プロローグ
降り止まない雨に湿気てる空気
そろそろ風鈴の音が聞こえてくる季節だな‥と、
昔夏祭りのくじで当たったサッカーボールのキーホルダーを見つめながら思った。
もうあれから、4年が経ったのだ。
中学2年の夏、僕は毎年恒例である宮城県の祖父の家に来ていた。まだ受験生でもないし、お盆で部活も休み。
家族に連れられてやってきた田舎。やることと言ったらゲームくらいだ。
「けーいくん!夏休みの宿題終わった?なにやってんの?」
夏に響く風鈴のような声でそう聞いてくるのは祖父の家の隣に住む同い年の三浦桜乃だ。
小さい頃から夏休みはこいつと過ごすのが当たり前になっている。
パステルイエローのピタッとしたTシャツにショートパンツ。そこから伸びる白くて細い手足。肩下まで伸びた茶色がかった髪と、同じ色の色素の薄いぱっちりとした瞳。
視界の隅に無防備な姿を映して、視線をゲームからそらさずに答える。
「‥終わってない。ゲーム」
「え〜まあいいけど!‥それ、東京で流行ってるゲーム?」
東京からやってくる俺に、東京のことを教えて!と言って話しかけてくる。
「いいなあ、東京!わたしも行きたいな〜!」
そう言いながらお互いがくっつきそうなほど近くに座って言う彼女に僕は、
「‥別にこっちと大して変わらないケド。それにゲームの流行なんて全国共通なんじゃないの?」と、わざと冷たく答える。
幼い頃は仲が良かったらしいが、もう僕たちは幼くない。
今も変わらずに幼い頃と同じように接してくる姿にイライラした。僕はこの無邪気で、無垢で、表情がコロコロ変わる万華鏡の様な女が嫌いだ。
「‥ふ〜ん」
「2人とも〜お昼よー!」
祖母のその声で2人で昼食へ向かった。
「そういえば今日、神社でお祭りだってよ」
祖母がそう言うと、「あ、そうだった〜!蛍くん何時に行く?」当然のように僕と行く気でいる。
「は?やだよ、学校の友達と行けばいいじゃん」
「なんで〜蛍くん一緒に行こうよ〜」
「そうよ!蛍もゲームばっかりしてるんだから、たまには外行ってきなさい!」なんて祖母と母に言われ渋々ついて行くことになった。
まだ少し明るい、昼と夜の間。眩しすぎる太陽が少し隠れて 赤と青のコントラストが綺麗な特別な時間。徐々に空気が涼しくなってくる。
「蛍くんおまたせ」
紺地に赤い牡丹の花が映える浴衣を着て髪をアップにした桜乃がそこにいた。
暗くなりかけた空に、太陽のように眩しく光る笑顔を見て 僕はやっぱりこいつが嫌いだと思った。
神社までの道のり、桜乃が何か話していたが全く頭に入ってこなくて 適当に相槌を打った。
祭り会場には屋台がいくつも出ていて お腹を満たしたあとに桜乃が見つけたくじ引きをやるとこになった。
「ねえ、蛍くん!もし、あのぬいぐるみが当たったらわたしにちょうだいね!」一等と書かれた札が貼ってあるぬいぐるみを指差して桜乃が言った。あんなぬいぐるみのどこがいいんだ?と思ったが、まあ当たるわけないし‥と思いながら2人でくじを引く。
「あ〜106番だって」
「はいよ!お嬢ちゃんはコレだね」と言って屋台の親父が差し出したのは サッカーボールの付いたキーホルダーだった。
「残念〜蛍くんは?」
心底悔しそうな桜乃の横でくじをめくると
「‥52」
「はいよ!坊主はこれだ!」
そう言って差し出されたのは 一等のぬいぐるみのキャラと同じ小さなキーホルダーだった。
「‥やるよ、小さいけど」
「え!いいの?やったあ!」
どこがいいのか理解不能なキーホルダーを持ちながら桜乃は嬉しそうに笑った。
「あ!じゃあ、わたしのを蛍くんにあげる!蛍くんサッカー部でしょ?カバンに付けなよ!交換ね」
そう言ってサッカーボールの付いたキーホルダーを僕の手の中に入れた。
「ダサ‥絶対付けない」そう言うとケラケラ笑いながら歩き出した。
その時、「あれ?三浦じゃん!‥ってお前、デートかよ?」なんて声が聞こえてくる。桜乃の学校の同級生だろう。
「違うよ!東京から夏休みの間に遊びに来てるお友達!黒川蛍くんって言うの!」
と、少し怒りながら言う桜乃になぜか腹が立った。「へぇ〜」とニヤニヤしながらまだしつこく絡んできそうな奴らに
「じゃあ、帰るから」と言うと
「あ、待って蛍くん!」と小走りで追いかけてくる桜乃。
帰り道、「さっきはごめんね?‥でも、楽しかったね〜」と言いながら少し後ろを桜乃が歩く。
その笑顔が眩しくて、風鈴のような澄んだ声にイライラしてつい「ほんとお前といるとめんどくさい。学校にも友達いるんだから 今日だってそいつらと来ればよかったんじゃない?お前の笑った顔とか声とか嫌いなんだよ」なんて、さっきの苛立ちをぶつけてしまった。
しまった‥と思い振り返った時にはもう遅くて
驚いたように悲しそうに固まる桜乃の姿があった。
「あ‥ちが‥」そう言いかけた時、
突然空が光って
気付いたら僕は
東京の自分の部屋にいた。
宮城県にいたはずなのに自宅にいることに驚き両親に尋ねると、3日前に帰ってきたと言われた。
寝ぼけているの?と母に言われればそんな気がして
僅かな疑問を残したまま、その年の冬に祖父母が亡くなり 翌年から宮城へは行かなくなった。
僕はあのときどうして"1人で"祭りになんて行ったんだろう。宮城県には知り合いもいない。
何か、大事なことを忘れている気がしたが、それがなんなのかわからず祭りで当たったサッカーボールのキーホルダーをカバンに付けた。
部屋にある風鈴が綺麗にチリンと響いた。