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46. 好転

「はぁー、退屈!」


「早く旦那様がお許しになってくれるとよいのですが・・・」


「あの怒りよう、当分無理そうだわ。」

エレンはテラスで頬杖をつき不貞腐れている。


「気分転換にお庭を歩かれてみてはいかがですか?もう夕方で涼しくなりましたし、百日紅の花がとても美しゅうございましたよ。」


「百日紅なんて何処にあったかしら?」


「・・・練習場の西側ですわ。」

クレアは意味ありげに上目使いでエレンを見る。


「・・・そうね、そうね!庭くらい出てもよいわね!では行ってくるわ、百日紅の花を見に!」

そう言って鼻歌交じりに練習場へ向かう。


ぎらぎらと照付けていた太陽も西へ傾き、昼間の熱さもだいぶ和らいだ。


意気揚々と練習場へ向かうが、近くまで来たところで的に矢が刺さる心地よい音が聞こえる。エレンはこっそり姿を確認するとエドが練習しているようだ。


「エド兄様、帰ってたの。」


「あぁ、今日は稽古が速く終わったからな。・・・お前、懲りないな。また父上に叱られるぞ。せっかく調子が出てきたけど、お前がいるとまた厄介ごとに巻き込まれそうだからもうあがる。練習場で俺と会った事は黙っておけよ。」


「何よ、人を疫病神みたいに。」


「いや、お前とかかわると災難ばかりだからな。ん?」


誰かが練習場へ近づいてくる足音がする。


「・・・遅かったか。」


「あらぁー・・・お父様お早いお帰りなんですね。」


「ふむ。思ったより国王陛下との話が長引いたから、今日は仕事に戻らず帰ることにしてな。」


エレンとエドは目線を合わせ息を呑み、目をつぶる。父の雷が落ちるの待ちの体制は整った。


「国王陛下がな、お前のことを高く評価しておられてな!」


驚いて目を見開きエドを見ると、エドも同じく目を見開いている。


レオナルドは興奮冷めやらぬ前に伝えたくて仕方がないと言う様子で一気に話し出した。


「『多才な娘だと思ってはいたが、武術の心得があるなんて本当に驚いた。しかも仕留めたのはあのカソーディアの末裔であると。エレンがいなければ取逃して、我が国に重大な損失を与えていたところだ。エレンのお手柄だ。』と仰られていてな!私の教育方針を斬新ですばらしいとお褒め頂いて、これからの時代、男だけでなく望むもの皆に武術を学ぶ機会を与えたいとのことだ。あの新聞記事を読んで弓矢に興味を持った令嬢も多いようで、私のところにも娘に手習いさせたいと希望するものが何人か来たぞ。それで、急ではあるのだが、今週末に弓術大会を行うことになった。出場者は軍の選抜と、なんとエレンも出場できるぞ!」


にこにことご機嫌な父に二人は困惑の色を隠せない。


「それは・・・大変光栄でございます。と言うことは・・・謹慎終了ですか?」


「もちろんだ。弓術大会に向けて練習しなさい。ここでなく、果樹園の裏の広い練習場を使うとよい。」


その言葉を聞きエレンの顔はぱぁと明るくなる。

「よろしいんですか?わぁ、がんばります!」


アストレイ家の敷地内には弓術練習場は2箇所ある。まず一つは、現在エレンがいるこの練習場であるが、庭園脇にある小規模なもので、的が一つだけ設置された近的用の練習場だ。二つ目は門を出ると果樹園があり、その裏方に練習場がある。こちらの練習場は敷地がかなり広く、先日行われた武術大会の弓術競技のように馬に乗って的を狙う練習が出来るのである。こちらの練習場は人目に付く可能性があるため、エレンは一度も使わせてもらったことがない。いつも父や兄たちが練習するのをうらやましそうに見るだけで、まさか自分がここで練習できるとは夢にも思っていなかった。


「怪我をせぬようにな。練習は明日からにしてもう屋敷へ戻りなさい。夕食のときに国王陛下がアストレイ家をどのように称えてくださったか話してやろう。そしてエド、出場者の選抜を頼む。もちろんお前とウィルも参加するように。」


「わかりました。」

ご機嫌な父の姿に戸惑いつつも、想定していた最悪な事態は間逃れたと安堵する。


「そうだ。先日の始末書は早めに出すようにな。まったく危機管理が出来ていないとは何事だ。今回は結果としてよい方向に行ったが、危うくアストレイ家の評判が地に落ちるところであったではないか。」

饒舌なまま、くどくどと説教が始まってしまった。


「やっぱり私が疫病神ではなくて、エド兄様がそういう星の下に生まれたのね。」

エレンはお説教中のエドをちらりと見てくすりと笑う。


「さてこれで無罪放免、自由の身!しかも大会に出られるなんて夢みたい!色々と忙しくなるわね。」


何しろ大会まで時間がない。それに国王の期待に応えるためにも練習に手を抜けない。しかも来月はルークの誕生日があり、そのプレゼントの打ち合わせの予定も入っているのだ。


軍に所属する者は御守りとして制服の詰め襟にシルバーのピンブローチを着けている。妻や婚約者がいる者は彼女らから贈られたもの、そうでないものは女の親族から贈られたものをつける風習がある。


そういった訳で明日はデザイナーが屋敷へ来て打合せをする予定なのだ。


「あらお嬢様、ずいぶん早いお帰りでしたね。」

部屋に戻ると、クレアが少し驚いた様子でたずねた。


父から聞いたことを嬉々として話すと、大きな瞳を更に大きくしていたが、手をたたいて喜んだ。


「さすが国王陛下ですわ!エレンお嬢様の良さをよくご理解されていらっしゃる。」


食堂へ向かう途中もエレンの素晴らしさを語るクレアに苦笑いするが、こんなにエレンのことを考えてくれる侍女がいてくれることをうれしく思うとともに心強くもある。


食堂へ着くとエドとなレオナルドは既に着席していた。


「あら、お父様たち早かったのですね。」


「待っていたぞ。愛しい末娘、アストレイ家の期待の星よ!」


既に飲んでいるようで非常に上機嫌である。父の愉しげな様子とは反比例してエドはげっそりしている。


皆が揃うと目をらんらんと輝かせ国王との会話を忠実に再現し、ご満悦のレオナルドであった。

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