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18.始まりの夜~ソフィー編~(2)

涙は止めどなく流れ、一晩中ソフィーの頬を濡らした。


「…今何時なのかしら…いつの間にか眠ってしまったのね。もう15時?信じられないわ…それにしてもひどい顔。」


鏡を見ると、腫れぼったい瞼の自分が不機嫌そうに見つめ返していた。


浴槽に浸かりながら昨夜のことを考える。

夢であればよかったのに…


湯船に頭までぶくぶくと沈む。

エレンの腕の模様、ルークの驚く顔、父の落胆する顔全て鮮明に思い出す。


「苦しい…」


風呂から上がるとドアをノックする音が聞こえる。

「お嬢様、よろしいでしょうか。」

「どうぞ。」

「失礼致します。何度かお声を掛けさせていただいたのですが、よくおやすみになられているようでしたので…何かお召し上がりになりますか?」

「…お茶だけお願い。」


ルーク…

どうして私じゃないの。何が足りなかったの。何で…

何でエレンなの?…エレンさえいなければ…


そう思ったところで我に返る。


なんて醜いことを…私は公爵令嬢よ、人を妬むなんて情けない。


「ソフィー、よいか?」

父が部屋の外から声をかける。

「どうぞ、お入りになって。」


「ソフィー、昨日は疲れただろう。体調は大丈夫か?」

「えぇ、ご心配には及びませんわ。」

「そうか、それならよかった。」

「お父様…」

「どうした?」

「お父様…申し訳ございません。ルーカス殿下の婚約者になれなくて…」

「そんなこと気にする必要はない。それよりお前は大丈夫なのか?」

「それは…大丈夫です。」

「そうか…」

「…私はもう16歳です。殿下と婚約できなかったのですから、よい縁談の話がありましたらお受けくださいね。」

「ソフィー、そんなに急ぐ必要もなかろう。もう少しお前の気持ちが落ち着いてからでも…」

「いいえ、よいのです。お願い致します。」

「あぁ…なにか話があったら伝えるよ。じゃあ、私はもう行くぞ。」


ルークじゃないなら誰だって同じよ…

…ルークのお相手がまだ納得できるエレンでよかったのかもしれない。

エレンには家柄以外勝てるところがないもの。

自分の力では敵わない。だから水晶にも選ばれなかったのかもしれない…


そうやって無理やり自分を納得させるしかなかった。


あぁ明日、学園行きたくないなぁ…

きっと腫れ物扱い。

仕方ないけど…

しっかりしなきゃ。


やり場のないルークへの想いと喪失感でいっぱいだが、この国で一番の地位にある公爵令嬢であると自身を奮い立たせて、なんとか心を支えている。


翌朝起きるとソフィーの心とは裏腹に気持ちのよい青空が広がっている。ルークとエレンの婚約を祝福するような天気にソフィーの心は更に沈む。


学園には早めに行って読書をするのが日課であるが、今日はさらに早く家を出る。

まだ校内は人気がなく、思わずほっとする。

3階の教室、お気に入りの窓際の席に腰を下ろし、外をぼーっと眺めていると、遅咲きの八重桜が風に舞い、ソフィーの頬を優しくなでる。


―――――――――――――――――――――

あれは二年前の春のことだった。

ソフィーは見事に咲き誇る桜の巨木をしげしげと眺めていた。


「ソフィー、今来たところ?」


振り返るとルークが微笑んでいる。

「ルーク!うん、ちょうど今来たところ。今日はお招き頂きありがとう。」


王家に近しい間柄しか招待されない花見の会がこの時期になると毎年開催されるのだ。


「うん、楽しんでね。今日はサラは来ていないの?」

「サラは着くなり、テオのところに行ったわ。」

妹のサラと第二王子のテオドールは同い年でとても仲がよいのだ。


「本当にあの二人は仲がよいよね。でも、二人ですぐどこかに消えるから探すのが大変だよ。」

ルークは困った顔で笑う。


すると突然の強風が花を撒き散らす。

思わずソフィーがよろめくと、ルークがとっさに腕を差し出し、ソフィーはその腕にぎゅっとしがみつく。風が吹いていたのはほんの数秒であったが、ソフィーにはとても長いように感じた。ドキドキと心臓が強く鼓動し、ルークにもこの心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うと更に早く鼓動するが、この風がずっと止まなければよいのにと願う。


