27.覚悟
二人が帰ってからも動悸が止まらない。
自室に戻るとクレアが心配そうな顔でエレンに駆け寄る。
「お嬢様!なんだかまた熱が上がってしまったのではございませんか?さぁ、横になってください。すぐにスミス先生をお呼びしますね。」
「クレア、大丈夫…病気じゃないから。多分原因も分かったから…」
クレアはドアに向かって走り出そうとしていた体をひねり、きょとんとした顔でエレンを見る。
「原因が…?」
「えぇ、多分。…ねぇ、クレア。恋ってしたことある?」
クレアは困惑した顔で首を傾げる。
「それはありますけれど…それが何か関係が…?」
「恋ってどんな感じなの?」
クレアは更に困惑した顔をしつつも話を続ける。
「そうですね…私の場合は想いを寄せる殿方の姿を見ただけでうれしくなって、話しかけられでもしたらどきどきして胸が苦しくなってしまいます。体中に熱い血液が廻るように体が熱を持つ感じです。その方の一挙手一投足で幸せな気持ちになったり落ち込んだり。めまぐるしく感情が移り変わります。」
「やっぱり恋ってそういうものなのね…」
「え、えぇ…?ん?胸がどきどき…苦しくて、熱…?え?おじょ、お嬢様が恋!?」
「ちょっと!声が大きいわよ!」
「し、失礼しました。…恋をなさっているのですか?」
「ヴィオラとリーナにそう言われたわ。私はルーカス殿下に恋しているって。」
「はあぁ…私としたことが!そんなことにも気が付かないなんて侍女失格です!」
クレアは涙目でエレンを見つめる。
「お、落ち着いてクレア。だって、私自身も気が付かなかったのよ。」
「それでも一番最初に気が付きたかったんです…でも、ルーカス殿下に恋されているのなら何の問題もないではありませんか。気を病むことなどございませんわ。」
「そうだったらよいのだけどね…」
エレンはサラから言われたこと、ルーカスから自分には好きな人がいると言われたこと、今日ヴィオラとリーナに言われたことを順を追ってをクレアに説明する。
「そのようでございましたか…」
「そうなの。恋って辛いものなのね…」
「しかしお嬢様、ヴァイオレット様の言うとおりルーカス殿下に直接確認しなくてはいけませんわ。きっとそうしなければお嬢様は前に進めないと思うのです。」
クレアは真っ直ぐな目でエレンを見つめ、ぎゅっと手を握る。
「ありがとうクレア。なるべく早くルーカス殿下にお会いしなければいけないわね。」
そのときコツコツとドアをノックする音が響く。
「エレンお嬢様、ルーカス殿下から御状が届いておりますが、失礼してよろしいですか?」
「なんてタイミング。えぇ、ダニエル入って頂戴。」
「失礼いたします。お嬢様こちらがルーカス殿下からの御状でございます。」
そう言ってダニエルは王家の紋章で封をされた真っ白な封筒を差し出す。
「ダニエルありがとう。」
「それでは失礼いたします。クレア、まだお嬢様の部屋にいたのか。お嬢様は体調が優れないのだからそろそろ退室しなさい。」
「いいのよ、私が頼んでいてもらったの。クレアと話をしたら気分も大分よくなったわ。もう少しいてもらってもよいかしら?」
「それはもちろんでございます。至らない娘ですので、何か不手際がございましたらおっしゃってくださいね。」
「大丈夫、クレアは私の最高の侍女よ。」
「お褒めの言葉をありがとうございます。それでは私は失礼致します。」
「さて、早速拝見しましょうか。」
そう言って封を開けるとふわりと薔薇の香りが立ち込める。
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エレノア嬢へ
本当は直接お会いしたかったのですが、貴女に余計な気苦労をかけてしまうかもしれないと思ったので、代わりに筆を取りました。
お加減はいかがですか?あの日以来体調が優れないと聞いて心配しています。
もう少し私が早く到着すればあのような怖い思いをさせなかったのにと自責の念に駆られます。早く体調がよくなることを願っています。
武術大会の際にも申しましたが、婚約の返事は貴女の正直な気持ちを伝えてください。私に遠慮などせず、貴女の気持ちを優先させてください。もし国王やアストレイ侯爵に打ち明けるのを心苦しく思っているようなら私から話をすることも可能です。しかし、国王もアストレイ侯爵も貴女の気持ちを大切にすると思いますのでそれも杞憂に過ぎないと思います。
貴女の幸せを一番に思っています。
ルーカス・オーウェン・マクスウェル
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「殿下…ねぇ、クレア、殿下は何をお考えなのかしら…」
「えぇ…こればかりはご本人に確認しないと…でも、お嬢様のことを大切にされているということは感じました。」
「殿下にお会いしなければね…クレア、返事を書くわ。屋敷で一番上等な便箋と封筒を持ってきてちょうだい。」
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」
そう言ってクレアは足早に部屋を出る。
何を書いたらいいのかしら…
私の気持ちを正直に。いや、唐突すぎるかしら…
うーん…
あーでもないこーでもないと一人呟いているものの、便箋は真っ白なままだ。気が付けばもうすぐディナーの時間になる。
「よし、シンプルでいくわ。大切なことは直接聞くのがよいわね。もう悩んでも仕方ないもの。」
そう言ってエレンはサラサラと便箋に筆を走らせる。
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ルーカス殿下
お手紙を頂きありがとうございます。
体調は大分よくなってまいりました。ご心配をおかけして申し訳ございません。
婚約のお返事の件ですが、ルーカス殿下にお話したいことがございます。お忙しいとは思いますが、拝謁の機会をいただけないでしょうか。
エレノア・グレース・アストレイ
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「これでよしっ。シンプルすぎたかしら?まぁいいわ。」
そう言って封を閉じると同時にノックが響く。」
「お嬢様、お手紙の方はいかがでしょうか?もうじきディナーになりますが…」
「丁度よかった、今書けたところよ。夕飯時に悪いけれど…ダニエルに渡してもらえる?」
「かしこまりました。すぐにお届けするよう伝えます。」
「お願いね。」
食堂に行くと既に皆集まっている。
「遅くなって申し訳ございません。」
「いや、私も今来たところだ。エレン、体調はどうだ?」
レオナルドは心配そうにエレンを見つめる。
「大分よくなりましたわ。ご心配をおかけしてすみません。あ、そうだわ。今ルーカス殿下にお会いできないかお伺いをたてておりますの。日程が決まりましたらお伝えしますわね。」
「え?殿下に?あ、あぁ、わかった…」
レオナルドは驚いたように目を見広げ何か言いたげだったがそれ以上は何も言わなかった。
最近は座っているのもだるく、食べれるものだけ食べるのがやっとだったが、なんだか今日は何でも食べれそうだ。
運ばれてくる食事を次々に完食していく姿を見てオリヴィアは思わず声をかける。
「ちょっと…エレン、そんなに食べて大丈夫?」
「え?あぁ、大丈夫ですわ。なんだか胸のつかえが取れたみたいで今日はお腹が空くんです。クレア、パンのおかわりをもらえる?」
オリヴィアは目を白黒させエレンを見つめる。
もうルーカス殿下に確認する他ないのだ。腹を括るしかない。そう思うと体もスッと楽になった。




