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21.沼と芽吹き

「エレノア嬢、大丈夫ですか?」

「えぇ、思ったより何とかなっています。」

試合会場までは森を抜けないとたどり着けない。確かにぬかるんではいるが、歩けなくはない。低いヒールで来て正解だ。


「普通の令嬢はこんなところ、嫌がってこないかと思いますが、エレノア嬢はすごいですね。」

「そうですね、令嬢なら行きませんよね。でも、こういう緑が豊かなところを歩くのも楽しいですね。それにルーカス殿下の競技を見たいんですもの。」

そうエレンが言うとルーカスはまた顔を赤くしてしまった。


皆はルーカスのことを朗らかなと紳士言うが、エレンの中のルーカスは緊張しいのシャイボーイだ。でも…そんなルーカスも素敵だと思う。


「あっ、殿下…」

「どうしましたか?わっ!」

ルーカスが振り向く頃には、エレンは太もものあたりまで沼に沈飲み込まれてしまった。

「人食い沼だ…この辺りに多いのです。もっと注意すればよかった。申し訳ない。私につかまってください。」


この周辺は人食い沼と呼ばれる底なしの沼が点在しているエリアのようだ。

ルーカスの腕につかまると、あっという間にふくらはぎの辺りまで抜けだした。

「ルーカス殿下、もう少しで出れそうです。うわっ!」


次の瞬間、激しい水飛沫が舞う。

二人は勢い余って反対側の小川に落ちたのだ。

ルークの力が強かったのか、思っていたより人食い沼の根性がなかったのかは定かではないが。


「エレノア嬢!大丈夫ですか!?」

「私は大丈夫です。ルーカス殿下はお怪我はありませんか?」

「よかった…私も大丈夫です。」

「…ふふっ、うふ、あはは!」

「エレノア嬢?大丈夫…ですか?」

「だって…二人とも…ひどい姿!ふふっ。」


二人はずぶ濡れでエレンに至っては泥だらけだ。


「…本当だ。これはひどいね、ははは!」

「あ、殿下、ちょっとこっちを向いてください。」


かろうじて無事だったハンカチでルークの頬に付いた泥をぬぐうと、ルーカスは真っ赤になって顔をそらす。

「あ、ありがとう…」


「ちょっと派手にやってしまったわ…申し訳ありません、ご迷惑をかけないと言って無理やり着いてきたのに。」

「大丈夫ですよ。でもこの姿をなんとかしなくてはいけませんね。とりあえず小川から出ましょう。」


ルーカスが手を掲げると優しい光で包まれる。光が消えると二人はもとの姿に戻っている。


「ありがとうございます。」

「いいえ。では行きましょうか。…また沼があるかもしれませんから…」

ルーカスは俯きながら左手をエレンに伸ばす。


「そうですね。ありがとうございます。」

そう言ってルーカスの手を握ると、ルーカスは耳まで赤くなっている。


かわいい人だな…


しばらく歩くと前方に開けた場所が見える。


「あれが試合会場ですよ。」

ルークは振り返ってエレンに声をかける。


「無事たどり着けましたね。」

ふふっとエレンは笑う。

するとルーカスは繋いだ手をぎゅっと強く握る。


「どうかされましたか?」

「…やっぱり貴女は困った人だ。」

ルーカスは少し寂しげに微笑む。

エレンはきょとんと首を傾げる。


「私は貴女に…」

「あ、いらっしゃった!ルーカス殿下そろそろ出番です!」

運営スタッフであろうか、一人の青年が遠くからルーカスを呼ぶ。


「わかった!すぐに行く!…エレノア嬢、私は貴女に幸せになってもらいたいのです。」

ルーカスは真剣な顔でエレンを見つめる。

「…幸せに?」

「えぇ、貴女の幸せを願っています。…じゃあ、行ってきます。」

先ほどまでの寂しげな表情ははなく、そこには晴れやかな表情のルーカスがいる。


「は、はい。ご健闘をお祈りいたします。」

ルーカスはくるりと振り返り、軽やかに駆けていく。


ルーカス殿下なんだったんだろう?私の幸せを祈るって…それに何か言いかけていたような。そういえば、先週お会いしたときも何か言おうとしていたわ。どうしたんだろう…


気を取り直して試合会場へ向かうとデイヴの姿が見えた。

あ。輝星祭のときのことまだ謝ってなかった!


足早にデイヴに近づく。

「デイヴ!久しぶり。輝星祭のときは突然いなくなってごめんなさい。」

「エレン!…久しぶり。ううん。大丈夫だよ。…ルーカス殿下との婚約内定おめでとう。」

「うん、ちょっとその件でばたばたしていてね…あちこち探してくれたって聞いた。本当にごめんね。」

「…気にしないで。」

「ありがとう。ねぇ、デイヴの番はこれから?」

「ううん、さっき終わったところ。」


エレンは得点板に目をやる。

「暫定1位なんてすごいじゃない!」

「今日は調子がよかったから。でも…まだルーカス殿下もエドもいるし…」


そんなことを言っている内にエドのスコアが発表され、エドが暫定一位となった。

「ほらね。うーん、エドには負けたくなかったんだけどなぁ。」


パンっと空砲が響くとともにルーカスがスタートする。


「早っ…」


エレンの横を疾風のごとく走り去り、エレンの長い髪をなびかせる。一瞬目があったような気がしたがきっと気のせいであろう。


ルーカスは圧倒的な速さと正確なコントロールで断トツのスコアを叩き出し優勝が決まった。


「すごい…デイヴ、ちょっと行ってくる!」

エレンはルーカスのもとへ急ぐ。


「殿下!優勝おめでとうございます。」

「エレノア嬢、ありがとう。」

ルーカスは優しく微笑む。


「お見事でした!あのスピードで全ての的に命中させるなんて。」

「それほどではありませんよ。エレノア嬢にはきっと敵わない。」


ん?どう言うことだ?

考えていると、背後から兄の声がした。


「ルーク、さすがだな。それで…ちょっといいか?」

「あぁ。」

「エレン、父上がここの会場にいるから空間移動で帰れよ。」

「あら、お父様いらっしゃるのね。わかったわ。じゃあ体術の会場に行っているわ。では殿下、失礼いたします。」


ルーカス殿下すごかったなぁ…でもお声をかけた時、照れてなかったな。ちぇっ、照れるとかわいいのに。

そう言えば、私には敵わないって言ってた…私が武術を嗜んでいるのは知らないはずなのに。…まさか、エド兄様が?もう!後で事情聴取よ。


剣術、体術の決勝はともにルーカス対エドの戦いとなったが、ルーカスが三種目連覇を果たした。拮抗した戦いで、特に剣術は30分も激しい打ち合いをした大接戦だった。エドはかなり悔しそうにしていたが、レオナルドは誇らしそうで上機嫌だ。


今日は楽しかったなぁ。ルーカス殿下素敵だった…

…新月まであと半月か。


なんだか胸がチクりと痛む。

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