12.始まりの夜~エド編~(1)
ギリギリ間に合った。エレンのおかげでマットに捕まってしまい輝星祭に遅刻するところだった。しかも明日は一日中剪定の手伝いをすることになってしまった。
足早に会場に入ると早速令嬢たちに囲まれてしまった。エドは今年で 19 歳になるが、まだ婚約者がいない。父レオナルドによく似た凛々しく整った顔立ちで、控え目に言ってなかなかの男前だ。国王軍に所属し、将来の幹部候補ということもあり、令嬢たちはエドをロックオンし、我こそはとアピールを始める。
23歳になる嫡男のウィリアムは子供の頃から婚約者がおり、二年前に結婚したが、エドとエレンに関しては若干放置気味だ。貴族としては珍しく、父と母が恋愛結婚していることもあり、うちの家は自由恋愛 OK ということなのだろうか。とは言え、そろそろ婚約者を見つける必要がありそうだ。言い方は悪いが、自分を取り囲む令嬢たちを品定めしてみたが、好みの令嬢はいないようだ。今日は国中の貴族が集まるので誰かしら好みの令嬢が見つかるかと期待していたが、幸先は悪い。時間は無駄にできない、次へ行こう。彼女たちのプライドと機嫌を損ねぬよう、スマートにその場を後にする。エドの名誉のために追記するが、ちゃらちゃらとした女好きではなく、真剣に伴侶を吟味しているくそまじめな男なのだ。
周りを見渡すとデイヴの姿が見えた。最近背が伸びて体つきもだいぶ男らしくなってきたが、柔和でかわいらしい顔は昔のままだ。そんなデイヴも令嬢たちに人気があるらしく熱い視線を送られている。
でもデイヴはエレン一筋だからな。昔はよくデイヴをからかって遊ぶと必ずエレンが飛んできたっけ。そんなエレンのことを昔からあいつは大好きだったな。
泣き虫弱虫のデイヴが、強くなろうと努力していたのを見てきた。それが誰のためなのかも幼馴染たちは皆知っていて、健気なデイヴを皆陰ながら応援していたのだ。しかし、その想い人は最高に鈍感なため、デイヴの気持ちに気が付くことはない。エレンに単刀直入にデイヴについてどう思っているのか聞こうかと思ったこともあるが、おそらく残酷な答えが返ってきそうなので聞くのはやめた。どうせ弟とかよくて友人としか思っていないだろうから。きっとデイヴが地道にエレンを振り向かせるしかないのだ。
そんなことを考えていたら、デイヴが令嬢たちのもとを離れようとしていた。少々強引ではあるが。
誰かを探しているようだ。さっきからあちらこちらをウロウロしている。最終的には頭を抱えてしまった。
「おぅ、デイヴ何やってんだ?体調悪いのか?」
デイヴはぱっと振り向き、キラキラした目でエドを見ている。そんな表情を向けられたことはいまだかつてない。どうやら父上を探しているようだが、ハミルトン副宰相とどこかに行ったと伝えると、絶望的な顔をする。エレンの所在も知らないと言うと、もう用はないとい言わんばかりに無表情で足早に立ち去る。
俺が何をしたって言うんだよ。
それにしてもあれだけデイヴが想いを寄せているのにエレンはなぜ気が付かないのか。ばかなのか。昔のデイヴのイメージがなかなか抜けないが、ここ数年のデイヴは外見も内面も大きく成長したと感じる。妹を任せてもよいのではないかとさえ思ってしまう。生意気な妹ではあるが、幸せになってもらいたいと思うのが兄心であって、エレンとデイヴの結婚についても真剣に考えてしまったりする。エレンはあんなだし、俺から父上に進言したほうがよいのだろうか…エレンは恋愛に興味はなさそうだし、真面目というか堅物というか、父の決めた結婚相手に文句は言わないであろうから。デイヴのならエレンを大切にしてくれるだろう。
「エド!」
背後から先ほど去っていったはずのデイヴの声がするので驚いて振り返る。どうやら弓術場にエレンの姿がなかったようだ。取り乱すデイヴの姿を周囲は好奇の目で見る。
取り敢えず場所を変えようと促し、人気のない場所へ移動した。
話を聞くと、デイヴが弓術場に着くとそこにエレンの姿がなかったらしい。しかし、エレンが来た形跡があったのでエレンが通ったであろう道を引き返したが、道中でも会えず、会場にもいないということらしい。
