9.お茶会
「あら、丁度いい時間ね。そろそろ出発しましょう。」
馬車に揺られて6~7分でサマーヴィル家の屋敷に到着した。
「お嬢様、エレノア様がいらっしゃいました。」
そう言うか言わないかのうちに、勢いよくドアが開く。
「エレン!待ってたわ!早く早く!」
エレンの腕を引っ張って連れて行く。ヴィオラはもうすでに到着していたようだ。
「さ、ここに座って!」
そう言って押し倒すようにソファーに座らせた。
正面のソファーにはリーナとヴィオラが座る。
「そ・れ・で、エレンちゃん何か言うことはない?」
リーナは興味津々で瞳をキラキラさせている。
「…ルーカス殿下との婚約が内定しました…」
「きゃー!ついにエレンが婚約!しかもお相手はルーカス殿下だなんて!おめでとう!」
リーナは大興奮である。
「おめでとう、エレン。ごめんね、今朝お父様から聞いてリーナに教えちゃったのよ。」
「ごめんって何よ?ヴィオラ。」
「リーナは興奮しすぎ。落ち着きなさい。」
「はーい。で、昨日は何があったの?気が付いたら姿がなかったからデイヴと抜け出したのかと思ったのに、デイヴはエレンと会えなかったって言ってたから心配してたのよ。」
「そうなのよ。お開きになった後もデイヴが真っ青になってあちこち探していたのよ。でもエレンのお父様もいないからきっと一緒にいるのよって説得して帰らせたの。デイヴには今朝、エレンはお父様と一緒だったみたいって伝えたから大丈夫よ。」
「何も言わずにいなくなってごめんね。ヴィオラ、デイヴに伝えてくれてありがとう。…まず、昨日国王陛下と話したことは機密事項も含まれているから全ては話せないの。話せる範囲で説明するわね。」
機密に触れぬ出来事を一通り説明した。と言っても大半は話せなかったのだが。
「ソフィア様も婚約者候補の一人だったのね。まぁ、お父様は宰相でソフィア様自身も素敵な方だからそうなるわよね。婚約者にエレンが選ばれたとき、ソフィア様はどんなご様子だったの?」
リーナは先程よりは落ち着いたようだ。
「私自身がいっぱいいっぱいでソフィーのことまで気にしている余裕はなかったわ。でも、ソフィーが帰るときは淡々として落ち着いていたかな。」
「ソフィア様は王族に近い家系だから、ルーカス殿下の婚約者候補なのかのとは思っていたけれど、エレンも候補にあがっていたなんて驚いたわ。」
「そうなのヴィオラ、自分自身でもそう思うわ。」
「ソフィア様だって自分が婚約者になるって思っていたんじゃない?エレンに取られちゃって、これからどうなさるのかしら。」
リーナはあっけらかんと言う。
「リーナ、口が過ぎるわよ?ソフィア様なら引く手あまたでしょうから、すぐにどなたかとご婚約されるわよ。」
ヴィオラが嗜める。
「そうよね、ソフィア様ってとっても人気があるもの。ところでエレン、婚約が決まってどう?」
「どう?って、まだ実感わかないわよ。それに内定しただけだから。」
「そういうことじゃなくってぇ。だってルーカス殿下よ?あんなにハンサムで品行方正、頭もいいし、戦いでの活躍も素晴らしいと聞くわ。この国の乙女たちの憧れの人よ!私があの方と婚約!?きゃー!とかそういうのないわけ?」
きらっきらの笑顔でエレンを見る。
「リーナ、エレンにそんな可愛い乙女的思想あると思う?」
「思わない!」
「ちょっと!二人ともひどいじゃない!」
思わずエレンは吹き出す。
でも確かにそうだ。
父が決めた相手と結婚するのだろうから、ときめいたり恋したりすることは意味がないと思っていたので、異性をそんな風に見たことがなかった。まぁ、つまらない女といったらそうだが、貴族の結婚なんてそんなものだと思っていた。
