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16.マリーヴェールと小さな嵐

「あぁ、疲れたわ・・・」

「ずいぶんお疲れじゃない、エレン。まだ二日目でしょ?このお祭り騒ぎはまだ続くわよ。」

エレンはリーナをジロリと睨む。


さすがに先生方のお出迎えはなかったが、各所で質問責めに合うのでうんざりである。


「まぁまぁ、もうしばらくの辛抱よ。それにほら、今からマリーヴェールに行くし、いい気晴らしになるんじゃない?」

「そうね、あそこに行けば元気が出てくる気がしてきたわ。ありがとう、ヴィオラ。」


マリーヴェールは手芸用品を扱う店だが、この国で一番歴史ある手芸用品店で、ここに行けば何でも揃うと言われている。オートクチュールのドレスの評判もよく、代々貴族達に愛されているのだ。ドレスのイメージを伝えれば、自宅に何点かお勧めの布地を持ち込んで、ドレス製作の打合せも出来るが、色々な布地を見たいのでエレンは店舗で打合せをすることが多い。輝星祭のドレスもマリーヴェールで作ったものだ。


マリーヴェールは本館・分館に分かれている。本館は貴族向けのドレスや紳士服を専門に手がけ、分館は庶民向けの商材も多く取り扱っている。今日は課題の材料を買うだけなので分館で事足りそうだ。


「いらっしゃいませ。あら!エレノア様!このたびはご婚約内定おめでとうございます。」

「…ありがとう。今日は授業の課題の材料を買いに来たの。ハンカチを作るのよ。」

「さようでございますか。ではこちらにどうぞ。」

そう言って三人を応接間に通す。


「アイリーン様は淡いブルー、エレノア様とヴァイオレット様は白ですね。白と言ってもさまざまな色味がございますが、いかがなさいますか?」

「私はアイボリーよりの白でおねがい。ヴィオラは?」

「私は青みがかった白にしようかしら。」

「かしこまりました。素材はシルクでよろしいですよね?当店にはエルヴフルール製の高級シルクがそろっておりますからね。」

店員はそう言ってヴィオラに微笑む。


ヴィオラの母セシリアの祖国エルヴフルールは絹織物が特産であるが、その中でもセシリアの生家が治める領地で生産した絹織物は”天使の羽”と称されるほど滑らかなシルクで非常に人気があり、リュミエラクォーツに多く輸出しているのだ。


「リーナがブルーなんて珍しいわね。てっきりピンクかと思ったわ。」

「だってフレディにあげるのよ。ヴィオラだってアンディにあげるんでしょ?」

「うん、そのつもりよ。」

「皆大体婚約者用のハンカチを作ると思うわよ。エレンはルーカス殿下にプレゼントしないの?」

「え、そういうものなの?考えにも及ばなかったわ。うーん…ルーカス殿下にはあげない。まだ内定しただけだし。それにハンカチなんてたくさん持っているでしょ。」

「はぁ…そういう問題じゃないのよ。婚約者からもらうハンカチは特別でしょ!でもエレンらしいわ、乙女ぽっくなくて。」

リーナに軽く説教されていると、ドアがノックする音がした。

「あら?ずいぶん早いわね。」


「失礼いたします。いつもごひいきにしていただきありがとうございます。そしてエレノア様、ご婚約内定おめでとうございます。ルーカス殿下とご婚約なんて本当にすばらしいですわ。ご婚儀の際のドレスは是非当店で作らせていただきたく存じます。」

「アビー、本店からわざわざ来てくれたの?ありがとう。まだ内定しただけだけど、ウエディングドレスはぜひアビーに作ってもらいたいわ。お母様もアビーの腕を信頼しているから。」

