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25.ジョーンズ古書店と銀氷

「はぁ、ルーカス殿下素敵だったなぁ。色々お話ししたかったのだけど、そういうときはなかなかお会いできないものね。」


武術大会からもう一週間が過ぎるが、大会でのルークの姿が目に焼き付いて離れない。

近頃ルークは公務に追われていたが、武術大会の後は更にスケジュールがいっぱいのようで、次に会う日程が立てられないでいるのだ。エドも武術大会以来会えていないらしい。

エレンは小さなため息をつき、ぼうっと部屋を見回すと机の上の一冊の本に気が付く。


「あ、お父様にお借りした本だわ。すっかり忘れていた。今日はなんの予定もないし読んじゃおうかしら。」


そう言って本を手に取ったが、大変興味深い書物ですぐに夢中になってしまった。


魔法の成り立ち、発生時期は不明。まぁ、そうよね、何千年も前から使われているんだもの。精霊の力は…え、精霊が姿を表し、人間に加護を与えるようになったのが四千年程前と言われる?てっきり魔法を作ったのが精霊かと思っていたわ。でもシャーロット先生がおっしゃっていたように、やっぱり魔力と精霊の力は別物と言うことね。火の精霊エルダーは火山の火口から、水の精霊クレーネは珊瑚の海から、風の精霊アネモスは砂嵐から、大地の精霊シャロンは深い森の大樹から姿を表した…へぇ、精霊に関しては分かっていることも多いのね。


一心不乱で読み進め、読み終えた頃にはもう日が落ちかけている。


とても興味深いわ…もっと関連する本を読んでみたい。


サイドテーブルに目をやるといつの間にか紅茶が新しいものに変わっている。


あら、クレアが来たことに気が付かなかったわ。あぁ、もっと色々知りたいわ。お父様は他にもこういった本を持っているのかしら。


そう思って、すぐに父の書斎へ向かう。ディナーの前には書斎にいるはずだ。


「お父様、いらっしゃいますか?」

ドアを軽くノックして声をかける。


「あぁ、入りなさい。」


部屋に入るとエドの姿もある。

「あら、お兄様もいたの。ねぇ、お父様、この間この本をお借りしたじゃない?とても興味深かったわ。もっとこういった本を読みたいのだけど、お父様にお持ちになっていない?」

「あぁ、あの本か。良い本だろう?でも生憎他には持っていないんだ。私も興味があって探してはいるんだが、なかなかお目にかかれないのだ。あるとしたらジョーンズ古書店かもしれんがな。」

「ねぇ、お父様明日ジョーンズ古書店に一緒に行ってくださらない?」

「明日は用があってな。来週じゃだめか?」

「鉄は熱いうちに打てって言うじゃない?じゃあ一人で行こうかしら。」

「いかん!あの辺りは治安が悪いのだから一人で行くなどだめだ!」

「えぇ?でも何かあったときのために武術を教えたのでしょ?」

「そう言う問題ではない!エド、お前が着いていけ。」

「へっ?」

「そうね、そうしましょう。エド兄様明日はよろしくお願いします。」

「エドがいれば安心だ。頼んだぞ。」

「ちょ、俺の都合とかは聞かないわけ?」

「ランチの後に出掛けましょう。あ、そろそろディナーよ。食堂へ行きましょうよ。」

「おい。」


よく晴れた昼下がりにエレンとエドは馬車に揺られて町へ向かう。うきうきのエレンに対しエドは仏頂面だ。

「なんで俺がエレンのお守りなんだ。」

「いいじゃない。エド兄様町に行くの久しぶりでしょ?あ、最近新しいお菓子やさんが出来たのよ、帰りに寄りましょう。」

「それお前が行きたいだけだろ。」


そんなことを言っているうちに馬車が停車した。ジョーンズ古書店は狭い裏通りにあるため、大通りで馬車を降りて歩いて向かう。


「お前、この通りに不似合いだな。思いっきり浮いてるぞ。」

「そうかしら?」


ジョーンズ古書店のあるセピア通りには古くから続く庶民的な店が軒を連ねる。いつものドレスは流石に目立ちすぎると思い、クレアの服を借りたのだが、貴族令嬢のオーラまでは消すことはできなかったようだ。

ジョーンズ古書店は歴史ある古書店で貴重な歴史的資料などを多数取り扱っており、古本マニアにとっては聖地である。


「あ、お前ちょっと先に行ってて。ここに寄ってから行く。」

そう言ってエドは一件の古びた武器屋を指差す。


「ここは剣のメンテナンス用品が豊富なんだ。じゃあ、後でな。」

「えぇ、それじゃあまた後で。」


エレンはキョロキョロ通りを見渡す。


どこのお店も面白そうだわ。さっきの武器屋も面白そう。エド兄様は当分来なそうね。時間があればセピア通りをゆっくり見て回りたいけど、今日は目的があるからそれが先だわ。

