オベロンの迷宮
息抜きにサクッと書いてみました。
「"重点探知"」
そう呪文を唱えると俺を中心に魔力が波紋の様に広がっていく。
「周囲6部屋か…このルートはダメだな…」
魔力波の反応から周囲にどれだけのモンスターの気配があるかを手元の地図に書き加えていく。
俺は一人、マップを片手に元来た道を引き返すのであった。
ここオベロンの迷宮は最高難易度のダンジョンだ。
挑んだ冒険者は数知れず、未だに踏破者は出ていない。
ダンジョンの構成は8つの出入り口を持つ多数の部屋から成っており、部屋によっては強力なモンスターがいたり、トラップがしかけられていたりする。
モンスタールームやトラップルームは力技で突破するには悪辣すぎるレベルで還らぬ者も多くいた。
ならばそれらの部屋を避けて通ればと思うが、このダンジョンは入るたびに部屋の配置が変わっており、また一度入ると入口が消えてしまう為、帰還の魔石を使わないと途中で帰る事も出来なかった。
人を惑わせ、どこかへと引き摺り込み還らぬ者とする。まるで妖精の様なその有り様から、このダンジョンは妖精王の迷宮と名付けられた。
ダンジョンの初回踏破者は必ずと言って良いほど、神話級のアーティファクトを手に入れている。そのアーティファクトの効果は凄まじく、一度初回踏破者となれば末代まで左団扇で暮らせるという価値をもつ物ばかりだ。
その為未踏破ダンジョンには砂糖に集る蟻の如く冒険者たちが挑むことになる。
だが帰還の魔石は決して安価ではない。買えるようになる為には、最低でもシルバーランク、そのなかでも中堅以上まで登り詰めていないと経済的に厳しい。
帰還の目処もないのに無為に挑戦する冒険者が後を立たず、将来を嘱望される若手冒険者も数多く挑み、還らぬ人となった。将来的な人材不足の危機を感じたギルドによって、オベロンの迷宮は厳しく管理され、一定以上のランクに達していない冒険者は入場することも出来なくなっている。パーティ、もしくはソロでのランクがシルバー以上の冒険者のみが挑戦権を得るのだ。
さて、そんな俺はというと、シルバーランクまであと一歩というブロンズランクの冒険者だ。
ジョブは探索士。主にマッピングや荷物運び、夜営の準備など、いわゆる雑用をするジョブだ。
戦闘能力はお察しで、ギリギリ斥候も出来なくはないが、それぞれ専門職がいれば不要と言われるレベルだ。探索士がソロで冒険者をやる事はほとんどなく、大概がどこかのパーティに参加している。
かくいう俺も新進気鋭のゴールドランクパーティ『輝く流星』のメンバーだった。
元々は幼馴染みで構成されたパーティだった。冒険者成り立てのアイアンランクだった彼らに、ギルドが紹介した探索士が俺だ。一応それなりの期間冒険者としてやってきてたことから、彼らのメンターとして期待もされていたようだ。
彼らは剣聖、賢者、聖女、怪盗と、それはもう煌びやかな最上位ジョブを持っていた為、破竹の勢いでクエストをこなし、ダンジョンを踏破し、ランクを上げていった。俺は探索士として彼らを十分にサポートし、戦闘に集中出来るよう腐心してきたつもりだ。
しかし最近では俺の戦闘能力の低さからリーダーとは度々衝突し、ついにはこのダンジョンで立ち行かなくなったのを契機に、あっさりと単身放り出されてしまったのだ。
当然高価な帰還の魔石を持たされている訳もなく。俺は踏破者とならない限り死ぬ。食料や水に関しては、最近のリーダーとの衝突の多さから、最悪の事態に備えてパーティメンバーには内緒で自腹で用意していたアイテムバッグがあったので、仮に途中で全く現地調達が出来なくても30日は持つだろう。
ソロでの戦闘能力に乏しい探索士だが、それでもソロのランクもシルバーランク手前までやってきているのだ。
幸にしてモンスタールームやトラップルームに当たらなければ、このダンジョンに出てくる敵はアイアンランク上級からブロンズランクの中級クラスだ。
それくらいなら何とか戦える。
俺はごくごく僅かな生還の可能性をかけて、自らの冒険者としての経験全て使ってオベロンの迷宮の探索を再開したのである。
オベロンの迷宮の探索を開始してから、パーティとして3日、ソロとして15日が経っていた。
俺は通常部屋でマップを広げながら、オベロンの迷宮の特性を改めて整理していた。
・各部屋には8つの通路があり、それぞれ隣の部屋に繋がっている。部屋は50メートル四方、通路は約100メートルとなっていて、各部屋と通路の間には扉がある。
