26.コイワズライ
…あれ?ここ私の部屋?どうして?
「お嬢様!お目覚めになられてよかった…」
クレアは心底心配そうな顔でエレンを見つめる。
「今お医者様を呼んで参りますね。」
そう言うと部屋を飛び出して行った。
何があったのかしら…
確かジョーンズ古書店に行く予定だったと思うのだけど…そうだ、三人組に襲われかけたところを殿下に助けて頂いたんだわ。そして屋敷に送って頂いたところまでは覚えているのだけど、そのあとはどうなったのかしら?
「お嬢様、先生をお連れしました。」
「エレノア様、お加減はいかがですか?」
そう医師に尋ねられると、体が非常に熱いことに気が付く。それに動悸がして苦しい。
「…なんだか熱っぽくて苦しいわ。屋敷に送って頂いたところまでは覚えているのだけど、一体何があったの?」
「えぇ、そのあと倒れて今までで意識がなかったのです。」
「エレノア様、ちょっと失礼いたしますよ。」
そう言って医師は診察を始める。
「まだ熱がありますね。それに脈も早いが、それ以外は問題無さそうですね。きっと昼間の出来事にショックを受けた反動でしょうな。今までエレノア様が熱を出すことなどほとんどありませんでしたから、よっぽど怖い思いをされたんでしょうね。おかわいそうに…」
白髭のスミス医師はかなりの年だが、若い頃は従軍医師として戦場の第一線で救護にあたっていたらしい。その縁で退役後はアストレイ家の専任医師になったのだ。エレンも生まれたときから診てもらっていたが、健康優良児であったためあまり世話になることもなかった。
「それでは私は旦那様のところへ寄ってから失礼しますね。また何かあったらいつでも呼んでくださいね。」
「スミス先生、ありがとうございました。」
「クレア、ところで時計は5時を指しているけれど、夕方かしら?明け方かしら?」
「明け方の5時でございます。15時頃に倒れられてからずっと眠っていたのですよ。何か召し上がりますか?」
「そんなに眠っていたのね…食欲がないからいいわ。水を頂ける?それよりクレア、寝ないでずっと一緒に居てくれたのね。ありがとう。」
「とんでもございません。お嬢様が心配でしたので…」
そう言いながら、冷たい水の入ったグラスを差し出す。
「あぁ、美味しい。それじゃあ、もう少し休ませてもらうわ。明日の仕事はよいから、クレアももう休んでね。」
「ありがとうございます。それでは失礼させて頂きますが、何かあったらお呼びくださいね。」
再び眠ろうとするが、なかなか寝付けない。
熱を出すなんて本当に久しぶりだわ。先生は怖い思いをしてショックを受けた反動とおっしゃっていたけど、それほど怖くも無かったんだけどな。まぁ、明日一日ゆっくり休めばよくなるわよね。
そう思っていたが、三日もの間エレンの熱は下がらなかった。
おかしいわ…一体私の体はどうなってしまったのかしら…
コツコツとドアをノックする音がする。
「お嬢様、クレアです。」
「どうぞ入って頂戴。」
「失礼いたします。お嬢様、ヴァイオレット様とアイリーン様がお越しになっておられます。今客間にてお待ちいただいておりますが、いかがいたしますか?」
「ヴィオラとリーナが?すぐに行くわ。」
「体調は大丈夫ですか?」
「えぇ、二人が来てくれたと聞いたら少し元気になったわ。」
エレンが姿を見せると二人は心配そうに駆け寄る。
「こんな格好でごめんなさいね。わざわざ来てくれてありがとう。」
「ううん、心配してたのよ。エレンがこんなに熱を出すことなんて今までなかったから。」
「ありがとう、リーナ。本当にどうしたのかしらね。」
「心配だわ。熱以外に具合の悪いところはあるの?」
「心配かけてごめんね、ヴィオラ。胸が苦しいのだけど、お医者様は悪いところはないって言うのよ。」
「そうなの…原因がわからないのは心配だわ。」
