35.ドレス
屋敷に戻り、夕食まで自室で本でも読もうと思っていると父に呼び止められ、父の書斎へ行くことになった。
「今日、国王陛下にお会いしてきた。今後のスケジュールが決まったぞ。婚約の儀は半年後の新月の夜、結婚式は来年の輝星祭の日だ。婚約内定からずいぶん急ピッチだが大丈夫か?」
「本当に早いんですのね。大丈夫ですわ。でも早く囲い込まないと逃げると思われてるのかしら。」
「まぁ、そう言うな。ルーカス殿下のご意向だそうだ。最短で結婚したいらしい。」
「えっ。」
エレンは頬を赤く染める。ルークがそう思っていたなんて。
「お前ももう正式な婚約者だ。しっかりと自覚を持ち生活するように。本当に心配だ。特にお前の生活態度。稽古など絶対にしな…」
これは説教モードになりそうだ。早く退散するのが吉だろうと、にっこり微笑む。
「わかりました。じゃあ、失礼しますね。」
「お、おいまだ話は終わってないぞ!」
鼻歌を歌いながら部屋を出ると母にばったり会う。
「あら、エレン。婚約の儀のこと聞いた?明日、学園の帰りにドレスの打ち合わせに行きましょうね。時間がないものね。もう私、楽しみで仕方ないのよ。どんな色味がよいかしら。エレンは希望はある?私が考えているのは…」
こちらも長くなりそうだ…
「えぇ、考えておきますわ。明日、楽しみだわ。よろしくお願いします。」
そう言って足早に立ち去る。
翌日、学園では婚約内定の時ほどではないが、皆エレンに羨望の眼差しを向け、祝いの言葉を述べる。もうこの状況に慣れっこになりつつあるが、婚約の儀が行われるのはまだ在学中だ。その時のフィーバー具合を想像するとため息が出る。
「これからマリーヴェールに行くんでしょ?楽しみねぇ。私も行きたーい。」
「やめてよ、リーナ。リーナとお母様が揃ったらマリーヴェールで一夜を明かすことになりそう…」
母オリヴィアとリーナはとても気が合うようで、エレン抜きで買い物に出掛けたりしている。その二人が揃ってドレスの打ち合わせなんて永遠に終わる気がしない。
「冗談よ。」
「それにしてもなかなかタイトなスケジュールで大変よね。」
「うん…ルークが早く結婚したいんだって。」
笑みが隠しきれずニヤニヤ顔のエレンを見てリーナとヴィオラは真顔で見つめ合う。
「乙女のエレンが見られるなんて思わなかったわ。さ、早く行きなさい。」
マリーヴェールに到着すると従業員がズラリと並んでお出迎えされた。最前列でマリーヴェールの創業家であるシュナイダー家当主のハロルドが深々と礼をする。
「エレノア様、この度はご婚約者おめでとうございます。ご婚儀のお召し物を当店であつらえさせて頂けるとのこと大変光栄でございます。ご希望を何なりとお申し付けくださいませ。」
顔をあげたハロルドの瞳はキラキラと輝いている。
ハロルドのセンスはピカ一なのだがなんせ話が長い。長丁場になりそうな予感だ。
話が弾むハロルドとオリヴィアを先頭に生地の保管室へ向かう。
「この日のために最高級の布地を揃えました。ご婚約の儀のお召し物ですと淡い華やかなドレスを選ばれるお嬢様方が多ございますね。エレノア様の髪と瞳のお色にも淡いお色味はお似合いだと思います。それにしてもお嬢様が幼い時から当店をご利用頂いて、ご婚儀のお召し物をお仕立てするのを楽しみにしておりましたが、お相手がルーカス殿下とは…本当におめでたいことでございます…」
涙をぬぐい嗚咽を堪えるハロルドに困惑しているデザイナーのアビーが保管室のドアを開け、ソファーへ案内する。
「ぐすっ…では生地を選びましょうか。でもお嬢様の幼い頃を思い出すと涙で前が…」
「ハリー…そんな風に思ってくれて本当に嬉しいわ。あの小さかったエレンが結婚だなんて感慨深…」
これは二人で話し込んでしまうと思ったエレンはオリヴィアの言葉を遮る。
「あの…実は生地の色は決めているんです。」
エレンの一声でハロルドの職人魂に火が着いたようで、目の色を変えてアシスタントにあれこれ指示を出し、目の前のテーブルには様々な生地が山のように積まれる。その中からエレンが生地を選ぶとハロルドとアビーはエレンの希望をもとにデザインを考え始める。先ほどとはうって変わってキリッとした表情のハロルドに圧倒されつつもオリヴィアとお茶を飲んでいるとラフデザインが出来たようだ。
「うわぁ…素敵…これに決めるわ!」
「他のデザインを見てからでよいのでは…」
「いいえ。これがいいの。流石私の好みをよくわかっているわ。アビー、忙しくなると思うけれどよろしくお願いね。」
通常デザイナーがデザインを考案して、そのデザインをもとに複数の職人でドレスを仕立て上げるが、アビーはそれを一人で行う。その為納期がかかるのだが、今回は納期がタイトであるのでアビーはエレンのドレスにかかりきりになるだろう。
「お任せください。エレノア様の門出にぴったりなドレスをお仕立て致します。」
思いの外ドレス製作がスムーズにいきそうでひと安心しながら屋敷に戻るとクロエが駆け寄ってくる。
「お嬢様!お帰りなさいませ!」
「ただいま。何かあったの?」
「ルーカス殿下から御状です!」
クロエから引ったくるように手紙を奪うとその場で封を開ける。
「公務が早く終わって明日お戻りになるって!」
ニヤニヤが止まらない。




