23.始まりの夜~ルーク編~(2)
なぜ…ここに?
先ほど決意したばかりなのにもう揺るぎそうになる。
穏やかに、しかし緊張感をもって父が話し始める。
ソフィーか彼女が私の婚約者に…?
神はいたのか?最後のチャンスを与えるということか?…彼女を得るのか、諦めるのか。
ルークはこの喜びを誰にも悟らねぬよう、拳をぎゅっと握る。
「ルーク、突然のことで驚いていると思うが、この国の最重要秘密だったのだ。黙っていて悪かったな。」
父の言葉にはっとして、黙って首を振る。
自分の世界に入っていた。でもこれはどちらに転ぶにせよ蹴りを着けるしかないようだ。
クリスタルの聖杯を受け取ると急に落ち着かない気持ちになる。一度は諦めたはずなのに突然与えられたチャンスに期待している自分がいる。
皆で誓いを交わすと父は話の始まりである32年前の予言から再び話し出す。重々しい口調であるが、なんだか少し楽しんでいるようにも感じる。しかしそれは親子であるからわかることであって、他の人にはわからない些細な違いだ。
まったく、他人の人生だと思って…しかし本当にクイーン・エルザによってどちらが光の姫なのかがわかるのだろうか。
国王を先頭に長い階段を降り泉へたどり着く。皆、神聖な場所と感じ取ったのか、ピンと背筋を伸ばす。
それにしてもここに来るのは、私が18歳で成人した時以来だ。そこで建国の秘密を聞くことになったが、聖杯の誓いを交わしているとは言え、父上が王族以外に話をするなんて思わなかった。
クイーン・エルザ…我が国一の水晶。本当にお前が運命を握っているのか?
二人が水晶に手をかざすとまばゆい光が溢れる。
今まで経験したことのない程の非常に強い光だが、不思議と恐怖はなく、穏やかな気持ちになり、力がみなぎる。
目を開けると驚いた顔の彼女がいる。そして、その両腕にはなんとも美しい模様が姿を現した。
女神だ…
その美しさに圧倒されるも、彼女が光の姫だとわかり、安堵と喜びがじわじわと広がる。
その喜びを噛み締めるまもなく、精霊たちが現れ、彼女が四精霊から加護を受けているという衝撃の事実が発覚する。…やっぱり彼女は規格外だ。
晴れて彼女が婚約者に内定したわけだが、これを受けるかどうかは彼女の意志を尊重するそうだ。もうこの場で婚約が決まると思っていただけに、お預けをくらったような形だが、誰に対しても真摯に向き合い、心の通った関係を大切にする父らしい考えだ。流石は名君と民から慕われる父である。
自室に戻っても興奮は冷めず、寝付けそうにない。
ついに婚約内定か…正式にはまだ決まったわけではないが、ずっと想いを寄せていた彼女が婚約者になるなんて夢のまた夢だと思っていた。
…エレン。そう呼んでもよいだろうか。
君のことが知りたい。どんな色が好き?好きな本は?好きな場所は?
聞きたいことは山のようにある。何から聞いたらよいのだろうか。しかし弾む心の一方、手放しでは喜べない何かつかえるようなものがある。この感情は一体なんなのか。
考えを巡らすと一つの出来事に行き着く。
彼は…デイヴィッドはエレンにとってどんな存在なのだろうか。
エレンは彼のことを好きなのか?
もしそうなら…
自分だけ幸せでよいのだろうか。愛する人の幸せは…?
結局一睡もすることが出来ず朝を迎えた。
日中も何も考えることが出来ずぼーっとしていたが、夕刻父から呼ばれ、来週、彼女との顔合わせを行うことを伝えられた。
もやもやは常に付きまとうが、幸いなことに公務が詰まっていたので余計なことことを考えずにすんだ。
顔合わせ当日、かつてない程緊張していたが、彼女に会えることを楽しみにしている自分が心底嫌になる。
父とアストレイ軍務大臣は早々に退室してしまった。
目の前には緊張したような少し困ったような顔をした彼女がいる。
今までだって同じ年頃の令嬢と話す機会だって幾度となくあった。でも、彼女は他の女性とは違う。
いつもならスマートにそつなくこなせる会話も、彼女を前にすると何を話したらよいのかわからなくなってしまう。
彼女から話しかけられてもドキドキして気の利いたことなんて言う余裕はない。しかも彼女の方からデイヴィッドの話をされると激しく動揺してしまった。胸がズキリと痛み、下腹にズシリと重りでも入ったように気分が落ち込む。気持ちを切り替えたいのに、気分は下り坂で急降下は止まらない。
「そう言えば…ルーカス殿下はソフィーとはとこにあたるのですよね。」
沈黙に耐えかねたのか、彼女から話を切り出した。
確かに共通の話題と言ったらソフィーのことくらいしかないしな。本当に気を遣わせて申し訳ない。
そして彼女から、私はソフィーと婚約すると思っていた言われて、ただ単純に驚いた。でも、そうであろうな。私自身もそう思っていたくらいだ。彼女にとってこの婚約は予想外に違いない。きっとこの婚約がなければデイヴィッドと人生をともにしていたのだろう。
「…決められた結婚は嫌ではありませんか?」
無意識のうちに口に出していた。
彼女は驚きと困惑の表情をしている。そして私は続ける。
「…私は愛する人と結婚をしたい。だからエレノア嬢も愛する人と結婚してほしい。自分の気持ちに正直になるべきです。」
そう言うつもりが途中で父が戻ってきたため全て言うことが出来なかった。まったくタイミングが悪い…
皆が去っても部屋に残りぼうっと外へ眺めていた。
何が正解なのか…最後のチャンスと思ったが、試練を与えられただけじゃないのか…
眉間を押さえ大きくため息をつく。
なんだか頭痛がする。
前日ほとんど眠れなかったせいか、甘ったるい薔薇の香りのせいか。
武術大会で彼女に会うことになるが、それまではなるべく彼女のことを考えぬよう公務に没頭し、空いた時間はがむしゃらに稽古をした。そうすると夜は彼女のことを考える間もなく眠りに落ちることができた。
あっという間に当日を迎える。出番までは人気のない場所で素振りをしていたが、いよいよルークの番がやってきた。
なるべく観客席を見ないように目の前の相手だけに集中した。連日の稽古の成果か、よく見えている。
審判の開始の合図とともに低い体勢で飛び込む。相手の喉元に鋭い突きを決めると、ルークの剣が青く光る。ルークの勝利だ。
会場はどよめきが広がる。何が起こったのかわからず困惑している観客がほとんどだが、やり手の剣士は尊敬のまなざしを向け、思わずため息をつく。
「ルーク!さすがだな。」
エドの声がする方向を見ると隣に彼女がいる。一瞬躊躇したが、エドの方へ向かい彼女にも声をかけると、彼女はキラキラと目を輝かせルークを褒め称える。
まさかあの一撃が彼女に見えているとは思わなかったが、こんなにも褒めてもらえるなんて素直にうれしい。
次は弓術場で試合だと伝えると、彼女も一緒に来たいと言う。彼女がそんなことを言ってくれるなんて嬉しいが、心臓が破裂しそうだ。
弓術場までの道が足元が悪いと言えば諦めてくれるかと思ったのだが、彼女は着いてくるとくるという。
助けるような目でエドをみるが、「諦めろ。」というような視線を返されたので覚悟を決めることにした。元々弓術場へは空間移動で向かおうと思っていたが、この際彼女にきちんと話をしたいと思い徒歩で向かうことにした。