「原因がない訳じゃないんだけど…お父様に口止めされているから、絶対に秘密よ?この間はセピア通りに行ったのだけど、そのとき三人組の男に襲われかけたの。偶然セピア通りにいたルーカス殿下が助けてくださったから何事もなかったんだけど、お医者様は怖い思いをしたショックで熱が出たり胸が苦しくなったりするんじゃないのかって。」
ヴィオラとリーナは顔を見合わせる。
「エレンが怖い思いをしてショックを受けた?このエレンが?」
「ちょっとリーナ、一応病人なんだからもっとオブラートに包みなさいよ!」
思わずエレンは吹き出す。
このやり取り最高だ。やっぱり二人は何でもわかっている。
「私もそう思うのよ。でもそれ以外心当たりがないのよね。」
「本当にぃ?」
リーナはなんだか納得いかなそうな顔だ。
「えぇ。ジョーンズ古書店へエド兄様と向かう予定だったのだけど、途中で別れて後で落ち合うことになったの。それで一人でいたところを狙われたって訳。」
「セピア通りは最近更に治安が悪くなったって言うものね。エドはおじさまにひどく絞られたでしょうね。」
ヴィオラは哀れむような顔をする。
「その通りよ、軍に行く以外の時間は全て雑用をやらされてるわ。馬の世話から庭仕事、皿洗いまで。」
「うわ、かわいそう。」
そうリーナは言うがニヤニヤしている。
「そして偶然ルーカス殿下が通りかかって助けてくださったのね。」
「うん。まぁ、正確に言えば、ルーカス殿下がエド兄様と偶然会って、私が一人で向かったと聞いて急いで追いかけてくれたのよ。」
「ステキ!ヒーローじゃない!」
リーナは目をキラキラさせる。
「うん、素敵だった。強くて優しくて…ルーカス殿下が突然現れたことにはとても驚いたけど、すごく嬉しかった…あ、でもエド兄様が止めなかったら三人は氷付けにされてたわよ。」
「それだけエレンのことが大切ってことよ。」
ヴィオラはエレンに微笑みを向ける。
「そんなことないわ。だって…殿下が大切にしているのはソフィーだから…」
ずきんと胸が痛み、思わず顔をしかめる。
ヴィオラは心配そうにエレンを覗き込む。
「エレン?大丈夫?」
「うん…少し胸が苦しかっただけ。もう大丈夫。そう、それでそのあとエド兄様と警備隊が三人を連行して、私は殿下に屋敷に送って頂いたの。空間移動を使ったんだけど、王族の方とそんなに近い距離なんてないじゃない?もう気が気でなくてドキドキしたわ。あ、それかしら!私の体調不良の原因!」
リーナはヴィオラは目配せしてからエレンを真っ直ぐ見つめる。
「ねぇ、エレン。それ、恋患いよ。」
リーナは呆れたような顔をしている。
「コイワズライ?」
「そうよ。エレンはルーカス殿下に恋しちゃったの。」
「??コイ??」
「ルーカス殿下のことを考えるとドキドキして嬉しくなったり悲しくなったりしない?」
「スルカモ…?」
「原因がわかったなら解決よ。」
「え?リーナ、解決ってどういうこと?」
「だからルーカス殿下と一緒にいれば解決よ。」
「え?でも、す、好きかどうかなんてわからないし…それにルーカス殿下と一緒にいたらドキドキしておかしくなっちゃうわよ!」
「だから!それが好きってことよ!」
「えぇぇ!?でも、でも…ルーカス殿下はソフィーのことが好きなのよ…?」
また胸が痛む。
「エレン、それはルーカス殿下に直接聞いてごらんなさい。」
今まで黙っていたヴィオラが口を開く。
「でも、怖いわ…」
「でも、ソフィア様のことがエレンの勘違いだったら?勘違いで手放すなんて辛くない?それに受け止めきれなかったら私たちも一緒に受け止めるわ。」
「ヴィオラ…でも、どうしたらいいかわからないよ…」
「自分の気持ちに素直になるのよ。ルーカス殿下の口からソフィア様が好きって聞いたら辛いってことよね?それってやっぱりルーカス殿下に好意を持っているからよ。エレンの想いを伝えて、ルーカス殿下にお気持ちを聞いてみなきゃ。」
「ヴィオラ…うん…がんばってみるわ。」
「そうよ、エレン。しっかり向き合って。応援してるから。」




