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13.入る人、逃げるドラゴン

 夕方の竜舎。


 ルイーズがいつものように早々と自分のスライムベッドにひっこんだ中、俺はコレットと二人で向かい合っていた。


『ちょっと待ってて』


 コレットはそう言って、ジャリンジャリン――と、口の中から何十枚もの銅貨を次々と吐き出してきた。


 コレットはムシュフシュ種だ。

 ムシュフシュ種は、他の竜にはない大きな特徴として、四つの胃袋を持っている。

 そのうちの三つには消化能力が無くて、単純に物を溜め込むのにしか使えない。


 そのかわり胃袋はどこまでも膨らむことができて、それに合わせて最大で体が倍くらい膨らみあがる事ができる。


 その胃袋を財布代わりに使っていたコレット、今日の稼ぎを持ち帰ってきた。

 俺は銅貨を拾い上げて、数えた。


「60、61、62……全部で62リールか。これで全部?」

『うん、全部出した。そうそう、分割払いもちゃんと払ってきたから』

「そうか、お疲れ様」

『それってどれくらいの稼ぎなの?』

「どれくらい?」

『うん』


 コレットは俺をじっと見つめた。

 どれくらいの稼ぎか、という質問をどう答えるべきか悩んだ。


 もちろん悪くない稼ぎだ。

 成人男性が一ヶ月の稼ぎが大体千リールくらいだって言われてる。

 だから、一日62リール――しかも分割払いという借金を払った後がこの数字なら、普通の男の稼ぎ、その1.5倍くらいはある。


 そう考えれば凄いし、ぶっちゃけコレット一人で俺達三人(、、)を喰わせられる位稼いでいる。


 それを一旦頭の中でまとめて、コレットに言おうとした。


「……」


 瞬間、俺はのど元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 コレットの表情が見えたからだ。


 竜の表情の違いを分からない人間も多いが、言葉が分かる俺は表情も何となく分かってしまう。


 今のコレットの表情は――期待。

 子犬が尻尾を振りながら何かを期待している、それとよく似た表情だ。


 何を期待しているのか――と考えたら、説明とか例えとか、そういうのはまったく余計だ。


「すごいぞ、流石コレットだ」

『――っ!! ふ、ふん。あたしにかかればこれくらい当然よ』


 コレットはそう言ったが、顔からは隠しきれないほどの喜びがあふれた。


 正解である。


 62リールがどうの、割賦がどうの、成人男性がどうの。

 そういうのはまったく要らなくて、ただ褒めるのが今の正解だった。


 褒められたコレットは嬉しそうにした。

 同時に、彼女がつけているおしゃれなリボン――竜気計が微かに波打って、淡く光った。


 同時に、俺の懐にあるギルドカードも光った。


 やっぱり、そうなのかも知れない。


     ☆


 次の日、コレットをミルリーフの山に送り出したあと、俺はルイーズと二人で役所の庁舎にむかった。

 家を出た後は、ルイーズの上に乗って、彼女に運んでもらっている。


 ルイーズに運んでもらいながら、ギルドマップを見つめていた。


 ギルドマップに映し出されているのは、ミルリーフ山に向かうコレットだ。


 ギルドを立ち上げてゲットした、ギルドの機能である、ギルドマップ。

 手に入れてから、あれこれ試していた。


 色々やった結果、いくつかの事がわかった。

 まず、ギルドマップが中心として表示できるのは俺だけじゃない。

 ギルドの他のメンバー――つまりルイーズもコレットも、中心にする事ができる。


 いまもそうやって、コレットを眺めていた。


 ミルリーフ山に入ったコレットは、山の中を動き回っていた。


「せわしないな、まだ午前中なのにもっとゆっくりやればいいのに」


 コレットの動きを見た俺はそうつぶやいた。

 マップと光点だけだが、それでも分かる位、せわしなく動き回ってるコレット。

 そこまで一生懸命にならなくてもいいのにって思う。


『仕事で結果出したいのよ』

「ふむ」

『昨夜、あの子ずっとフヒフヒいってて怖かったよ』

「フヒフヒ?」


 なんだそれは、とルイーズの背中の上で首をかしげた。


『思い出し笑いね。ゴシュジンサマに褒められたのを思いだしてフヒってたのよ』

「そうなのか」

『褒めてあげるのもいいけど、やり過ぎると夜の間フヒフヒうるさいからそこそこにしてよね』

「うーん、それもどうかと思うけど」


 俺は微苦笑した。

 フヒフヒ、っていうのがどれくらいのものなのか分からないけど、ルイーズの言い方から察するに普通に嬉しいからそうなっているもんだ。


 褒められると嬉しい。


 それを控えてくれ、っていわれたから控えたんじゃちょっと色々と切ない。


 褒めると嬉しくなるのならこれからもちゃんと出来た時は褒めてあげたい。

 ルイーズが気味悪がってるのは――。


「色々考えるから、時間をくれ」

『……別にいいよ、そのうち慣れるし』

「そうなのか?」

『あの子の事をこれからも褒めるって事なんでしょ』

「ああ」

『あたしもいくらでも寝てていいって好きにさせてもらってるし』

「そうか……お前もいい子だな」

『なに、いきなり』

「そうやって思いやれるのは凄いって事だ」

『……別に大した事はないよ』


 ルイーズは素っ気なく言ったが、本当に助かる。

 そうやって皆がみな、お互いに一歩引くのをやれるのなら、世界はもっと平和になるのに、と何となく思った。


 そうこうしているうちに、庁舎に着いた。

 俺はルイーズの背中から飛び降りた。


