10.ドラゴン・ファースト
次の日、俺はルイーズと一緒に仕事をした。
街の周りをぐるっと一周して、異変がないかとチェックする、役所が依頼主の仕事だ。
いわば警備巡回だから、大した金にはならないけど、役所が依頼主だから、これも「顔」を繋いでおくための仕事だ。
街の周りをぐるっと二周して、念入りに異常なしと確認してから、役所に戻ってきて、ローズさんに報告した。
「異常ありませんでした」
「そうかい。ご苦労さん。はい、これが報酬の二十リール」
役所が依頼主だから、報酬はその場で支払われた。
コレットが一日で五十リールとか稼げるのに対して二十リールだから、金銭報酬は本当に少なめだ。
まあ、それは織り込み済みだから、別にいい。
それよりもまだ時間はあるから、何かもう一仕事しておくか――。
「そういえば、シリル、あんた、ギルドはどうするの」
「ギルド、ですか?」
いきなりなんの話をし出すんだ? と不思議に思い、首をかしげながらローズさんを見つめ返した。
「ギルドなら、リントヴルムを追放されましたし……まあ、当面は野良でやっていくつもりです」
というか……ずっと、かもしれないな。
野良になったあと色々周りの話を聞いてみたけど、リントヴルムが極端なだけで、大抵のギルド、いや竜騎士は同じ様なもんだ。
竜のことは道具、くらいにしか思っていない。
それが一般的だから、どこか別のギルドに――というのはまったく考えていない。
「一人ギルドを立ち上げるつもりはあるかい?」
「一人ギルド? って、なんですか」
「文字通り一人だけのギルドさね」
ローズさんは身も蓋もない答えを口にした。
「なんでそんな物を?」
「ギルドの恩恵を知ってるかい」
「ギルドの恩恵、ですか?」
俺は少し考えてみた。
ギルドの恩恵、という様なものは、俺の知識の中にはない。
俺は首をゆっくり振った。
「いえ、まったく知りません」
「そうかい。まず、ギルドって言うのは、国が認めている組合の一種なのさ」
「はあ」
「いわば竜騎士組合なんだけど、竜騎士と竜は今や大事な存在だからね、それでいろいろ特別扱いしているのさ」
「例えば?」
「表向きで一番大きいのは税金さね。所得税もそうだけど、竜頭税も、ある程度の竜がいたら一人ギルドでもそうした方が税金が安くなるよ」
「へえ」
それはまったく知らなかった。
そうか、税金か……。
竜は……うん、これからも出会いがあれば、まだまだ迎えていくつもりだから。
それで税金が安くなるなら、一人ギルドはありかも知れないな。
「あとは、ギルドの能力に応じて、竜の能力も多少上がる」
「そうなんですか!?」
俺はびっくりした。
それは初耳だ。
「微々たるものさ、ギルドのレベルが最大になって、それで一割くらい上がるかんじだね」
「それでも凄いですよ」
まさかそういうのがあるなんて思いもしなかった。
それが本当なら、一人ギルド――本気で検討しなきゃだな。
「ちなみに、ギルドを立ち上げるためにはどうしたらいいんですか」
「まずは金だね」
「お金、ですか?」
「そう、保証金を国に支払うんだ」
「そうですか」
「あと公人の見届け人が一人――まあこれはシリルがそのつもりならあたしがなってやるけど」
「ありがとうございます」
俺は心から感謝した。
保証人とか、見届け人とか。
そういうのは、お金以上に得がたい物だ。
とはいえ、お金もお金で、「先立つもの」として今の俺にはかなり難しい話だ。
「ちなみに、その保証金というのはどれくらいですか?」
「一万リールだ」
「そうですか……」
一万リール……。
それは、結構大金だぞ。
☆
俺は家に戻ってきた。
リビングで手足を投げ出して座って、天井を見上げながら考えた。
一万リールはかなりの大金だ。
人によっては年収くらいの金額だ。
もちろん、そんな大金なんて持っていない。
ただ、ものすごい大金というわけでもない。
結局、人間一人の年収程度の額だ。
一人ギルドだから多いのであって、例えば十人くらいの仲間が一緒になってギルドを立ち上げるぞ――ってなったとき、一人頭千リールって考えれば途端にどうとでもなる金額になる。
でも、俺は一人だ。
一人で一万リールを用意するのは難しい。
でも、ギルドの恩恵を考えれば、多少無理してでもやる価値はある。
さて、どうするかなあ。
一万リールかあ……。
そうやって、俺が頭を悩ませていると。
『ただいま』
家の外から声が聞こえてきた。
コレットの声だ。
俺は立ち上がって、リビングから庭にでた。
すると、竜舎に戻っていく途中のコレットと遭遇した。
「おかえりコレット」
『ただいま。はい、これ今日の稼ぎ』
