる」

「だったら出せ、連れて帰るぞ」

「そうはいかない」

「なんだと?」


 ルイは俺を睨んできた。


「エマは俺が引き取る」

「何寝ぼけたこといってるんだ?」

「そのつもりもない」

「……本気かてめえ」

「ああ」

「もう一回聞くぞ。てめえ、本気で俺――俺達リントヴルムと事を構えるつもりか?」

「逃げ出した者を竜の口に差し出す訳にはいかない」


 ルイの眉が跳ねた。

 目が血走った。


 ほとんど宣戦布告だ。

 竜の口――というのは「魔の手」に匹敵する慣用句だ。

 かつて竜の繁殖が確立されるまでは、竜は人間にとって恐れられる存在だった。


 竜に「かみ殺された」人間は数知れず、故に竜の口と言うわけだ。


 俺はルイを睨んだ。


「話は聞いた、あの子がかわいそうだとは思わないのか?」

「かわいそう、だと?」

「ギルマスが、あの子を使いつぶしてもいいとか言ってたらしいじゃないか」

「はあ? 誰からそんなことを聞いたんだ」


 エマ本人だ――と言っても、それを信じてないルイにはますます見下されるだけで話は進まないから伏せといた。


「火のない所に煙は立たない。言ったんだろ? というか、あの人なら言うだろう?」

「だからなんだ?」

「そんなギルマスのところにエマを帰すわけにはいかない」


 俺は毅然とした表情で、言い放った。


「話を持って帰れ。エマは俺が引き取る。トレードの交渉だ」

「てめえ……本気か?」

「ああ」


 俺ははっきりと頷いた。


「話にならねえ。そんなのを聞く必要はこっちにはねえんだ」

「持って帰れって言った」

「しらねえよ。どけ!」


 ルイは俺を突き飛ばして、竜舎に入ろうとした。

 竜舎の扉を開けて、踏み込んだ。


『ひぃ!?』


 エマが怯えていた。

 よほど……なんだろうな。


『ゴシュジンサマ?』


 一方で、寝ぼけたルイーズが顔を上げた。


 ルイーズは竜舎に闖入した、ものすごい剣幕のルイをちらっと見て。


『なに、そいつ』

「ちょっとな」

『ゴシュジンサマの敵?』

「そういうことになる」


 俺は小さくうなずいた。


「なにをごちゃごちゃいってる!」

『ゴシュジンサマの敵――死ね』


 ルイーズは寝ぼけた目のまま、口を開いた。

 瞬間、ルイーズの特殊能力、あの光の槍が放たれた。


 光の槍はまっすぐルイに向かっていった。

 ルイは慌ててよけた。


「てめ! 何しやがる!」


 ルイは俺に怒鳴った。

 俺は冷ややかにルイをみた。


「……別に? 竜舎に不法侵入したから、うちの竜が迎撃しただけだ」

「てめえ……」


 ルイはますます怒りの表情を見せるが、どうにもならなかった。


 竜舎への不法侵入者への迎撃。

 それは、どこの竜舎もやってることだ。

 ドラゴンというのは人間よりも遙かにつよい、「力をもつ」存在だ。


 そして、ほとんどのギルドにとって「財産」でもある。


 財産を守るために、侵入者に対して自動迎撃を仕込むのはどこもやってることだ。

 その事で文句をつけても、味方をする人間はいない。


 だからルイは言葉をつまらせた。


「話を持って帰れ」

「……まってろよ、吠え面掻かせてやるからな」


 ルイはそう言って、身を翻して大股で立ち去った。


     ☆


 それから一時間もしないうちに、リントヴルムのギルドマスターがやってきた。


 ディッキー・ラージュ。

 今年四十歳にもなる、豪傑タイプの見た目をした中年男だ。


 そのディッキーと、家のリビングで向き合って座っていた。


「話は聞いた。エマを引き取りたいそうだな?」

「ああ」


 俺ははっきりと頷いた。


「なんのために」

「あの子が無理矢理使いつぶされるのは見てられない」

「誰からそれを聞いた」

「だれでもいい。それは今重要な事か?」


 俺はそう言って、ディッキーを見つめ返した。

 ディッキーは軽く俺を睨んだ後。


「ふん、そうだな」


 と、話を軽く流した。


「結局、お前はそれなんだな」

「何とでもいえ。それよりもエマの件はどうなんだ?」

「ふん、あんな役立たずならもういらん。無能に毒されたドラゴンなどなんの役にも立たない」

