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19.薔薇と棘

週の終わり頃になると婚約内定フィーバーは大分落ち着いたが、エレンとお近づきになりたい強かな令嬢たちから媚を売るような笑みを向けられる。そんな令嬢たちからガードするように常に両脇はリーナとヴィオラががっちりガードする。そんなわけで三人とも疲労困憊だ。


「はぁ、疲れた…」

「ごめんリーナ、ヴィオラもありがとう。」

「いいのよ、明日は休みだからゆっくりできるといいわね。」

「そう言いたいところなんだけど、明日王城に招かれているのよ。ルーカス殿下とお会いするの。」

「本当?それは楽しみね。私も行きたいくらいよ!」

「リーナが一緒だったらとんでもないこと言い出しそうで気が気でないわ。楽しみって訳じゃないけど、どんな方なのかは気になるわ。ヴィオラは殿下にお会いしたことあるのよね?」


ヴィオラの父は副宰相を務めているため、王城での行事に参加することも多い。妻であるセシリアは若くして亡くなっているので、ヴィオラが社交界デビューしたあとは、婦人帯同の行事にヴィオラが婦人代理で参加することもあるのだ。


「えぇ、何度かお話しさせていただいたことはあるけど素敵な方よ。初めてお父様に同行したとき、緊張して少し気分が悪くなってしまったのだけど、ルーカス殿下が最初に気がついてくれて、庭園に連れ出してくれたの。しばらく一緒に庭を歩いたのだけど、とても優しくお話ししてくださってすぐに気分もよくなったわ。」

「お優しいのね。でもそれってヴィオラだからじゃないの?だって周りはマダムばかりだから、若くて可愛いから優しくしたのよ。」

リーナはちょっと意地悪そうな顔をする。


「そうだったら舞い上がっちゃうんだけど、本当に皆に平等に優しいのよ。こんなできた人なんているのかしらって思ったわ。」

「まぁ、悪い噂なんて聞いたことないものね。」

「あぁ!なんだか少しドキドキしてきた。何を話したらよいのかしら。」

「わかるわ。私もフレディとの顔合わせの前日は緊張したもの。」

「エドが親しくしているのだから、どんな方なのか軽く聞いておいたら?でもルーカス殿下は穏やかで気遣いのできる方だから、それほど心配しなくても大丈夫だと思うけどね。」

「そうね、エド兄様に聞いてみるわ。」


屋敷へ戻るとちょうどエドが庭で稽古をしているところだった。


「エド兄様、ちょっとよい?」

「ん?なんだ?」

「明日、ルーカス殿下とお会いするのよ。それでルーカス殿下ってどういう方なのか知りたくて。」

「あぁ、そういうことか。会えばわかるよ。」

「何よそれ。心の準備があるんだからもったいぶらないでよ!」

「お前も緊張とかするんだな。会えばわかるっていうのは、“The紳士”のオーラが漂っているってことだよ。その印象そのままで、本当にいいやつだよ。少しまじめすぎるところはあるけど、お前も会えば気に入ると思うぜ。」

「本当にみんな口を揃えてそう言うのよね。」

「だからお前は最高にラッキーなんだって。」

「そうなのかなぁ…それで、明日は何について話したらよいと思う?」

「何って…父上も一緒に行くんだろ?きっと話振ってもらえるから大丈夫だろ。あぁ、そう言えば来週の武術大会にルークも出るぞ。それについて聞いてみればいいんじゃないか?」

「あぁ、毎年一般公開されてるやつね!ありがとう、参考になったわ。」


就寝前には、誰よりも気合の入ったクレアによって、頭のてっぺんからつま先まで磨き上げられた。

「夜更かしは美の敵です!」と言われいつもよりずいぶん早い時間に寝ざるをえなかったが、クレアの渾身のマッサージで緊張もほぐれ、すんなり眠ることができた。

そのおかげで翌日はすっきりした気持ちで起床できた。


ランチ後に庭でお茶を飲んでいるとレオナルドが声をかける。

「エレン、そろそろ登城するが準備はよいか?」

「えぇお父様、大丈夫ですわ。」


二人で馬車に乗り込み城へ向かう。レオナルドは難しい顔をしてじっと外を眺めている。

しばらく馬車が走ったころにようやく口を開く。

「エレン、失礼のないようにな。」

「承知しておりますわ。」

「そうか。…それと前にも言ったが、婚約の返事を焦ることはない。今日一日でルーカス殿下のことがわかるわけでもないし、またお会いする機会もあるからルーカス殿下のことをゆっくり知ればよい。」

