14.エレンの婚約と父の思い
エレンがサマーヴィル家から戻る頃には辺りはだいぶ暗くなっていた。
ん?
エドが庭でせっせと剪定した枝をかき集めている。
「エド兄様、何してるの?そろそろディナーよ。」
「…全部エレンのせいだからな。」
じろりと恨めしそうにエレンを見る。
「? まぁ、いいわ。お掃除もほどほどにね。」
あんなに長居するつもりはなかったんだけど、ついつい話しすぎちゃったわ。でもちょっとすっきりした。
夕食まではもう少し時間があるから、クレアが呼びに来るまで部屋で本でも読もうかしら。
「エレン。」
「あらお父様、どうかされましたか?」
「いや、昨日は遅かったから疲れていないか?」
「いえ、魔力のせいか疲れもなく、体も軽いんです。」
「それならよかった。エレン、夕食のあとに私の書斎に来なさい。」
「承知いたしまたわ。」
部屋に戻り、本を手に取ってみるがあまり読む気がしなくなってしまった。
お父様の話って何かしら。婚約のことには違いないけど、何だろう。
夕食を堪能し、父について書斎へ行く。
「相変わらずお父様の部屋は面白そうな本がいっぱいね、後で借りてもよろしい?」
小説から古文書までバラエティー豊かな本がずらっと並ぶ本棚を見てエレンは目を輝かせる。
「あぁ、構わないが。お前は肝が座っているというか、我が道を往くというか。」
昨晩、突然第一王子の婚約者に内定したとは思えないほど、普段と変わらないエレンの様子に半ば呆れている。
「え?」
「いや、何でもない。今日、国王陛下とお会いしてきた。返事はエレンの気持ちの整理が出来てからでよいとご配慮頂いたが、一応期限を定めたほうがよいと思ってな。とりあえず次の新月に返事をさせてもらうことにしたがよいか?」
「そんなに待っていただくんですの?もうお受けすると決めているのですぐお返事してもよいのですが。」
「エレン、結婚とは人生の分岐点だ。そう焦らずじっくり考えなさい。…エレン、もしお前に他に結婚したい者がいるのならこの話はお断りしてもよいと思うのだ。有り難いことに国王陛下もお前の気持ちを尊重したいと仰っておられている。だからお前が幸せになれる選択をしてほしい。」
「でもお父様、私好きな人なんていないの。それにお父様はいつも『己の感情に流されると判断が鈍る。論理的に考え、最良の選択をしろ』って、言うじゃない。それと矛盾していない?だってルーカス殿下はこの国の第一王子で人格も素晴らしいのでしょ。それにお父様も認める武術の腕があるし。最高のスペックじゃない?」
首をかしげながらエレンは父に問うと、正論をつかれたレオナルドは途端にしどろもどろする。
「い、いや、恋愛とかそういう物は論理的に解決は出来ないものであって…そ、それに殿下に向かってスペックがどうとか失礼だろう!それより、お前も年頃なんだから気になる人くらいはいるだろう?…デイヴとかどうなんだ。」
「論理的じゃないなんてお父様らしくないわ。それに気になる人もいないし、なんでデイヴが出てくるのよ。」
「だって、輝星祭を一緒に抜け出そうとするなんてそういうことだろう?」
「なんでその事お父様が知ってるのよ!それにデイヴは子分みたいなものよ。」
「ハミルトン副宰相に聞いたんだ。お前と言うやつは本当におてんばで…」
これは長くなりそうだ。
「じゃあ、話はこれでおしまいでいい?次の新月までに決めればよいのよね。じゃあ、おやすみなさい。あ、この本貸していただきます。」
本を一冊の引き抜いて、立ち去る。レオナルドがまだ何やら言っているが、逃げたもの勝ちである。
クレアにお茶を頼み、自室のソファーに腰掛け早速本を開く。《精霊と魔法の歴史》父の本棚の中でも一番古びた本であった。
かちゃりとドアが開くとエドの姿がある。
「エレン、入るぞ。」
「そういうの部屋に入る前に言ってくれない?」
「まぁいいだろ」
エドはどかっとソファーに座る。
丁度クレアがミルクティとバタークッキーを持ってきた。
