10.始まりの夜~デイブ編~(1)
――――――――なんで…どうしてエレンなんだ。
春とは思えぬうだるような暑さの中、芝生に寝転がると額にじりじりと汗が滲む。
もうこのまま消えてしまいたい…そう思って目を閉じる。
今日はいよいよ輝星祭だ。特別な祭典だが、今年は自分にとっても人生を決める特別な日だ。エレンに結婚を申し込む、そう決めていたのだ。
王城はいつも以上にきらびやかで人々は賑やかに笑い合う。
会場をぐるりと見回してみたが、まだエレンは来ていないようだ。しかしまずはアストレイ侯爵に求婚の許しを得なければ。
人がごった返す会場で目を凝らしてアストレイ侯爵を探すとデイヴから丁度対角線上の壁際に姿が見えた。
お一人でいらっしゃるようだ。今がチャンスだ。
アストレイ侯爵に向かって足早に進む。
「あ、あのぅ・・」
振り返るとデイヴより少し年下に見える令嬢の姿がある。初めて見る少女だ。
「どうかされましたか?」
「突然声を掛けて申し訳ございません。私、アメリア・ミラ・グレイと申します。」
「デイヴィッド・リアム・ゴードンです。グレイ家と言うと、軍務省のグレイ伯爵のご令嬢ですか?失礼ながら、どこかでお会いしたことがありましたか?」
アメリアは真っ赤になる。
「い、いえ。お会いするのは初めてでございます。おっしゃるとおり父は軍務省に勤めておりまして、デイヴィッド様のお噂を聞いていたものですから…あの、一度お話してみたくて…」
「この春から軍に所属したばかりで、グレイ伯爵にもご迷惑をおかけしているでしょう。申し訳ないです。」
「そんな!ご迷惑など…弓の名手でいらっしゃると聞いておりました。」
「そうでしたか。弓の名手とは買いかぶりすぎですよ。でも、ご迷惑をおかけしていないのであればよかったです。」
デイヴィッドがにこりと笑うと、アメリアはこれ以上赤くなれないというほど赤くなっている。
「私、今日が社交界デビューなのです。何か失礼があったらおっしゃてくださいね?」
「そうだったのですか。私も初めての輝星祭は緊張しましたよ。今晩が素敵な夜になるとよいですね。それでは、私は失礼させ…」
「あ、あのっ、一曲目は私と踊っていただけませんか?」
「へっ?」
挨拶を済ませ早々立ち去ろうとしたのだが、ダンスを申し込まれてしまった。しかしレディからの申し出、しかも今日が社交界デビューで不安そうにしている彼女を放って置くことはできない。
「私でよろしければ、よろこんで。」
すると口火を切ったかのように、デイヴの周りに次々と人が集まる。
「次は私と踊っていただけませんか?」
「その次是非は私と!」
「デイヴィッド君、君の噂は聞いているよ。実は私に娘がいるのだが…」
なんということだろう。一刻も早くアストレイ侯爵を捉まえなければならないというのに…
デイヴは人々に囲まれてしまい、アストレイ侯爵に会うことができないままダンスが始まってしまった。
あぁこんなところで足止めを食らっている場合ではないのに…
そんなデイヴの焦りも露知らずアメリアはうっとりした顔でデイヴを見つめている。
踊っている最中、エレンを見つけた。相変わらず美しい。
エレンもデイヴの視線に気づいたようで、こちらを見て微笑む。デイヴも微笑を返し、声には出さずに「弓術場で会おう。」と言う。
本当はエレンとも踊りたいところだが、エレンも多くの男性から申し込みを受けているだろうし、まずはアストレイ侯爵が最優先だ。
ふとアメリアを見るとぶすっとふくれっ面だ。しまった…
「あー…アメリア嬢はダンスがお上手なんですね。私はダンスが苦手なのでやり辛くはないですか?」
「ありがとうございます。ダンスは幼少の頃から高名な先生にご指導いただいておりますの。この日のために練習してきたと言っても過言はないですわ!私の社交界デビューで一番最初にデイヴィッド様と踊っていただけて光栄ですわ。あのぅ、エイミーと呼んでくださりますか?」