・部屋にはいくつか種類があり、通常部屋、強大なモンスターがいる部屋、トラップルームがある。
・部屋の配置は完全にランダム。迷宮に入る度に変化し、おそらくパーティ単位で完全に別のマップになっている。
・各部屋は残存パーティメンバーの半分以上の人数が入り、扉を閉じるまではどの部屋か判明しない。また別の扉も開かない。
・通常部屋はモンスターも弱く、また様々な環境の部屋があり、水や果物が採取できる部屋もある。
・モンスタールームは一度入ると倒すまで脱出不可。高ランクの戦闘職がいれば倒せない事はないが、甚大な被害を覚悟する事。
・トラップルームは致死レベルのトラップが仕掛けられており、生還者がいない為情報がない。
・通常部屋は一度敵を倒すと、部屋を出るまでは敵が復活しない。
・モンスタールームは一度敵を倒すと、時間が経っても敵が復活しない。
・部屋と部屋を繋ぐ通路では魔法が使用不可能。
・探索士や斥候職が使える"探知"や"罠検知"などの周辺認知魔法は部屋で使用しても効果を発揮しない。
ここまでが前情報としてわかっていた事だ。
そしてこの半月で判明したのは最後の効果についてだ。
"探知"は魔力を波紋のように飛ばして、帰ってくる波を感知する事で、周囲に何があるかを探る魔法だ。
全てのモンスターは魔力を持ち、"探知"で飛ばした波は生き物の持つ魔力に反射される。強大なモンスターだと体から溢れる魔力も多いのでより強い波となって返ってくる。これによりどの方向にどれくらいのモンスターがいるかを把握できるのだ。"罠検知"も原理は一緒でこれはトラップにかけられている魔力を探知している。これを同時に行うのが俺が使っている"重点探知"だ。
だがこの迷宮ではどういう訳か魔力波が正しく返ってこない。誰かを囮にしようにも毎回パーティの半分を掛けるのは分が悪すぎる。結果として全員で運を信じて進むしかないのだ。
かく言う『輝く流星』も手探りで進んで行った結果、僅か3日でモンスタールームに連続で当たり、何とか一人も欠けることなく倒したが、俺をおいて撤退した訳だ。
そんな探知魔法だが、ここ数日の検証でわかったのは、
・帰ってくる波の方向はわからないが、波自体は返ってきている。
・通常部屋は魔力が返ってこない。
・モンスタールームは敵を倒した後も魔力が部屋に残っているのか、倒す前と同じだけ波が返ってくる
・少なくともモンスターハウスは出てくるモンスターに寄らず、返ってくる魔力の量は同じ。
特にモンスターハウスの魔力量が同じと言うのはデカい。
これによって方向はわからないまでも、周囲に何部屋モンスターハウスがあるかがわかるようになった。
手持ちのマップの部屋に数字を書き込んで行き、どの部屋がモンスタールームか推定していく。
トラップルームについての検証は出来ていないが、あれは致死率100%のデスルームだ。流石に命を投げ打っての検証はできない。
しかし、今のところトラップルームに当たってないことを考えると、恐らくトラップルームもモンスタールームと魔力量が同じなのだろう。
俺は順調に進んでいるが、このやり方はそうそう真似できないだろう。
と言うのも通常"探知"や"罠検知"の有効射程は100メートル。この迷宮の仕様では隣の部屋まで届かないのだ。
それに対して俺の"重点探知"の有効射程は200メートル。探索士でも"重点探知"を取得している者は少ない。パーティ活動が主だと取得条件を満たせないことが多いからだ。
ソロ活動でコツコツと経験を重ねてきたことで取得したこのスキルと射程距離は、今の俺にとって文字通り命綱だ。
このスキルと僅かばかりの戦闘能力を使って、俺は探索を続けていく。
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ソロ探索を初めて早くも30日が経過した。
マップでは既に400近い部屋が書かれ、50近い部屋にモンスターハウスを示す×印が書き込まれていた。
このオベロンの迷宮が何階層あるかはわからない。だが、少なくともこのフロアは片辺が24部屋ある事はわかった。
だがそこまでだ。今マップの未開拓のエリアに行くにはモンスターハウスの恐れがある部屋を通らなければならない。
くそっ、ここまできて運任せかよ!ここで外したら所詮探索士の俺は、死あるのみだ。
だがいくら考えても確実な安全ルートが見つからない。ここはハズレの確率の低い方を選ぶしかない!
