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2.始まりの夜(2)

エレンお嬢様、馬車の仕度が整いましたのでこちらへお願いします。」

「えぇ、今行くわ。」


道中、馬車から外を眺めると、町の至るところ吊るされた色とりどりのランタンが輝き、人びとの愉しそうな笑い声が響く。まだ煌々と照らされているが、もうじき一斉に灯りを落とし流星群の訪れを待つのだ。

輝星祭は14歳以上の貴族が王城に招かれる。上位貴族と言えども登城する機会はこの時くらいだ。

輝星祭は国王主催の祭典ではあるがそんなに堅苦しいものではなく、夜空を見上げたり、ダンスをしたり各々自由に過ごすのである。

そういったイベントなので相手のいる者達は寄り添い星を眺めるし、相手のいない者は相手探しに熱を入れるのだ。ただの夜会でも引っ張りだこのエレンは輝星祭では大変な目に合う訳だ。

それを思うと憂鬱ではあるが、こっそり抜け出し王城の立派な弓術場に行くという唯一の楽しみがある。


幼なじみのディヴィットから王城の弓術場について話を聞いていて、いつかは訪れたいと思っていたのだが、一昨年輝星祭に招かれた際に念願叶って初めて訪れることができたのである。

もちろん今年もそのつもりで、ディヴに頼んで事前に愛用の弓矢を弓術場に隠してもらってあるのだ。


「到着いたしました。」

御者がエレンに声をかける。


他国から美城との讃えられる王城であるが、間近で見ると重厚で威厳がある。今夜は輝星祭のため、魔法で中の光が漏れないようにしてあるのだが、まだ城周辺に燈されている松明によって神々しさを感じる。


城の中に一歩足を踏み入れると、思わず目をつぶってしまうほどきらびやかな世界が広がっていた。リュミエラクォーツ王国は水晶の採掘量、品質共に世界一であるが、一目見ただけで質が高いとわかる水晶をふんだんに使用したシャンデリアからはキラキラとした光が降り注ぐ。

会場には大分人が集まっているようで賑わいを見せる。受付を済ませ空のグラスを受けとり、誰か顔見知りはいないか会場を見回していると後ろから声をかけられた。

「エレン、お誕生日おめでとう!」


振り返ると幼なじみのアイリーンとヴァイオレットが微笑んでいた。

エレンは社交場では深い付き合いを持たないので、親しくする者も少ない。この二人はエレンにとって心を許せる数少ない友人だ。


「ありがとう、リーナ、ヴィオラ」

にこりと微笑み返す。


リーナとヴィオラの後ろにはそれぞれの婚約者がいたことに気がつき、挨拶をする。

「フレデリック様、アンドリュー様、ご無沙汰しております。ご機嫌麗しゅうございますか?」

「エレノア嬢ごきげんよう。あのお転婆エレンが16歳になったなんて信じられないよ。もうすっかり素敵なレディだね」

アンドリューがにかっと笑う。


アンドリューはリーナ、ヴィオラ、デイヴと共に同い年の幼なじみで、エレンのことを昔からよく知っているのである。

ヴィオラはハミルトン公爵の一人娘の為、アンディが将来ハミルトン家に婿入りすることになっている。


「まぁアンディ、お転婆は余計よ?」

茶目っ気たっぷりにエレンは笑う。


「でも本当に今日は一段と美しいね。私の同僚がエレンのことを紹介してほしいって何人も頼んでくるんだけど、腕っぷしに自信のない文官ばかりだから丁寧に断っておいたよ。お父上が許さないだろ?」


フレデリックは外務省で働いているので、彼の同僚と言えば家柄もよく将来安泰なのだろうが、父のお眼鏡に叶うかどうかは微妙だ。貧弱な男が結婚を申し込みに来るものなら全力で潰しにかかるだろう。


「フレディ、私以外の人に美しいなんて言わないでちょうだい?」

リーナがぷくっと頬を膨らます。


「かわいいリーナ、怒らないでおくれよ。」

そう言って、リーナのウェーブのかかったピンクアッシュの髪を優しくなでると、リーナは栗色の瞳をきらきらさせてフレディを見上げる。

もう完全に二人の世界に入ってしまった。一年前に婚約した二人であるが、フレディが直前まで留学していたため、婚約の儀で初めて顔を合わせることになった。リーナは「顔も知らない相手と婚約するなんて!」と、ぶーぶー文句を言っていたが、実際に顔を合わせるや否やお互いに一目ぼれしてしまい、それ以来二人はずっとこんな状態だ。

