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01.追放された竜騎士

 立ち止まって、振り向く。

 追放されたばかりのギルドの建物を見あげた。


 大手ギルド『リントヴルム』。

 今朝まで俺が所属していたギルドだ。


 ここを、俺は追放された。


『道具に感情移入するようなヤツはいらん』


「……ふん」


 俺は身を翻して、歩き出した。

 道具に感情移入するようなヤツ、か。

 俺は道具に感情移入をした覚えはない。


 ドラゴンの事を、そもそも道具だと思っていないからだ。


     ☆


 ドラゴン、それはもはや、日常には欠かせない大切な存在である。


 約百年前に初めて人間の手によってドラゴンの繁殖に成功して以来、ドラゴンは生活の様々なシーンに使われてきた。

 サイズと用途で、小型竜、中型竜、大型竜に分類される。


 小型竜は小型と言ってもれっきとしたドラゴンで、人間よりも一回りも二回りも大きい事がほとんどだ。

 それらはほとんどが人間や、少数の荷物の運搬に使われる。

 戦争にも使われ、竜騎兵は騎馬兵の完全な上位存在になった。


 中型竜にもなると一軒家くらい大きくなって、まとまった貨物の運搬に使い、物流とかで重要な役割を担っている。


 大型竜はほとんどが固有名で有名になって、民生ではなく、軍の中核として使われる。


 そしてサイズ問わず、きちんと教育したドラゴンを操ることが出来る人間を竜騎士、あるいはドラゴンナイトと呼ぶ。


 その竜騎士が集まってできたのが竜騎士ギルドだ。


     ☆


 ボワルセルの街中を歩いて回る俺。

 頭上の空を、中型の竜が飛んでいった。


「ヴリトラ種か」


 地面に落とした影で、ドラゴンの種類を判別しつつ、見あげて答え合わせをする。

 空を飛ぶことができて、竜騎士の命令にも忠実で我慢強く、スタミナに優れることから、長距離の貨物運搬に主に使われる種だ。

 おなじ中型のニーズヘッグ種と比べると、ニーズヘッグ種も命令には忠実だが、好戦的な性格をしているから、貨物ではなく「兵」の輸送として軍に重宝されている。


「わあ、お母さん見てみて、またドラゴンだよ-」

「本当だね」

「かっこいいなあ、ぼく、将来は絶対ドラゴンナイトになる」

「頑張ってね」


 すぐそばを歩く幼い子供と若い母親のやり取りを微笑ましく感じた。

 竜騎士は、子供の「将来なりたい職業」ナンバー1を数十年間独走し続けている。


 特に男子だと二位以下をトリプルスコアで引き離すほどの大人気だ。


 竜を乗りこなすのが格好いいのはもちろん、「実入り」という面でも他の職業を遙かに上回っているからだ。


「おや?」


 ふと、視線の先に小型竜と、そのパートナー(、、、、、)であろう竜騎士の姿が目に入った。


 背中に乗ってる竜騎士は手綱越しにドラゴンを操縦するが、ドラゴンは嫌がって動こうとしない。


「こら、とまってないでちゃんと歩けよ」

「ガルルル……」


 タラスク種の小型竜、たぶん賃竜(、、)だな。

 客を乗せて目的地まで運んで、それで運賃をもらう商売だ。


 それによく使われるタラスク種は小型ながら、特殊な歩き方で上下の起伏がほとんどなくて安定しているから、人間が乗っても快適な種だ。


 そのタラスク種の小型竜が明らかに嫌がっている。


「何だってんだよ一体。急にどうしたんだ? おい」

「ガルルルル……」


 小型竜は低い、喉から出るうなり声を漏らした。

 まったく命令を聞く様子はない。


 竜騎士は困り果てていたし、周りの人間は何事かとそれを遠巻きに眺めていた。


 俺は近づいていった。


「あー、ちょっといいか?」

「え? いらっしゃい! すまないねお客さん、今ちょっと都合悪いみたいなんだわ」

「いやそうじゃない。その子、足を痛めてるぞ」

「え?」

「右の後ろ足だ」

「なに!?」


 男は小型竜から飛び降りて、俺が指摘した右の後ろ足にかけていった。

 しゃがんで、小型竜の足元の様子をみる。


「何歩か歩いてみろ」


 男は小型竜の足を叩いて、右手を突き出して、「サイン」をだした。

 小型竜はうなり声をやめて、数歩、前に歩き出した。


「本当だ! いつの間に」


 歩いたことで、男もようやく小型竜の足の異変に気づいたようだ。


「一体どこで……まったく商売あがったりだ」

「……」

「ああ、そこのあんた。同業者かい? 助かったよ」