「それじゃ仕事取ってくる、ちょっと待っててくれ」

『寝て待ってる』

「ああ」


 俺はフッと微笑んで、ルイーズをその場に残して、庁舎の中に入った。

 ルイーズはアイマスクをつけると、その場で丸まって寝る格好をした。


 庁舎の中に入った俺は、いつものように一階ロビーの掲示板の前に立った。

 掲示板の掲示物の中から、何か新しい依頼はないか、とチェックしていく。


「おや?」


 依頼ではなかった。


 掲示物の前に立って、見慣れない掲示物をじっと見つめた。

 それは、ギルド「リントヴルム」を表彰するものだった。


 リントヴルムの過去一年の実績を羅列して、優秀な模範ギルドとして王国が表彰する――っていう内容だ。


「こういう所は流石だよな」


 俺はそうつぶやいた。

 方針はまったく共感する事はできないけど、リントヴルムが「実績を上げた」という一点はまったくもって凄い事だと思う。


 実績のあるギルドは、依頼主にとっても安心するものだ。

 あそこに頼めばどうにかしてくれる、というのはかなり重要なことだ。


「こっちもそのうち表彰してもらえるように頑張らないとな」

「はは、無理だろそりゃ」

「なに?」


 俺は振り向いた。

 そこにリントヴルムのルイが立っていた。


 ルイは勝ち誇ったような表情で俺を見つめてきた。


「なんだよ、藪から棒に」

「表彰されたいって、一人ギルドが口にするような言葉じゃねえだろ。そんな妄言を吐いてると周りから笑われるぜ」

「……そうかい」


 目標は口にしてなんぼだ――という主張がのど元まで出掛かったが、ルイにそんな事を言ってもなんにもならないしぐっと飲み込んだ。


「というか、必要ねえだろ、お前には」

「必要ない?」

「ああ。この表彰を受けて、リントヴルムに入りたいっていう竜騎士が、昨日一日だけで五人もいてな」

「へえ」


 そんなにか。


「結構やり手も多くてな。経歴が十年超えた、BランクとかCランクとかのもかなりいたぜ」

「そりゃ結構なことだな」


 本気で結構すごいと思った。

 ギルドだけじゃなくて、竜騎士も働き具合と、実績によって国から認定されることがである。


 BランクとかCランクとかいうのは、第一線でバリバリ働いてて、一回は聞いたことのある有名な名前――くらいのレベルだ。

 そのレベルの竜騎士が次々とリントヴルムに入りたがってるのか。

 それは、普通に凄い事だ。


「お前も、もう少しだけうちにいれたらなあ」


 そういって、ニヤニヤとこっちを見るルイ。


「いや、別にいいよ、それは」

「やせ我慢か? 悔しいときは素直に悔しいって言っても誰も笑わねえぜ?

お前ももう少しかじりついてたらなあ」

「瘦せ我慢とかしてないんだけど」


 俺は苦笑いした。

 というかちょっと呆れた。

 ルイの中じゃおれはそういうことになってるのか。


 全く持って、瘦せ我慢とかそういうのはない。


 リントヴルムを離れて清々した、と思ってる位だ。


 あそことは方針が違いすぎる。

 リントヴルムが表彰された事は凄いけど、だからといって戻りたいとかあそこに居残ってればよかったとか、そういう気持ちはまったく湧いてこない。


「はっ、そういうことにしてやるよ」


 が、それはルイにはまったく伝わらなかった。

 そいつは俺がやせ我慢してるって決めつけてきた。


 それならそれで別にいいや、と塩対応した。


 結局、ルイ――リントヴルムとは、何処まで行っても意見が合わないんだと、再認識したのだった。


     ☆


 夕方、ルイーズと一緒に依頼の仕事をこなした後、ボワルセルの街に戻ってきた。

 いつも通り賑やかな街だが、なにかがおかしい。


 賑やかなのを通り越して、ちょっと騒がしかった。


「なんかあったのかな」


 俺はルイーズの背中から飛び降りて、通行人を捕まえて話を聞いた。


「なんか、ドラゴンが脱走したんだって」

「脱走?」

「暴れているみたいで、結構な捕り物になってたぜ」

「へえ……それにしても、竜が脱走か」


 それはなかなか聞かないことだ。


 俺はしないが、普通、竜はブリーダーや竜騎士によってきちんと躾けられている。

 脱走する事はほとんどない――というか今まで聞いたことがない。


 ちょっと、気になった。


『ゴシュジンサマ……』

「ん? ああ」


 振り向いた先で、ルイーズがおねむな感じになっていた。

 まぶたがほとんど閉じかかってて、体もふらふらしている。


 そろそろ限界かな。


「眠いのなら先に帰ってていいぞ」

『ん……もうちょっとだけなら、だいじょうぶ……』

「そうか」


 大丈夫とは言いながらも、本当に眠そうだった。

 脱走した竜も気になるけど、この状態のルイーズに無理をさせる事はできない。

 俺はルイーズを連れて、まずは庁舎にいって、報告して仕事を閉じ(、、)ようと思った。


 そして、役所の庁舎にやってくると――ドン! って感じで何かがぶつかってきた。

 タックルを受けた俺は、後ろ向きに倒れて尻餅をついた。


「あいたたた……なんだ?」

『お願い、助けて!』

「え?」


 この声は、この言葉は――ドラゴン!?


 俺は気を取り直して、タックルしてきた相手を見た。

 ドラゴンだった。


 その子は知っている子で、リントヴルムのドラゴンだった。


『もう! あそこはいやなんです!』

「むっ……」


 俺は眉をひそめた。


 ベテラン竜騎士が競って入ろうとしたギルドから、肝心のドラゴンが逃げ出してきて、俺に助けを求めてきた。

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