「それじゃあ、二人は婚約したときどうだったのよ。」
「私が婚約したのは6歳だったから覚えてないわ。アンディとは昔からずっと一緒にいたし、ドキドキするとかそういうのもないのよね。」
「ほら、ヴィオラだってそんな感じでしょ?」
「でも三年前お母様が亡くなったとき、アンディがずっと側で支えてくれたの。そのとき、あぁ、きっとこの人はこれからも私を支えて、守ってくれるんだなって思ったのよ。今までもアンディのことは好きだったけど、友達の延長みたいな感じだったのよね。でもお母様の死をきっかけに人生のパートナーとして意識し始めたわ。アンディとずっと一緒にいたいなって。」
ヴィオラの母セシリアは友好国エルヴフルールから嫁いできた。ヴィオラのオリーブ色の髪と、この国では珍しい琥珀色の瞳は母親譲りである。セシリアは元々病弱であったが、ヴィオラを産んだ後は床に伏せることも多く、子供はもう望めないだろうと医師から告げられたため、ヴィオラの父ロナルドの友人であるウェリントン侯爵の次男であるアンディを将来婿に取るということになったのだ。
「人生のパートナーか、素敵だわ。」
エレンはぽつりとつぶやく。
「初々しさはないけどね。ときめくような話はリーナが得意よね?」
「それなら任せて!って言いたいところだけど、楽しいことばかりじゃなかったけどね」
リーナは苦笑いする。
実はリーナにとってフレデリックは二人目の婚約者なのだ。
「12歳で初めて婚約したときは、この人が私の王子様なんだわ!って舞い上がっていたわ。一緒にいたくて、少しでも時間があれば一緒にいてもらったわ。でもヘンリーにとっては子供のままごとにうんざりしていたんでしょうね。」
リーナは寂しそうな表情を浮かべる。
リーナは12歳のとき6歳上のヘンリーと婚約していたのだ。当時のリーナは恋に恋する子供のようでヘンリーにどんなに冷たくされようとも追いかけていたものだ。しかし、ヘンリーには想いを寄せる女性がおり、駆け落ち同然に家を飛び出し、一方的に婚約を破棄したのだ。リーナはそれをあっさり受け入れ、今まで通り明るく、気丈に振る舞っていたが、時折見せる悲しそうな表情にエレンとヴィオラはとても心配したものだ。
一方ヘンリーは勘当され、バース家はヘンリーの弟が継ぐことになった。それがフレデリックだ。
兄がダメだったからと言って代わりに弟をというのも如何なものかと思うが、バース侯爵は毎日のようにサマーヴィル家を訪れ謝罪重ね、ヘンリーは勘当し二度と敷居を跨がせない、リーナに悲しい思いをさせないように大切に扱うと聖杯で誓うと懇願したらしい。その覚悟がリーナの父にも伝わり、聖杯の誓いこそ辞退したが、リーナが嫁ぐこと承諾した。リーナは当然反対したが、バース侯爵の熱意に押し切られる形で婚約する流れになった。ヘンリーと婚約していたのは半年程であったので留学していたフレデリックとは面識がなかった。国から推薦された留学の為、学校が休みの日も各地の視察などヘビーなスケジュールをこなしており、帰国の機会を取れず婚姻の儀まで顔を合わせることができなかったのである。
「私自身がこの婚約を最終的に受け入れた訳なんだけど、前のこともあったし、本人に会わずに婚約を迎えることは不安だったけどね。」
普段は弱音を吐かないリーナが一度だけエレンとヴィオラにそんな不安な胸中を漏らしたことがある。
「でも実際に会ったらそんな不安は消えちゃった!まず会った瞬間、本当に兄弟なのかしら?って思う程似てなかったのよ。同じ髪の色、同じ瞳の色、顔立ちだって似ているのにね。持ってる雰囲気とか表情が違うとこうも変わって見えるんだなぁって思ったわ。ヘンリーいつもは冷たい目をしていたけど、フレディはとても優しく私を見つめてた。そしたら凍った心が融けていくのを感じたの。そしたらもう夢中よ。ヘンリーになんであんなにキャーキャー言ってたのかしらって、きっと私病気だったんだって思っちゃった。」