「お褒めに預かり大変光栄でございます。エレノア様が分館にいらしたと聞いて、居ても立ってもいられなくなり来てしまいました。それでは私は、失礼いたします。」

「あ、ドレスの仮縫いが終わったと聞いたから、帰りに寄らせてもらうとカミラに伝えてもらてもよいかしら。」

「アイリーン様、かしこまりました。後ほどお待ちしております。失礼いたします。」


ハンカチ用の布、刺繍糸を数点購入して、三人で本館へ向かうとサロンに通される。


「どう、似合う?」

「素敵よ、リーナ。」

「うん、とても似合っている。でもリーナにしてはシックなドレスね。」


いつもはピンクや黄色やオレンジなど華やかなドレスを好んで着るが、今回はネイビーの落ち着いたドレスだ。


「そうなの。来月フレディの誕生パーティーで着るからね。主役より目立っちゃいけないでしょ。」

「そうゆうことね。なんだか新鮮だけど、とても似合うわ。」

「そういえば、エレンだってそろそろ婚約の儀で着るドレスだって作り始めなきゃいけないんじゃない?」

「そうねぇ、せっかく来たから生地を見せてもらおうかしら。ちょっと外してもよいかしら。」


そう言って、アビーを呼んでもらい生地の保管室へ向かう。


「婚約の儀では落ち着いた色味をお選びになる方が多いですが、エレノア様はなにかご希望のお色などはございますか?」

「婚約の儀のドレスだから、自分の着たいものより、第三者にが見て似合うもののがよいと思うのよね。アビー頼むわ。」

「かしこまりました。何点か見繕ってまいりますので、ここでおかけいただいてお待ちください。」


この部屋には膨大な量の生地が保管されている。この国の女性全員に10着ずつドレスを作ってもまだ余りそうなくらいだ。


「エレン?」


振り向くとソフィーが立っていた。


「ソフィー!驚いた。ソフィーもドレスを作りに来たの?」

「うん、私と妹のドレスを作りに来たの。こちらが妹のサラよ。サラ、ご挨拶なさい。」


ソフィーに隠れるように少女が立っている。

ソフィーをそのまま小さくしたような美少女だが、エレンをギッと睨み付けている。


「…サラ・ハーパー・ラッセルです。」

「エレノア・グレース・アストレイよ。お姉様とは同じ学園に通っているのよ。おいくつでいらっしゃるの?」

「…8歳。」

サラは不機嫌そうに答える。


「ソフィア様、奥様がお呼びです。」

「わかったわ、じゃあねエレン。」

「えぇ、また明日学園で。」


ソフィーは母の元へ向かうが、サラは動かない。


「サラ様?どうしたの?」

「…何であなたが…」

小さな声でボソッとつぶやく。


「?どうしたの、お姉様と一緒に行かなくてよいの?」

「何であなたなの!?ルークお兄様と結婚するのはお姉様だったはずなのに!!お姉様はルークお兄様のことお慕いしていて、ルークお兄様だってお姉さまのこと大切に思っていらっしゃるのよ!エレノア様が邪魔しなければ二人は結婚でき…」

「サラ!何を言っているの!エレンに失礼でしょう!謝りなさい!」

サラの言葉をソフィーが遮る。


「だって…お姉様がかわいそう!サラは間違ったことなんて言ってない!」

そう言って、サラはくるりと後ろを向いて行ってしまった。

「エレン、ごめんなさいね。…あの子何か誤解しているみたいだわ。まだ子供なの、許していただけないかしら。」

「いいのよ、ソフィー。気にしないで。…サラ様についていてあげて。」

「本当にごめんなさい。それじゃあ、失礼させていただくわね。」

そう言って足早にサラを追いかける。


アビーが数点生地を持ってきてくれたのだが、そんな気分ではなくなってしまった。

生地の説明を受ける間もボーとしてしまい、頭に入ってこない。

「どれも素敵ね。お母様に相談してみるわ。素敵な生地を探してくれてありがとう。また来るわね。」

出来る限りの笑顔を作ってその場を後にした。


「エレンどうかした?」

ヴィオラがエレンを覗き込む。

「え?…大丈夫よ。」

「そう?何か心ここにあらずって感じだったから。」


「さ、それじゃあ、そろそろ帰りましょうか。つき合わせちゃってごめんね。」

着替え終えたご機嫌なリーナが戻ってきた。

「いいのよ。素敵なドレスになりそうね。」



屋敷に戻ってからもサラの言葉が頭から離れない。

ソフィーがルーカス殿下のことを好きだった…そしてルーカス殿下もソフィーのことを大切に思っていた…

お互い将来結婚するのだと思っていたのに、選ばれたのはエレンだった。エレンが望んだわけではなかったが、サラの言うとおり、エレンが二人を引き離してしまったのかもしれない。愛し合う二人を。













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