「だったら引き取るぞ」

「かといって」


 ディッキーは被せ気味で言ってきた。


「あれはリントヴルムの財産だ、何も無しに持ってかれてはメンツがたたん」

「いくら払えばいい」


 俺はストレートに切り込んだ。


「金の話ではない」

「なに?」

「人にものを頼むときは、それなりの態度というものがある」

「……」


 俺は無言で立ち上がって、ディッキーに向かって頭を下げた。


「お願いします、エマを譲ってください」


 深々と頭を下げて、言葉も気をつけて、頼み込んだ。


 こういうことなんだろう、と思った。

 それは、半分くらいあっていた。


「足りない」

「なに?」

「もっとちゃんとした態度があるだろ?」


 ディッキーは挑発的に言ってきた。


 向こうが欲しい物の方向性は合っていた。

 その度合いが、足りなかったようだ。


 足りない……これ以上……。

 それはつまり……。


 俺はほとんど考えることなく、その場で土下座をした。


 両手両膝を床につけて、頭も床にこすりつけて。


「お願いします、エマを譲ってください」


 といった。


「ふん、道具のためにそこまでするのか」

「……」


 俺は反論しなかった。

 あの子たちは道具なんかじゃない――と主張するのは簡単だが、今はその時じゃない。


 俺が反論しないで、ひたすら頭を床につけているのが効いたのか。


「物好きめ、好きにしろ」


 ディッキーは侮蔑しきった語気を残して、立ち上がってリビングから出て行った。


 俺は立ち上がった。

 これで良し、そう思って家をでて竜舎に向かった。


 竜舎に入ると、申し訳なさそうな顔をしているエマと、怒りの形相のルイーズと、いつの間にか戻ってきたコレットがいた。


「戻って来てたんだ」

『あいつなによ』


 コレットは憤慨していた。


『ゴシュジンサマ、なんで土下座なんかしたの?』

「それでエマを引き取れるんなら安いものだ」

『安いの? 土下座って人間にとって大変な事だって聞いたことあるけど』

「別に?」


 俺はけろっと言った。


「そりゃ何も無しに土下座をするのはいやだけど、それでエマを助けられるのなら安いもんだ」

『シリルさん……』


 エマは感激した様な目で俺を見つめていた。

 目がうるうるして、今にも泣き出しそうな感じだ。


 そんなエマに向かって、微笑んだ。


「これでエマはもう自由の身だ」

『ありがとうございます!』

「これからどうするんだ?」

『え?』

「え?」


 なんだ? 今の「え?」は。


『あの……シリルさん。シリルさんの所にいるのは、だめ、ですか?』

「ああそういうことか。いや、もっと他に行きたいところがあるんなら、って話なんだ」

『そんなの無いです!』


 エマは身を乗り出すほどの勢いで、強く主張してきた。


『私はシリルさんのところがいいです!』

「わかった。じゃあこれからよろしくな」

『はい!』


 深く頷くエマ。

 こうして、我が家――ギルド『ドラゴン・ファースト』に三人目が加入した。


『にしてもさっきのヤツむかつく』

『月のない夜はいつかな』


 一方でルイーズとコレットはなにやら物騒な事を言っていたが……あとでちょっと注意しとこう。

 この話はもう終わりなんだから、余計な争いは無用だ。


 そう、思っていると。


 三人の体から光が溢れ出した。

 竜舎の中をまばゆく照らし出す、まぶしい光。


「なんだ!?」


 光が収まった後、三人の間に卵があった。


 ドラゴンのモノだとは思えない、ボールサイズの小さな卵だ。


「なんだこれは」


 不思議に思いながら、卵を手に取ると――今度は卵が光を放った。

 卵の殻が、光を放って、溶けた。


 そして、卵が消えて、光も収まった後、俺の手の中に指輪が乗っかっていた。


「なんだ、この指輪は」

『それ! もしかしてアーティファクト?』

「アーティファクト?」


 俺が持っている指輪を見て、三人ともものすごくびっくりした顔をしていた。


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