13.始まりの夜~エド編~(2)
ソファーに座ると、レオナルドは真剣な顔でエドを見つめる。
「何から話すべきか。」
レオナルドは黙って天を仰ぎ、何か考えているようだ。
「そうだな、単刀直入に言おう。…エレンがルーカス殿下の婚約者に内定した。」
「エレンがルーカス殿下と婚約!?」
「あぁ。その件で先ほど国王陛下にお会いしていたのだ。国の機密に関することもあるので全てを話すことはできないが、16年前にエレンが生まれた次の日、国王陛下からお呼びされ、エレンとラッセル家のソフィア嬢をルーカス殿下の婚約者候補にしたいと告げられたのだ。この話は国王陛下とラッセル宰相と私の三人だけの秘密であり、娘たちには伝えられていなかった。そしてエレンとソフィア嬢が16歳になったら、どちらが婚約者になるのか決めるとのことだった。」
「生まれたときから決まっていた…」
「そうだ。エレンには今まで縁談の話が山のように来ていたが、全てお断りしてきたのはその為だ。そして、今晩エレンが婚約者に内定したのだ。まだ正式な婚約者ではないが、これからエレンのことは婚約者と同等の扱いをしていただけるようだ。」
「それはおめでとうございます。エレンもルーカス殿下の后になれるなんて幸運ですね。婚約の儀はいつごろ執り行われるのですか?」
「まだ詳細は決まっていない。急な話でエレンも混乱しているだろうからと、返事はまた後日ということだ。エレンが返事をした後に婚約の儀の日程など決めるのだと思う。」
「エレンが婚約を受けるかどうかの決定権を持つのですか?それは…異例なことですよね。」
「そうだな。国王陛下のお心遣いだ。」
「しかし、お相手がルーカス殿下であれば、迷う必要もないかと思いますが。」
「うむ。そうだな…」
そう言いレオナルドは黙ってしまった。
「…ルーカス殿下は素晴らしい方だ。それにエレンは私が殿下と結婚を勧めれば、このお申し出を受けると思う。しかし、出来ることならエレンの望む結婚をさせたいのだ。私とオリヴィアはお互いに想い合って結婚したから、愛する者と共に歩む、その幸せを感じているんだ。」
「父上、お言葉を返すようですが、エレンにはそのように想う相手はいないと断言できます。それにエレンは貴族の娘の役目をよく理解しています。だからドライと言うか、愛とか恋とかに夢を見ていないところがあると思うのです。」
「そうか、そうだな…それでもせめて愛してくれる相手と結婚してもらいたいんだ。…いや、それも親のエゴなのかもしれんな。」
「いえ、父上のお気持ちはよくわかります。ただエレンも賢い子ですから、自分にとって何が一番幸せなのか考えるよう導けば、自ずと結論を出すのではないでしょうか。」
「そうだな。エレンはもう子供ではないんだな…ありがとう、エド。遅くまで悪かったな。もう休んでくれ。」
「いえ、私もエレンが心配ですから。父上もお疲れでしょうからお休みになってください。」
レオナルドはうなずいて部屋を出る。
…なんだかすごい日だな。一体どうなってるんだよ。
あぁ、デイヴに何て言ったらいいんだ。エレンとデイヴが結婚したらいいんじゃないかなんて思ったこともあったけど、それはエレンに婚約者がいなかったときの話だ。しかも相手がルークだなんて思っても見なかった。どう考えても勝ち目がないよな。
エドとルーカスは同い年で友人関係にある。幼い頃は特別親しいわけではなかったが、軍の幹部養成学校に入学してから意気投合し、厳しい訓練を共に乗り越えた言わば戦友である。現在はルークは大将、エドは大尉と上司と部下の関係だが、ルークがエドに意見を求めることもあり強い信頼関係で繋がっている。また職務以外でも共に行動することが多く、ルークの友人の中で一番親しいと言っても過言ではない。
色々と考えていたら空が明るくなり始めている。
嘘だろ。一睡もできなかった。あぁ、めでたいはずなのになんでこんなに憂鬱なんだよ。
軽くシャワーだけ浴びて馬に跨がる。こんな時は馬を走らせるのが一番だ。
ひんやりとした朝の風がエドの頬を撫でる。
エドには俺から伝えよう。
そう心に決め城へ向かって馬を走らせる。
デイヴは休日でも弓術場で練習をしている。きっと今日も来るはずだ。
どんな風に伝えようかとあれこれ考えていたら、予想よりも早くデイヴが現れた。心なしかスッキリした顔をしている。まさかもう知っているのか?それでもう吹っ切れたのか?なんて淡い期待を込めたがそんな訳もなく、事実を伝えたら死にそうな顔をして立ち去ってしまった。
「まったく損な役回りだよ!」
二時間経っても戻ってこない。いや、もう帰ったのかもしれない。
でも、それにしてもあのデイヴの様子は心配だな。…探しに行くか。はぁ、俺もお人好しだよな。
デイヴの行きそうなところを重点的に捜していこうと思ったが、最初に目星をつけた場所でデイヴを見つけてしまった。
あのワンパターン野郎め、お前の考えることなんて大体わかってるんだからな。ったく、あんな場所で寝てやがる。熱中症にでもなったらどうするんだよ。
デイヴに声をかけるが反応がない。
体が熱い。やっぱり熱中症じゃねぇか。どうする?とりあえず、頭を冷やしたほうがいいのか?
手拭いを濡らし、頭に載せてやろうと思っていたのに、なぜか滝のような水がデイヴに降り注ぐと、デイヴは飛び起きた。
やっぱり水系の魔法は苦手だ。でもデイヴが目を覚ましたから良いとしよう。
デイヴを送り届けた後、デイヴの馬に乗ってゴードン家に届ける。再び城に戻って今度は自分の馬で屋敷へ帰る頃には、もう正午を過ぎていた。
長い一日だよ。あぁ、腹減った。何か適当に食べてもう今日は休もう…
馬を置いて屋敷へ入ろうとするが、背後から殺気を感じて反射的に振り向く。
あっ…しまった。
怒りで赤黒くなっているマットが立っている。剪定の手伝いをすっかり忘れていた。
「あ、あの、マシューさん?ごめん。これには訳があっ…」
「エドぼっちゃま!?言い訳不要!さぁ、着いてきてください!」
「マット!俺昨日の夜から何も食べてないんだよ!頼む!何か食べさ…」
マットの無言の圧に耐えられずだんだん声が小さくなる。
「はい、あ、直ぐに行きますね。」
エドの長い一日はまだ終わらない。