どういうことだ…まさか誰かに連れ去られた?いや、エレンに限ってそんなはずはない。しかし万が一ということもある。内密に動くのがよいな。
デイヴには弓術場周辺をもう一度探すよう指示し、自分は父と兄に報告をしなくてはならない。
ウィルはすぐに見つけることができた。妹を可愛がっている彼はひどく心配してすぐに会場周辺を探しに行った。しかし、レオナルドの姿がない…すると化粧直しから戻った来たのであろうオリヴィアの姿が見えた。
「母上!」
「あら、エドどうしたの?大きな声なんて出して。」
「父上はどちらにいらっしゃいますか?」
「レオはハミルトン副宰相と出たきり戻ってないわ。遅くなるから先に帰るようにと言われているの。」
「そうですか…エレンは見ませんでしたか?」
「エレン?見てないわ、何かあったの?」
「いえ、何も…」
「そう、じゃあ宴を楽しみなさいね。」
オリヴィアはにこにこしながら会場へ戻る。
母に余計な心配を掛けるわけにはいかない。エレンはいったいどこに行ったのだろうか。屋敷に戻ったという可能性もなくはないか。まず馬車を確認しよう。
城を出るとずらりと色とりどり様々な馬車が並ぶ。華美な装飾の馬車が多い中、アストレイ家の馬車は代々黒一色に統一しているため見つけやすい。黒一色といっても質素なものではなく、緻密な彫刻が施されている豪華なもので、レオナルドの自慢の馬車だ。
エレンの馬車がない…
考えていると若い衛兵から声を掛けられる。
「アストレイ大尉!お疲れ様です!」
「ご苦労。アストレイ家の馬車が一つ足りないのだが、誰かここから出ていった者を見ていないか。」
「お父上のアストレイ軍務大臣がいらっしゃいましたが、馬車には乗らず御者と話されて取りました。そのあと誰も乗せずに馬車が出ていくのを見ました。」
「ありがとう。助かる。」
父上がエレンの馬車を返したのか…
母上には先に帰るように指示したようだから、自分は空間移動で戻るつもりなのだろう。城から屋敷までの距離ならあと一人くらいは一緒に移動できるだろう。と言うことはエレンは父上と一緒の可能性が高いな。それなら安心だ。とりあえず皆心配しているから会場に戻ろう。
会場に戻るとウィルが心配そうに駆け寄ってきた。
「父上ががエレンの馬車を帰したらしい。多分二人は一緒で、帰りは空間移動で戻るつもりなのだと思う。ヴィオラ達にも伝えてくれ。」
「父上と一緒か。ひと安心だ。わかった、伝えておく。」
エドは弓術場に向かい、エレンはレオナルドと一緒にいるであろうことを伝えた。
まだ顔色は悪いが、だいぶ落ち着いたようだ。
会場に戻り、デイヴを強引に馬車に押し込んだ後、自分も屋敷へ戻る。
「エドワード様おかえりなさいませ。」
「クレア、まだ起きていたのか。エレンは父上と一緒のようだ。帰りが遅くなるみたいだから先に寝たほうがいいぞ。」
「ありがとうございます。もう少し待っております。何かお飲み物でもお持ちいたしましょうか。」
「それじゃあ、水を持ってきてほしい。のどが渇いて仕方ないんだ。悪いな。」
水を一気に飲み干す。
頭の中はレオナルドとエレンのことでいっぱいだ。
なぜエレンが父上と一緒なのだろうか。そしていったいどこにいるのだろうか。思い当たることはないが…うーん。もしかして誰かから縁談を持ちかけられたとか?いや、こんな夜中にする話でもないだろう。
考えをめぐらせているとドアが開く音がしたので思わず駆け出す。
レオナルドとエレンの姿を確認すると安堵感に襲われる。
二人とも疲労の色が見えるがいったい何をしていたのだろう。しかも父上が自分に話があるとは何だろう。
二人でエドの部屋へに向かう途中、クレアが小走りで近づいてくる。
「旦那様、お帰りなさいませ。エレンお嬢様はご一緒ではないのですか?」
「エレンは先ほど部屋に戻ったぞ。」
「そうでしたか。旦那様、何かお飲み物でもお持ちいたしましょうか。」
「いや、結構だ。ありがとう。遅くに申し訳ないが、エレンを手伝ってやってもらってもいいか?」
「かしこまりました、それでは失礼いたします。」