リーナはケラケラ笑う。
「気の迷いなんて誰でもあるわよ。それにあの時は子供過ぎたのよ。」
ヴィオラがさりげなくフォローする。
「二人ともアンディとフレディのこと愛しているのね…私もいつかそう思う日が来るのかしら。」
「でも、婚約が内定したときドキドキしたり、ルーカス殿下のこと素敵だなって思ったりしない?」
ヴィオラはエレンに問いかける。
「別の意味でドキドキはしたわ。私でいいのかしらって。ルーカス殿下は素敵な方だとは思うけど、ときめきとかそういう感じじゃないのよね。」
「えぇー!信じられない、あのルーカス殿下よ!」
間髪いれずリーナが叫ぶ。
ルーカスはアッシュブロンドの髪にアメジスト色の瞳で端整な顔立ちをしており、誰が見ても美しいと思う容姿をしている。しかも人望もあり頭脳明晰、武術の腕も立つという、おとぎ話の王子様のような人物で非の打ち所がない。
「格好いいとは思うわよ?でも、それがリーナがフレディに感じたときめきみたいなものに繋がらないってだけ。」
「乙女だったら、誰しもコロッといっちゃうと思うんだけどな。」
「リーナ、定説はエレンには通用しないのよ。」
ヴィオラが冷静に言うので、リーナと二人で吹き出す。
「でも今まで誰かにときめいたことなかったの?」
リーナは食い下がる。
「ないわね。それに結婚なんて家同士の繋がりの為くらいにしか思ってなかったし…」
「…ヴィオラ、エレンってそういう子だったわ。今思い出した。」
「そうでしょ?でも、急なお話だったから、感情がついていかなくても仕方ないわよ。自然にそういう感情が湧くかもしれないし。それに、そうでなくてもエレンはお話をお受けするつもりなんでしょ?」
「まぁ、お断りする理由もないものね。というか、そもそも私に選択権があるのがあり得ないわよね。」
「国王陛下はそれだけアストレイ家とエレンのことを評価してくださっているってことよ。自信持ちなさい。」
「そうかしら…」
「それより明日学園はエレンの噂で持ちきりじゃない?もう今頃は婚約者内定のニュースが国中を駆け回っているわよ。」
「リーナ…それを言わないで、気が重たい…あら!もうこんな時間?」
時計を見るともうすぐ17時になろうとしている。四時間もぶっ続けで話していたらしい。
「そろそろ失礼するわ。長居しちゃってごめんなさいね。」
「いいのよ、私たちが質問責めにしていたんだから。ヴィオラはアンディが迎えに来るのよね?」
「うん。もう少し待たせてもらってもよい?」
「大丈夫よ。じゃあ、エレン色々大変だと思うけどがんばって!」
「他人事だと思って…じゃあ、また明日ね。今日はありがとう。」
「…ねぇ、デイヴに何て言ったの?」
扉が閉まるとリーナがヴィオラに聞く。
「何って…昨日の晩はエレンはおじ様と一緒だったから大丈夫、とだけ。」
「婚約が内定したことは?」
「言えるわけないじゃない…デイヴが落ち込むのが目に見えてるわよ。」
「そうよね。小さいときからデイヴはエレンのことを好きだったものね。鈍感なエレンは気が付いてなかったけど。てっきりエレンはデイヴと婚約するんじゃないかって思っていたし。」
「私もそう思ってた。」
「デイヴちゃん泣いちゃうかもね。」
「昔はよくリーナに泣かされてエレンにかばってもらっていたもんね。」
「え?そうだっけ?忘れちゃったわ。」
「え、忘れちゃったの?カエル投げて泣かしてたわよ。それはさておき、デイヴもう知ってるわよね…」
「多分…心配ね。」