「承知しました。」


それだけ言うと、レオナルドはまた口を閉ざし、今度は口を真一文字に結んで何かを考えているように目を閉じた。


王城に着くと、庭園に面した明るい部屋に通された。天気が良いためガラス戸は解放されており、さわやかな風が甘い薔薇の香りを部屋の中に運ぶ。

コツコツとノックする音が聞こえると、レオナルドとエレンは立ち上がり、跪く。


「レオナルド、エレノア嬢、顔を上げてくれ。今日は呼び立てて悪かったな。あまり緊張せずゆっくりしてほしい。」

「お気遣い頂きありがとうございます。本日はこのような機会を頂きありがとうございます。」

「さて、我々は退席しようか。」

「そうですね、二人でゆっくり話せる方がよいですな。」


え!退席しちゃうの!?まだ来たばかりなんだけど!


引き留めたいのは山々だが、上品な笑みを作り、二人を見送ることしかできなかった。


「…何だか緊張してしまいますね。」

二人が去るとルーカスが少し硬い表情でエレンを見る。


「えぇ、お話しするのは初めてですものね。改めまして、エレノア・グレース・アストレイでございます。」

「ルーカス・オーウェン・マクスウェルです。先日お会いしたときは話せなかったですからね。」


二人の間にはぎこちない空気が流れる。そんな空気とは不似合いな薔薇の香りはむせ返るほど甘い。


「そ、そう言えば、今度の武術大会に出場なさるんですよね?兄から聞きました。」

「えぇ、そうなんです。でも最近は公務が忙しくて練習時間がなかなかとれなくて。」

「お忙しいのですね。どの種目に出られるんですの?」

「全部出ようと思っています。剣術、弓術、体術。」

「兄も三種に出ると言っておりました。兄からルーカス殿下には敵う者がいないと聞いておりますので、きっと今年も優勝なさるんでしょうね。」

「そんな…まだまだ未熟ですから!」

ルーカスは顔を紅潮させる。


…殿下照れてる。なんだか少しかわいいかも。


「私の幼馴染みは弓が得意なのですが、殿下にご指導頂きたいと申しておりましたわ。」

「…幼なじみというのは…デイヴィッドのことですか?」

「あら、ご存じなんですね。」

「えぇ、まぁ。…エレノア嬢は彼と親しいのですよね。」

「そうですね。幼い頃からずっと一緒でしたので。」

「そうですか…」

そう言うとまたルーカスは硬い表情に戻ってしまった。


途中までよい雰囲気だったのに、またきまずい感じなってしまったわ

。どうしようどうしよう、何か共通の話題は…


「そう言えば…ルーカス殿下はソフィーとはとこにあたるのですよね。」


あぁ、共通の話題と言っても、ソフィーについては今はタブーじゃない?自分のバカ!何言ってるの!


「えぇ、幼いときはよく一緒に遊んだりしました。」

「そ、そうなんですね。仲がよろしいんですね。私はてっきりルーカス殿下はソフィーとご婚約されるものかと思っておりました。」


ばかーばかー!何言ってるの!もうっ、最低…


心の中で自分を罵倒するがもう手遅れである。

焦ってとんでもないことを言ってしまった。


ルーカスは驚いたような顔をしている。

「そうですね。私もそう思っていたので…今回のことはとても驚きました。」

「そうです…よね…」


あぁ、この状況を打破したいけど、今はもう墓穴を掘る気しかしないわ…どうしよう…


そう思っていたところでルーカスが口を開く。

「…エレノア嬢はこの婚約についてどう思いますか?」

「え?えーと、突然のことで驚いております。」

「…決められた結婚は嫌ではありませんか?」

真剣な顔でエレンを真っ直ぐ見つめる。


「…え?それは…」

「…私は愛する人と結婚をしたい。だからエレノ…」


コツコツとノックが響く。

「失礼するよ。少しはお互いのことを知れたか?」

国王が微笑みを浮かべている。


「えぇ、まぁ…」

ルーカスはばつが悪そうに答える。


「エレノア嬢、来週の武術大会を見に来たらどうだい?ルークも出場するんだ。」

「えぇ、先ほど伺いました。是非観戦させて頂きたいですわ。」


帰りの馬車でもなんだかまだ薔薇の香りがする気がする。そして脈に合わせてズキンと胸が痛む。まるで薔薇の棘が刺さっているかのように。

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