「……いいさ、それよりもその子を大事にしてやってくれ」

「ああ」


 男は頷いたが、どこまで理解したんだか。

 とは言え俺にはどうしようもないから。


『ありがとう』

「いいさ、お大事に」


 小型竜と言葉を交わして(、、、、、、、)、幸運を祈りつつこの場を立ち去った。


     ☆


「あの子は落ち込んでるんです、今日一日くらいは休ませた方がいい」

「あはははは、何を言い出すかと思えば。道具が落ち込んでるとか、聞いたこともないぞ」

「そんなことはない、ドラゴンだって――」

「道具に感情移入してるのかお前。頭おかしいぞ」

「――ッッ!」


     ☆


 子供のころから、俺は竜の言葉がわかった。

 他の動物は普通に鳴き声にしか聞こえないが、なぜか竜のだけは言葉として分かる。


 それがきっかけで、俺は竜騎士になった。


 通常、竜を操縦するには、竜を調教して、ちゃんとしたサインやらなんやらを覚えて、それで操縦するものだ。

 だが俺はそういうのじゃなくて、竜と言葉を交わせるから、会話によって竜に「お願い」して動いてもらっていた。


 それは普通の調教よりも「思うように動かす」という意味では優れていたから、俺は業界最大手である竜騎士ギルド『リントヴルム』にスカウトされた。


 そのリントヴルムは徹底して竜を管理・使役するスタイルだったから、俺とは徹底的に合わなかった。

 スカウトされてから一ヶ月経たずに、俺は「使えない男」「意味なく反抗する男」と烙印を押されて、ギルドを追放された。


     ☆


 一人で街の大通りを歩く。


 今思いだしても腹がたつ。

 完全に竜を「道具」だと言い切るあそこの連中のことは、ものすごく腹がたつ。


 追放されたのはむしろ願ったり叶ったりだ。

 あそことは、二度と関わらないぞと決めた。


 のは、いいんだけど。


「仕事はしないとなあ」


 ギルドを追放されたからには、野良の竜騎士として働かないといけない。

 俺は街の中心――からほんのちょっと離れた庁舎にやってきた。


 街の役所であるここは、野良の竜騎士にする依頼を集めて、振り分けている。


 もちろん民間でもやってる人がいるにはいるが、そういう仲介屋には伝手がないのと、野良になったばかりで竜の一頭も「持ってない」俺にくれる仕事はない。


 その分、役所に来るものだったら犯罪者でもなければ受けられるし、レンタル竜でもやれる仕事が多い。


 庁舎に入って、一階ロビーの一角にある掲示板の前に立った。


 掲示板に色々張り紙があって、その張り紙に依頼が書かれている。


 俺はそれを片っ端から見ていった。


 その中で、一つ、面白そうなのを見つけた。

 商人の、生まれたての竜の調教、というものだ。


     ☆


 街の南西にある、高級住宅街の一角。

 その中の庭付きの屋敷の中、応接間で俺は屋敷の主である中年男と向き合っていた。

 仕事の面接だ。


「初めまして、私はパトリック・フォルジェと申します」


 テーブルを挟んで、パトリックが手をさしだしてきた。

 彼と握手をして、名乗る。


「シリル・ラローズです」

「シリルさん。さあどうぞ、おかけください」


 握手の後、ソファーに座る。

 パトリックが微苦笑しつつ切り出した。


「いやあ助かりました。こういう依頼なもんですから、あまり引き受けてくれる人がいなくて」

「そうですね、竜の操縦と調教は違いますので」

「そのようですね」


 パトリックは微苦笑したまま頷いた。


「単刀直入に聞きます、どのように調教したいのですか?」

「息子へのプレゼントなんですよ」

「へえ?」

「子供が生まれたら、竜を飼うと良いって商人仲間から聞きましてね」

「一時期流行りましたねそういえば」


 俺は記憶を引っ張り出した。

 確かにそういう話があった。

 子供と兄弟のように育った竜は、長い人生の中で大事な存在になって、情操教育にもいいしボディガードにもなるという話がある。


「それで竜を一頭購入して、何人かの調教師を頼んだのですが、何故か調教師の言うことはまったく聞かなくてね」

「それは珍しい」

「なので、現場にいる竜騎士の方にお願いしてみたらどうか……となったのですよ」

「そうですか、わかりました。早速ですが、その竜を見せて頂けますか」

「はい、こちらです」


 パトリックに案内されて、応接間をでて、屋敷からも出て、庭にやってきた。