「うまそうだな、俺にも頼む。」
「かしこまりました。お飲み物もミルクティになさいますか?」
「たまにはそうしようかな。」
「で、ルークと婚約が内定したんだろ?お前ラッキーだよな。あいつ本当にいい男だぜ?」
「まぁ、素敵な方よね。まさか私にオファーが来るなんて思ってなかったけど。」
「たぶん皆そう思ってる。俺はてっきりソフィア嬢が婚約するのかと思っていた。」
「私もよ、おどろいた。それで?何か用があるから来たんじゃないの?」
「まぁ、別に用はないんだけど。婚約の返事待ってもらってるんだって?」
「私はすぐに返事してもよいって思ってるんだけど、お父様が慎重に決めろって譲らないのよ。」
「父上も心配なんだろ。それでお前はこの婚約受ける気なんだろ?」
「えぇ、そのつもりよ。断る理由なんてないもの。それにしてもお父様ちょっと変よ、どうしちゃったのかしら。さっきも気になる人はいないのか。とかデイヴのことをどう思ってるのかなんて聞くのよ?」
思わずエドが噴き出したところにクレアがお茶を持ってくる。
気を取り直し、ミルクティを一口飲む。
「うまいな。クレアありがとう。たまにはこういうのもいいな。」
クレアは微笑む。
「それで、父上がそんなことを?…で何て答えたんだよ。」
「好きな人も気になる人もいないし、デイヴは子分みたいなものって言ったの。」
ミルクティを噴き出さぬよう堪えた自分をほめたい。そして、軽く目眩がする。かわいそうなデイヴ、お前なんて女を好きになったんだ。
「お前、子分って…もっと言い方あるだろう、友達としか思えないとかさ。」
「え、そう?じゃあ、弟子とか?だって弓だって私が手ほどきしたのよ。それで軍に入ったんだから感謝してほしいわ。」
「はぁぁ…そう言うなよ、あれでも令嬢達に人気あるみたいだぜ?」
「そうみたいね。デイヴと目を合わせたら、ダンスのお相手に睨まれちゃったわ。」
「あぁ、なんか気が強そうな娘と踊っていたな。俺はあぁいう娘はダメなんだよな。」
「そんなこと言ってるから婚約者が見つからないのよ。」
「慎重に吟味してるんだよ。そういえば、来週王城に行くんだろ?」
「え、何も聞いてないけど…」
「さっき父上と話してたんじゃないのか?」
「あぁ、途中で帰ってきちゃったのよね。」
「お前なぁ…とりあえず、俺の話は以上だから父上のところに行ってこいよ。」
「そうねぇ…気が進まないけどそうするわ。」
「じゃあ、俺はもう行く。」
部屋から出たエドは大きくため息をつく。
デイヴ、兄として詫びる。
ふぅー。怒られるかしら。
父の書斎をノックする。
「お父様、入るわよ。」
「話の途中で帰りおって・・・座りなさい。続きだが、国王陛下より王城へお招き頂いた。要はルーカス殿下とお前の顔合わせだ。少しずつお互いを知って、それから決めればよいとのことだ。」
「かしこまりました。お話はそれでおしまいでですか?」
「それだけだが、お前は本当に淡々としているな…」
「お父様の教育の賜物ですわ。それでは失礼します。」
とはいえ、さすがのエレンも内心はドキドキするものである。
来週殿下とお会いするのね…どんな方なんだろう。エド兄様が親しくするのだから悪い人ではないと思うけど。でも気にしてばかりいても仕方ないものね、なるようになるわ。
…それより憂鬱なのは明日だわ。皆もう知っているのよね、どんな顔をして学園に行けばよいのかしら。それに明日は魔法史の授業があるからソフィーに会うのね。
リーナの言葉を思い出すとチクりと胸が痛む。
皆、ソフィーがルーカスの婚約者になると思っていたのだ。エレンだけではなくソフィーにも好奇な目が向けられるのは確実である。それにきっとソフィー自身もルーカスの婚約者になると思っていたであろうに、突然現れたエレンに婚約者の座を奪われてしまったのだから、不本意だろう。
あぁ、気が重たい…
そう思いながら眠りについた。




