36.帰国
「…ご機嫌ねぇ。」
浮かれた調子のエレンを横目に呆れた様子でリーナが呟く。
「エレンも乙女だったのね。それよりルーカス殿下がいらっしゃるなら今日くらい休めばよいのに。本当に真面目よね。」
「ルークが到着するのは夕方だし、家にいてもそわそわしちゃうからね。でも授業もこれで終わったしそろそろ帰るわ。」
「えぇ、またね。」
馬車の中で無意識に鼻歌を歌ってしまう。軽い足取りで屋敷に入ると玄関ホールにクレアが待機していた。
「お嬢様。ルーカス殿下がお越しになっています。今旦那様と応接室にいらっしゃいます。」
「えっ!予定より随分早いじゃない。あぁ、ヴィオラの言うとおり学園を休むべきだったわ…」
大急ぎで応接室に向かい、息を整えノックする。
部屋に入ると微笑むルークと呆れ顔のレオナルドがこちらを見ている。
「遅くなり申し訳ございません。ルーカス殿下、お帰りなさいませ。お戻りになられることを待ちわびておりました。」
「私が早く着きすぎただけだから気にしないで。アストレイ大臣ご自慢の剣のコレクションを見させてもらえてよかったよ。私もずっとエレンに会いたかったよ。」
二人の間に甘い雰囲気が流れるとレオナルドは気まずそうに退室を申し出た。
ルークはドアが閉じるのを確認するとエレンを抱き寄せキスをする。
「エレン、会いたかったよ。」
「私もです。会いたくて仕方なかったのです。」
エレンはルークの肩にもたれかかる。言葉を交わすわけではないが、二人の心は通じ合っているようだ。つい最近までお互い大きな勘違いをしていたとは思えないほどに。
ルークは突然思い出したように目を見開き、エレンに微笑みかける。
「エレンに見せたいものがあるんだ。」
そう言うと部屋の外に待機していた部下に大きな箱を運ばせる。
「開けてみてくれる?」
エレンは美しい装飾が施された桐の箱を開ける。
「きれい・・・」
箱の中には美しい布地が入っていた。オフホワイトの布は内部からぼうっと光を放ちまるで真珠のような輝きを放つ。
「こんな美しい布見たことがありませんわ。これは・・・?」
「ウエディングドレスに使ってもらえたらと思って。本当はエレンと一緒に決めたかったんだけど、なんにせよ結婚式までのスケジュールがタイトだろう?気に入ってもらえた?」
「もちろんです!本当にきれい。滑らかだけど張りのあるすばらしい布ですね。さすがエルヴフルールですわ。」
「気に入ってもらえてよかった。ヴァイオレット嬢にもお礼をしないとな。」
「ヴィオラですか?」
「あぁ、ヴァイオレット嬢のお祖母様に色々とご準備頂いたんだ。」
ヴィオラの母セシリアの実家であるシェラード伯爵家はエルヴフルールで代々絹織物の事業を行っている。その品質の高さはシェラード家の右に出るものはないと言われ、シェラード家の最高級シルクは「天からの贈り物」と名高い。その為、国内外の王族・貴族とつながりが強く、それが縁でハミルトン家に嫁ぐことになったのだ。
「色々見繕ってくれたんだけど、一目見てこの生地に決めたよ。今年は例年より生地の出来がよくないらしくて、タイミングが少し遅れていたらこの生地に出会えなかったかもしれないよ。今年はエルヴフルールに大流星群が来なかったからね。」
「えぇ、まったく星が降らないなんて一体どうしたのか・・・エルヴフルールのシルクには星の力が欠かせませんものね。」
リュミエラクォーツには見事な大流星群が訪れたが、エルヴフルールには訪れなかったのだ。毎年流星群の規模は異なり、規模が小さいこともあるが、流星群自体が訪れないなど異例だ。
エルヴフルールで作られるシルクは星の力を糸に宿すのである。星の光を吸収した糸は美しく輝き、その糸で織った織物は唯一無二の存在となる。もちろん日常的な星空でも星の力を取り込むことはできるが、最高級品ともなれば多量のエネルギーが必要となる。最高級品に用いる糸には流星群の力が不可欠なため、流星群の規模によって品質が左右されてしまうのだ。
ルークは厳しい表情でうなずく。
「そうなんだ、それに日々の星の力も弱まっているらしいんだ。それはエルヴフルールに限らず近隣諸国でも同様の現象が起こっていると聞く。先日の大流星群は近年稀に見るものだったけれど、我が国もいつ同じように星の力が弱まるかわからない。」
リュミエラクォーツ特産の水晶の品質の高さは星の力に起因する。水晶は諸国との貿易の要であり国益に大きな影響を与えるが、それだけでなく水晶は美しい水、豊かな大地を生み出す。リュミエラクォーツにとってもまた星の力はなくてはならないものである。
「なんだか心配ですね。そんなこといまだかつてありませんもの・・・」
「その為に調査することになったんだけど、その足がかりに光の森に行くんだ。少しでも手がかりが見つかるとよいんだけど。」




