28.凪
翌日朝食後テラスでお茶を飲んでいると、緊張したような面持ちでクレアが足早にやってきた。
「お嬢様…ルーカス殿下から御状でございます。」
「ありがとう。」
手紙を受け取るとその場で封を開ける。
---------------------------------------------------
エレノア嬢へ
早速のお返事をありがとう。
体調がよくなってきたとのこと、安心しました。
くれぐれも無理はなさらないようにしてください。
私もエレノア嬢にお会いしたいと思っておりました。
本日の午後に時間を取れますが、いかがでしょうか。
お返事お待ちしてます。
ルーカス・オーウェン・マクスウェル
---------------------------------------------------
「クレア、殿下に返事を書くわ。今日の午後に伺うと。」
「はい!すぐに便箋と封筒を持ってまいります!」
そう言うとクレアは風のように走り去っていった。
「覚悟を決めたとはいえ、やはりお会いするとなると緊張するわ。」
ぼぅと庭を眺めているとアイザックを抱いて散歩しているクリスティアナの姿が見えた。クリスはエレンに気が付くとこちらに歩みよる。
「エレン、おはよう。今日は素敵な朝ね。お散歩日和だわ。体調はよいの?」
「えぇ、ご心配お掛けしてしまいましたが、調子が戻ってきましたわ。」
「それはよかったわ。ルーカス殿下もご安心なさっているでしょうね。殿下に早くお会いできるとよいわね。」
「実は先ほど御状が届きましたの。今日の午後にお会いすることになりました。」
「あら、随分急なのね。」
クリスティアナは目をぱちくりさせる。
「たまたま殿下のご都合がよくて。…ねぇ、クリスお義姉様。ウィルお兄様と結婚して幸せ?」
「え?ウィルと結婚して?ふふ、もちろんよ。」
突然の質問に驚いたようだったが、すぐに優しい笑みを浮かべる。
「クリスお義姉様とウィルお兄様は子供の頃に婚約が決まったのでしょ。不安はなかった?」
クリスはエレンを見つめて微笑む。
「婚約は私たちの意思で決めたのよ。」
「え?」
「まぁ、元々お互い婚約者候補の一人ではあったと思うけど、最終的に私は他国に嫁ぐ話が決まりつつあったの。きっとこれも運命なんだと思い込もうとしたけど、できなかった。だってウィルを愛していたから。」
視線をエレンから離して、懐かしむような目で遠くを見つめる。
「ウィルも思い悩んでいたわ。結婚は当人同士の問題だけではないからね。でも私たちは悩みぬいた結果、私の父に結婚の許しを乞いたの。」
「知らなかったわ。おじさまはすぐにお許しになられたの?」
「ううん。一年以上説得したのよ。まぁ、10歳の子供が言うことだものそう簡単に了承なんてできないわ。でも、最後にはウィルと私の気持ちの強さを信じてくれた。」
「そうだったの…子供の頃に婚約が決まったから、てっきり家同士で決められた結婚だと思っていたわ。」
「ふふ、そう思うわよね。でも私達は二人ででこの結婚を勝ち取ったのよ。だからとても幸せ。」
そう言って眩しい笑顔をエレンに向ける。
「お嬢様、便箋をお持ちしました!」
息を切らしながらクレアが戻ってきた。
「ありがとう。さぁ、殿下に返事を書かなくてわ。」
「じゃあ私は失礼するわね。まだ病み上がりなんだから無理をしてはダメよ。」
「えぇ、気を付けるわ。」
クリスティアナは眠っているアイザックの頬を優しくなで、また庭を歩いていった。
「さて、やりますか。」
「それでは私はお茶を入れて参りますね。」
なんてお返事しようかしら…大切なお話があります?いや、重たすぎる。お伝えしたいことがあります…お聞きしたいことがあります?
「うー…何書こう。んー…シンプルにいこう。うん、シンプルに。それがいい。」
---------------------------------------------------
ルーカス殿下へ
お返事を頂きありがとうございます。
それでは本日の午後に登城させて頂きます。
エレノア・グレース・アストレイ
---------------------------------------------------
「これでよしっ!」
封をしているとクレアがお茶を持ってやって来た。
「お嬢様、もう書き終わったのですか?」
「えぇ、シンプルイズザベストよ。悪いけれどダニエルに急ぎで手紙を持ってくように伝えてもらえる?」
「かしこまりました。」
「お願い。私はお茶を頂いたら部屋に戻っているから、ドレスを選ぶのを手伝ってね。」
「承知致しました。それではお手紙をお預かり致します。」
そう言ってクレアは大急ぎで駆けていった。
「ミルクティとメープルジンジャークッキー…相変わらずクレアは私のことをよくわかってるわ。」
そう呟いてご機嫌にクッキーを口に運ぶ。
クレアとドレスを選び終わる頃にはもう昼食の時間になっていた。急いで軽食を取り支度を始める。
「お嬢様、いかがでしょうか?」
美しいレースをあしらったアイボリーのエンパイアドレスにシルバーのアクセサリーを合わせ落ち着いた雰囲気に仕上がっている。
「うん、素敵。クレアのアドバイスは的確ね。」
「お気に召されたようでよかったです。…お嬢様、ルーカス殿下としっかりお話されてくださいね。どうか…後悔のないように…」
クレアは真っ直ぐにエレンを見つめる。
「ありがとう。最後のチャンスだもの、悔いのないようにしなくてわね。それじゃあ、参りましょう。」
運命をつかみとるなんて大それたことは出来ないけれど、何もしないまま、ただ指をくわえているだけなんてごめんだ。
つい数日前まで寝込んでいたはずなのに、自分の気持ちに気が付いてからは自分でも驚くほどパワーが溢れてくる。
しかしそんなみなぎるパワーとは裏腹に心は不思議と穏やかだ。
「しっかり伝えなくては。」