「すごい風だったね。大丈夫?」

「うん…ありがとう。」

「はは、桜のお姫様みたいだ。」

そう言ってルークはソフィーの髪に無数についた花びらのひとつを手にとって微笑む。


ルークの穏やかな微笑みが好き、アメジスト色の目も、優しい声も…

―――――――――――――――――――――


歓声が聞こえ、ソフィーは現実に戻る。

外に目をやるといつの間にか人でごった返し、その人々の視線の先にはアストレイ家の馬車がある。


あ…桜のお姫様だ…


桜色のドレスを纏ったエレンが馬車から降りると、ソフィーはため息をつき本へ目線を落とす。内容など何も頭に入ってこないが、現実から目を背ける為に。


一日中、同情と好奇な視線が注がれ、針のむしろであったが、残すはあとひとつの授業で今日は終わりだ。


「魔法学か、エレンと同じだ。」


うだうだ考えていたら、いつもはもう教室にいる時間になってしまった。覚悟を決め足早に教室へ向かうとエレンと鉢合わせてしまったが、スマートに祝福できたと思う。


いつも通りの私だわ…


安堵と虚しさがぶつかる。



二日目は初日よりはましだが、まだ居心地の悪さは続く。

しかし今日は必修科目だけのため、少し心が穏やかではある。

授業を終えると迎えの馬車がやってきたが、いつもソフィーが使う馬車ではない。


「お姉様!」

とびきりの笑顔でサラが馬車から顔を出す、


「サラ!どうしたの?」

「えぇ?今日はマリーヴェールに行く日じゃない。お姉様忘れてたの?」

「あ…そう言えばそうだったわね。」

そう言って馬車に乗り込むと母カトリーナも同乗していた。


今日はソフィーとサラのドレスの打ち合わせがあったのだが、すっかり忘れていた。

ウキウキのサラには悪いが、今日は部屋でゆっくりしたかった。


「お姉様、着いたわ。早く行きましょうよ。」

そう言ってソフィーの手をひっぱる。


ソフィーとサラはよく似ているが、ソフィーはおとなしく優しい性格をしているのに対し、サラは天真爛漫で活発と、二人の性格は真逆だ。

ソフィーはすんなりと生地・デザインも決まったが、サラはあれこれ布を引っ張り出しては、あぁでもないこうでもないとなかなか決まらない。

「あ、お姉さま、あっちにある生地を見たいわ。行きましょう。」

そう言ってソフィーをひっぱって行くが、急に立ち止まりソフィーの後ろに隠れた。


「サラ?どうしたの。」


サラはソフィーのドレスをキュッと握って固い顔をして前を見ている。

視線の先に目をやるとエレンの姿があった。


「エレン?」


エレンは驚いたような顔で振り返る。

エレンにサラを紹介するが、サラの様子がいつもと違う。

人見知りをするような子ではないはずなのに。そう不思議に思っていると侍女に呼ばれその場を後にする。


「サラどうかしたの?いつもはもっと上手にご挨拶しているじゃない。」

そう言ったが返事がない。


慌てて振り返るとサラがエレンに何か言おうとしている。

サラを止めようとしたが、間に合わなかった。

サラを強く叱り謝罪をしたが、もう遅い。


エレンには知られたくなかった…


「サラ、エレンは未来の王妃様よ。ラッセル家の娘にあるまじき行為よ。恥を知りなさい。」

サラはいつも優しい姉に初めて叱られぽろぽろと涙をこぼしている。


ちがう…正論を言っているようだが、自分の想いをエレンに知られてイライラしているだけだ。

惨めだ…

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