コレットはそういい、口の中から硬貨袋を吐き出した。
硬貨が入った三つの革袋が、じゃらりと音を立てて庭の地面に落ちた。
「分割払いのは?」
『ちゃんと持ってってる』
「そうか、お疲れ――あれ?」
硬貨袋を拾うついでに、一緒にコレットが吐き出したっぽい何かを見つけた。
それは――石のような物だ。
「これは?」
『ああ、それ?』
コレットはうなずいた。
『間違えて飲み込んだやつ。あんたが指定した鉱石じゃないから、買い取りに出さないでそのまま持って帰ってきちゃった』
「……」
『なに? それがどうかしたの?』
「これは……もしかして」
俺は、コレットが吐き出した鉱石をじっと見つめた。
☆
「これは……ポリライトですね」
俺は鉱石を買い取り屋に持ってきた。
それをしばらく鑑定した買い取り屋が、ちょっと驚いた顔で言った。
「ポリライト?」
「ええ。今は太陽の光で白く見えますよね」
「そうですね」
「これを――」
買い取り屋は立ち上がって、窓をしめてカーテンを引いた。
部屋の中が暗くなった。
そして、ランタンの灯りを灯した。
すると、ランタンの灯りを受けて、鉱石はなんと「赤く」輝きだした。
「こ、これは」
「ポリライト、受けた灯りの種類に応じて輝きの色が変わる鉱石です」
「へえぇ……」
「ちなみに何種類かはモノによります、色の種類が多ければ多いもの程当然高価になります」
「そりゃそうだ……」
そういう性質のものなら、色の種類が多ければ多いほど――って普通に納得した。
買い取り屋はロウソクやらなにやらを使って、何種類もの灯りをポリライトにあてた。
「どうやら四種類みたいですね」
「みたいですね」
「これを譲ってくれませんか」
「ああ、もちろん」
俺は頷いた。
買い取り屋に持ち込んだのは最初からそれ目的だ。
見たことのない、偶然取れた鉱石。
鑑定ついでに、値段がつけばそのまま買い取ってもらうのが目的だ。
「一万リール、で、如何でしょう」
「ええ!?」
一万リール。
俺は鉱石――ポリライトを見つめた。
これ一つで、ギルドを立ち上げることが出来るぞ。
☆
ポリライトを売り払って、一万リールを受け取ったその足で、役所にやってきた。
ローズさんの所にやってきた。
「おや、どうしたんだい。今日はもう帰ったんじゃなかったのかい」
「すいません。えっと、一万リール持って来ました」
俺はそう言って、ずしりと銀貨の入った革袋をローズさんの前に差しだした。
ローズさんはそれを見て、少し驚いた。
「まさか今日中に持ってくるとは思わなかったよ」
「すみませんせっかちで」
「でもよく金を作れたね。竜を質にでも入れたのかい?」
「え?」
「え?」
俺はきょとんとして、そんな俺を見てローズさんも驚いた。
「竜を質にって、どういう事ですか?」
「文字通りの意味さ。竜を質に入れてお金を作って来たのかい」
「そんなことはできませんよ」
俺は苦い顔で言った。
竜を質に入れると言うことはそもそも知らなかったし、知ってたとしてもそんなことは出来ない。
「そうじゃなくて、高価な鉱石を拾えたんです」
「へえ、運が良かったって事かい」
「そういうことですね」
「そうかい」
「とにかく、お願いします」
「わかった。じゃあ準備をするから、その間にこれを書いといて」
ローズさんはそう言って、書類を取り出して俺に渡した。
ギルドの申請書類だ。
「用意してあったんですか」
「あんたがそのうち来ると思ってね」
「……ありがとうございます」
ローズさんに感謝しつつ、俺は書類を上から見ていき、必要な項目を書き込んでいった。
自分の名前とか、住んでるところの住所とか。
そういうパーソナルで当たり前のものから、竜の数と品種とかも書いていった。
「名前は……ないのか」
竜の名前を記入するところが無いのがちょっと不満だったけど、無いものはしょうがない。
そして――
「ギルド名、か」
「ああ、それは一番重要な所だね。いうまでもなく、これからはそれで呼ばれて、それで認識されるからね」
「そうですよね」
俺は考えた。
最重要となる、ギルドの名前。
その名前をどうしようか、と考えた。
一瞬だけ、考えた。
すぐに、考えついた。
まるで天啓の様に、すぅ、と降りてきた。
俺はそれを書き込んだ。
書き込んで、ローズさんに渡した。
「おわりました」
「どれどれ、『ドラゴン・ファースト』、かい」
「はい」
俺ははっきりと頷いた。
名は体を表す、って言葉がある。
だったら、俺のギルドの名前は『ドラゴン・ファースト』であるべきだ。
・面白かった!
・続きが気になる!
と思った方は、広告の下にある☆☆☆☆☆からの評価をお願いいたします
作者の励みになります