そして…やっぱりお父様の言うとおりね。


エレンは背後から視線を感じとった。


三人…物取りかしら、それとも誘拐?どちらにせよ大したことなさそうなやつら。ただのチンピラね。派手に戦う訳にも行かないから、エド兄様が来るのを待つしかないわね。


クレアの服を借りて目立たないようにしていたつもりだが、裕福な家庭の令嬢と認識されターゲットになったようだ。あの三人くらい軽くねじ伏せられそうだが、後で父の耳に入ったら大変なことになるため、あまり大袈裟にはできない。とりあえず防御に徹してエドが来るのを待つのが良いだろう。


エレンは右手の平に拳大のシャボン玉を出す。

「早く来て。」

とシャボン玉に呟くと、シャボン玉はぽんっと音をたてて消えた。


三人がエレンとの距離をじりじりと縮める。


うん、来る。


シールドを張ろうと振り向こうとした瞬間、視界の片隅に高速で何かが入り込む。


「エレン!!」


殿…下?


ルーカスはエレンをかばうように立ちはだかる。


「貴様ら…この女性(ひと)に何をするつもりだ…」

落ち着いた口調であるが、明らかに激しく怒っている。


チンピラ三人はルーカスの怒気に圧倒されて言葉を発することができない。


「何とか言ったらどうだ?」

ルーカスはぎろりと睨むと三人の足元へ足かせのようにパキパキと氷を張る。


「ひっ!こ、氷!?」

「お、おい!この方ルーカス殿下だぞ!?」

「ふぇ!?何で王子が!?」


ルーカスは魔法を止めることなく答える。

「良い質問だな。貴様らは私の大切な人を傷付けようとしたのだからな。逃がさない。」

そう言うと、ルーカスは氷の更に速度を上げ、三人の胸の辺りまで氷が包む。


「おい、ルーク!落ち着け!こいつらもう手出しはできない!」

慌てた様子で走ってきたエドがルークを制止する。


「でもエレンに危害を加えようとしていた。…許す訳にはいかない。当然の報いだ。」

「待て!もう気絶している。他にも共犯者がいるかも知れないだろう?話を聞かなくては。」


エドが説得すると、納得してはいなそうだが魔法を止める。

エドは氷を溶かし、三人に魔法の鎖で手かせと足かせをつけていると、先ほどエドが呼んだ警備隊が到着した。


「ルーク、俺は警備隊とこいつらを運ぶからエレンを頼む。」

「あぁ、もちろんだ。エドも頼んだぞ。」


ルークは短いため息を着いて振り返る。


「エレノア嬢、驚きましたよね。大丈夫ですか?」

「えぇ…でも大丈夫です。殿下…助けていただきありがとうございます。あの…どうしてあの場にいらしたのですか?」

「あぁ。馴染みの店に来ていたのですよ。そしたらエドも来たので話を聞くとエレノア嬢がジョーンズ古書店へ一人で向かったと言うので急いで追いかけたのです。この辺りは治安が悪くて心配だったのですが、間に合ってよかったです。」

「そうだったのですか。本当にありがとうございました。」

「いいえ、無事でよかった。それでは屋敷まで送りましょう。空間移動を使います。」

そう言って優しくエレンの肩を抱く。


え…殿下?すごく…近い…


ほんの一瞬の出来事であったがエレンにとってはとても長い時間に感じた。嫌なわけではないけれど、なんだか落ち着かず早く離れたい気持ちになる。


屋敷の前へ到着すると、扉が勢いよく開きレオナルドが飛び出してきた。


「エレン!!」

「お父様…ルーカス殿下が助けたくださったから大丈夫よ。」

「ご心配おかけして申し訳ありません。危害を加えようとした輩は今エドが対処しています。」

「ルーカス殿下!娘を救っていただき本当にありがとうございます。」


レオナルドはそのまま倒れてしまうのではないかと思うほど、深く礼をする。


「それにしてもエドが一緒だと言うのになんと言うことだ…」


レオナルドは怒りで震えている。

ルークもエレンも思わずレオナルドから視線を反らす。

この後のエドの処遇を考えると不憫でならない。


「では、私はここで。エレノア嬢、ゆっくり休むのだよ。」

「ルーカス殿下…ありがとうございます。」


先ほどまでは早く離れたいと思っていたのに、いざルークが帰ろうとすると胸がきゅっと締め付けられる。ルークの姿が見えなくなってからもドキドキは止まらない。


なんだろうこの気持ち…


「エレン、本当に無事でよかった。ルーカス殿下には感謝してもしつくせないな。」

「えぇ、本当に…」


あれ?何かおかしい…力が入らない…


「エレン!?」


エレンは足から崩れるように倒れた。

父とクレアがしきりに話しかけていることはわかるが、頭がぼうっとして何を言っているの理解できない。


なんだか体が熱い…

そう思ったところで意識が途切れた。


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