 庭の一角で、鉄の鎖につながれている幼い竜がいた。


「タラスク種ですね」

「はい、さほど大きくならず、日常生活にも溶け込みやすい、と」

「そうですね、賃竜にも使われるくらいですから」

「なのにまったく調教師の言うことを……なんとかなりそうでしょうか」

「やってみます」


 俺は竜に近づいていった。


 竜は俺に近づいて、伏せていたのが起き上がって、じゃらっと鎖をならした。


「俺はシリルだ、あんたは」

『妹を! 妹にあわせてくれ!』

「落ち着け、妹? どういう事だ? 詳しく話を聞かせてみろ」

『あれ? あんた……僕の言葉が分かるのか?』

「ああ」

『うそ……ああっ、だったら話を聞いてくれ。妹が一緒にいたんだ。でも僕だけが買われてきたんだ』

「ふむ」

『頼む、妹と一緒にいさせてくれ。もしそれが出来たら何でも言うことを聞く』

「あそこにいる商人、あの商人の息子の子守をして、子供の言うことを聞けるか?」

『妹と一緒にいられればなんでもする!』

「わかった」


 俺は小さく頷いた。

 振り返って、パトリックの所に戻ってきた。


「どうでしょう、なんとかなりそうでしょうか」

「なりますよ。ただ」

「ただ?」

「あの竜、どこで買ったんですか?」

「え? そりゃ竜商人から」

「でしたら、今すぐあの竜と一緒に入荷した雌の竜が残っているかどうか調べてください。あの子の妹です」

「妹?」

「妹と一緒ならなんでも言うことを聞くと言ってますよ」

「言ってます?」


 パトリックは疑わしげなものを見るような目で俺をみた。


「とにかくやってみて下さい」

「……わかりました」


     ☆


 数時間後、一頭の竜が連れられてきた。

 最初からつながれていた竜より一回り小さい、タラスク種の雌の竜だ。


 その竜は最初は嫌がっていたが、庭につながれている竜を見るなり。


『おにいちゃん!』


 と、駆け寄ろうとした。

 竜商人の部下が鎖を引っ張っているから駆け寄ることはできなかった。


「放してやって下さい」

「放してやってくれ」


 俺がパトリックに言って、パトリックが商人の使いに言った。

 すると鎖から手を離され、妹が兄に駆け寄った。


 二頭の龍は、体をすりあわせて、本能丸出しのスキンシップをした。


『ああ! 良かったもう会えないかって思ってた』

『お兄ちゃん! お兄ちゃん!』


 しばらくの間そうしていた。


「これは驚きました」

「たった二人の兄妹のようです」

「まるで人間のようですな」

「……」


 俺は答えなかった。

 その先の言葉を続けると、ギルドで追放された時のような話になってしまうから、何も言わなかった。


 パトリックは竜商人の使いと一緒に行った。

 支払いとかそういう話をしに入った。

 タラスクの兄妹を見て、一緒にいさせた方がいい――ってのは言葉が分からなくても理解できたんだろう。


 そこに残った俺に、竜が話しかけてきた。


『ありがとう! 妹を連れて来てくれて、本当にありがとう』

「いいさ」

『あんたの言うことならなんでも聞くよ』

「俺はいい、それよりもこの家の子供と仲良くしてやってくれ」

『そうだったね、うん、わかった! 妹と一緒にいられるのなら何でも言うことを聞くよ』

「ちゃんと言っておく。頑張れよ」

『うん!』


 俺は二頭の竜をポンポンと撫でてから、パトリックの所に戻った。


     ☆


 屋敷の玄関で、パトリックに見送られる俺。


「いやあ、本当にありがとうございます。あんなに従順になるとは驚きです。何人もの調教師にお願いして、匙を投げられたのに。あなたはすごい人だ」

「それよりも、あの二人(、、)を引き離さないように。今はもちろん、成長しきった後に引き離すと、命令とかまったく聞かなくなって大変なことになりますよ」

「ええ、ええ。わかってますとも」


 頷くパトリックに、俺は報酬を受けて、屋敷を出た。


 最後に、ちらっと庭の一角で体を寄せ合っている兄妹の竜を見て、少し和んで、この場を立ち去った。


     ☆


 俺は最大手のギルドから追放された。


 だけど、後悔はない。


 竜の言葉が分かる俺は、竜の気持ちも当然分かる。

 それが分かる俺は、これからも、ドラゴン・ファーストで行く。


 そう、改めて決意したのだった。


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