呆れたようにヴィオラを見ると、ヴィオラも同じような顔をしていた。


「デイヴはまだ来ていないの?」

「なんだか忙しそうよ」

とヴィオラは左の方をチラッと見て笑う。


令嬢や娘と婚約させたい父親たちに囲まれている。

デイヴは幹部養成学校を卒業し、今年から軍に入隊した未来を期待されたエリートなのだ。そのうえ誰にでも優しい性格で花婿候補としては文句のつけようがない。

「大人気ね。泣き虫デイヴ坊やも成長したものだわ。」

エレンは目をぱちぱちさせる。


幼い頃は泣き虫でよくエレンの次兄エドによくからかわれて泣いていたので、かばってやったものである。弓術を教えたのもエレンなのだ。

そんな時国王陛下の来訪を告げるファンファーレが鳴り響き、先ほどまでざわついていた場内が一瞬で静まり、皆一斉にひざまずく。


「顔を上げよ。」

威厳のある国王の声が響く

アーサー国王陛下、オードリー王妃陛下、第一王子のルーカス殿下、第二王子のテオドール殿下の姿がある。


厳かな雰囲気の中、国王が話をはじめる。

「今日は皆が待ちに待った大流星群の夜だ。皆も知っているように、流星と我が国は非常に密接な関係がある。星の力を大地が受け、豊かな国が作られたのだ。今日は星達に感謝し、この豊かな大地に祈ってほしい。」


皆は再びひざまづき、祈りを捧げる。


「さて、堅苦しいのはここまでにしようか?節度は守ってほしいが、今夜は無礼講だ!皆充分に楽しんでほしい。」

国王は太陽のような笑みを浮かべる。


最初に配られたグラスにシャンパンが泉のように湧き出す。といっても未成年のエレン達はジュースなのだが。この国では18歳以上か、既婚者が成人と見なされる。ちなみに16歳以上で結婚できる。


国王がグラスを掲げ、皆それにならう。

「星に感謝を!大地に愛を!乾杯!」

『乾杯!』

シャンデリアの光がグラスに溶け込んだかのように、シャンパンがキラキラと輝く。

音楽が奏でられ、宴の始まりを告げる。リーナとヴィオラは婚約者と手を取りダンスを始めた。待っていましたと言わんばかりにエレンも早速声をかけられる。

父レオナルドはエレンが武術に精を出すことによい顔をしなかった。令嬢の嗜みを疎かにすれば、武術を辞めさせるよい口実になってしまうため、ダンスを始めとする令嬢の素養は完璧にこなせるようになっていた。

しかし先程から踊っている男性は下手な上にエレンをデレデレと見つめてばかりいるので、何回も足を踏まれておりもう勘弁して頂きたい。

他の視線を感じて見ると、デイヴが大変だなと言わんばかりの顔で見ていた。そして「弓術場で会おう。」と口パクしていた。

思わず笑みがこぼれるが、デイヴのお相手の令嬢にキッと睨まれてしまった。

とりあえず今は足をこれ以上踏まれないように集中しよう。


立て続けのダンスに疲れ始めた頃にちょうどよくオーケストラの休憩になったので足早にその場を立ち去る。

ダンスを申し込んだ男達は皆同じように、エレンのことを美しいと褒め、そのあとは延々と自慢話が続く。エレンはもううんざりしていた。


デイヴはどこかしら?もう弓術場へ行きたいのだけど…


キョロキョロ辺りを見回すとデイヴの姿が見え、近づこうと思ったのだが、デイヴはまだ令嬢と父親達に捕まっていた。

もう少し待とうかと思ったのもつかの間、エレンに話しかけようと遠くから近づいてくる男性が見えた。


これは私も捕まってしまうわ…いいわ、先に行っていましょう。きっと私の姿がなければデイヴもあとから来るでしょう。


くるっと踵を返して立ち去った。

弓術場は二回来たことがあり場所も覚えていたのですんなり来れた。


「確かデイヴのロッカーに隠してあるって言っていたわね。あ、あったわ。」

麻袋に入ったエレンの弓矢を見つけた。それを抱えると突然背後から話しかけられた。

「エレノア嬢?」

「ひっ!」

びくんとして恐る恐る振り返る。

「ハ、ハミルトン副宰相!!」

王族を除き、この国のNo.2であるロナルド・ジャック・ハミルトン副宰相、ヴィオラの父親がエレンの背後に立っていた。


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