「こちらこそ光栄だよ、エイミー…」
エイミーの機嫌は直ったようだが、女とはめんどくさい生き物だ…
慣れないダンスでへとへとになりながらもやっと休憩になったが、また囲まれてしまった。このままでは、アストレイ侯爵に会えないまま終わってしまう。少々強引だが仕方がない。
「喉が渇いたので飲み物をもらってきますね。」
すると話をしていた令嬢の一人が、飲み物をサーブしているボーイに声を掛けようとしたので、
「おかまいなく!自分で取りに行きますので!!」
と爽やかな笑顔で小走りで逃げていった。
しかし、いない!どこにもいない…頭を抱えていると後ろから声を掛けられた。
「おぅ、デイヴ何やってんだ?体調悪いのか?」
「エド!いいところに!アストレイ侯爵はどこにいらっしゃる?」
「父上?そういえばハミルトン副宰相とどこかに行ったぜ。」
目の前が真っ暗になった。
輝星祭の前に話をしておくべきだった…自分の段取りの悪さにイライラする。昨年の輝星祭までは、自由に過ごせていたが、軍に入隊したら自分に対する周りの評価がガラッと変わったのが大誤算だった。
しかたない、先にエレンに求婚し、そのあとアストレイ侯爵に許しを得よう。
「…エレンは?」
「エレンも見ないな。もう弓術場に忍び込んでるんじゃないか?お前たち本当に気を付けろよ。一応あそこは機密区域なんだからな。」
「…オーケイ。気を付ける。ありがとう。」
そう言って、弓術場へ向かって走り出す。
エレン…早く会いたい。
幼い頃は小柄で内向的な性格でよくからかわれたりしたものだ。その度にエレンは守ってくれた。
「デイヴ、泣かないの。エレンが守ってあげるから。でも大人になったらエレンのことを守れる王子様になってね。」
幼いエレンはそうデイヴに言ったのだ。
その言葉を胸に、強い男になれるように努力してきた。エレンは女性の中では長身の類にはいるが、二年ほど前にやっとエレンの背丈を追い越した。そのとき、エレンの16歳の誕生日にプロポーズをしようと決めたのだ。
走って五分もかからなかったはずだが、とても長い時間に感じた。
「エレン?」
小声で声をかけるが反応がない。
エレンの弓矢は麻袋に入ったままだ。
まだ来ていないのか?いや、おかしいな。僕のロッカーに入れたのに位置が変わっている…エレンはここに来たけれどまた会場に引き返したということだろうか…抜け道を使うんじゃなかったな。入れ違いになってしまった。
麻袋を自分のロッカーに戻し、急いでエレンが通ったであろう道を進む。
会場に着くとヴィオラ達の姿が見えた。
「ヴィオラ、エレン見なかった?」
「エレン?さっきから姿が見えないのよ。てっきりデイヴと一緒だと思ったのだけど…」
「え?」
エレンは先ほどデイヴが通った道しか知らないはずだ。どういうことだ…
エドの姿が見えた。
「エド!」
思わず叫ぶ。
エドは驚いたように振り向く。
「デイヴどうした?エレンは?」
「いないんだ!弓術場にも!」
「デイヴ、とりあえず場所を変えよう。」
デイヴの焦る様子に、周囲の視線が集まっていた。
「エレンがいないってどういうことだ?」
「あの後すぐに弓術場に行ったんだけど、姿がなかったんだ。エレンが来た形跡があったから会場に戻ったのかと思って、引き返したんだけどヴィオラ達も知らないっていうんだ。」
「違う道できたんじゃないのか?」
「いや、エレンはあの道しか知らないはずだ。」
エドは難しい顔をしてしばらく考え込む。
「デイヴ、この件はあまり騒ぎにしたくない。エレンにもし何かあったら、エレンの将来にかかわるかもしれないから内密にしてほしい。デイヴは弓術場周辺をもう一度探してくれ。俺は父上とウィルに伝えてくる。」
「エレンに何かあったらって…」
「大丈夫だ。アストレイ家の娘だぞ。武術の英才教育を受けているから、そんじょそこらの奴にはかなわないぜ。じゃあ、頼んだ。」
そう言って足早にその場を去っていった。