俺は意を決して扉を開き、足を踏み出した。
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ソロでの探索を開始してから40日が経った。
オベロンの迷宮は一階層24×30の部屋からなっていた。
既に728部屋がマップに記載されており、×印は98部屋を数えていた。
フロアの端に残された隣接した2部屋のうち、1部屋がハズレだ。
今回は以前と違い完全な2択だ。どちらかの確率が高いも低いもない。
だがもしアタリを引いた場合、俺は晴れてこのオベロンの迷宮の初回踏破者となる可能性が出てくる。
40日を超える日々の記憶が脳内を駆け巡る。
雑魚モンスターとはいえ、中には俺程度では倒せるがかなり苦戦するモンスターもいた。2択を迫られ、確率を必死に計算したことも何度かあった。
もし初回踏破者となったらこれまでの苦労が報われる。もう探索士だからと蔑まれることもない。
自分の好きなように生きることが許される。
『輝く流星』の連中に復讐しに行くか?いや、せっかくの自由に振る舞えるようになるんだ。あんな奴らにわざわざ時間を割くのも勿体ない。
精々が冒険者ギルドに事態を詳かに報告するだけだ。脱出の可能性をゼロにするような仕打ちをしたとなれば、それだけで信頼はガタ落ちだ。それで十分である。
もっと前向きに、地元の冒険者ギルドの受付嬢にデートの申し込みをするのがいいな!あの子は探索士である俺にも分け隔てなく接してくれた。お互い新人の頃からの付き合いでもある。きっと無碍にはされないだろう。あわよくば、これを機会にもっと親しく…
はっ、いかんいかん。取らぬドラゴンの皮算用をしてもしょうがない。
欲望に目が眩んで破滅した例は枚挙にいとまがないじゃないか。
俺は頭を振って、深呼吸をし、心を落ち着かせる。
大丈夫、自分の直感を信じろ。
それで生きながらえてきたじゃないか。
今回だって大丈夫!
俺は心を決めて片方の部屋の扉を開け、自信を持って足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉めた。
「Congratulation! あなたはこの階層の初回踏破者となりました!報酬としてアーティファクト"女神の卵"が与えられます」
その瞬間、どこからともなく祝福の言葉がかけられ部屋の中心に魔法陣が現れると、そこから宝箱が現れる。
やった!ついにやったんだ!俺は初回踏破者となったんだ!
転がるようにして宝箱を開けると眩い光が部屋を埋め尽くした。
光の奔流に耐えきれず、意識を失おうかという瞬間にあの声が聞こえる。
「次の階層に転移します」
待て。さっきの声はなんと言っていた?
この階層ってことは、まだこのダンジョンには続きがあるのか?だが、いいだろう。既にこのダンジョンの攻略法は見切った。
多少の運があろうと、俺は必ずこのダンジョンを踏破してみせる。
その決意と共に俺は意識を失った。
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・・・・・・
・・・
周りがとても騒々しい。
獣の唸り声のような音に、急速に意識が回復していく。
目を開けると、そこには俺の予想外の光景が広がっていた。
俺は椅子のような物に座っており、目の前には数多くの丸いでっぱりや、よくわからない棒があり、複数の板には光る文字や点、何かの絵のような物が書かれている。
ちょっと待てぇぇぇ!何だコレ!何だコレぇ!
前の階層と雰囲気変わりすぎだろう!
何をすればいいんだよ!
あたふたしているとチュートリアル開始の声が鳴り響く。
ええい、こうなったらなるようになれだ!
絶対に踏破してみせるからな!
俺は意を決して、謎の声に従って目の前の棒を掴むことにした。
元ネタはおわかりですかね?
最近はデフォルトで入っていないせいか、会社の後輩にも知らない子がいてジェネレーションなギャップに戦々恐々としています。
オチの元ネタが分かる人はきっと同世代。仲良くなれるはず。多分自分はデフォルトで入っている中では一番熱中したゲームです。
元ネタがわからなかった方は活動報告の方に、答えと作中に出てくる用語の元ネタ解説を書いてありますので、気になる方は覗いてみて下さい。