生活費の確保
「頭が・・・痛い・・・」
世界放送であんな姿を晒したのだ。
恥ずかしさでつい飲みすぎてしまった。
「また飲みすぎたねー」
「パパさま、大丈夫?」
知らないテントの中、モフモフ布団を取り出して寝ていたようだ。
・・・あれ?ギンガムチェックのパジャマなんて縫ったっけ?
この着心地は俺のハンドメイドで間違いない。
それより・・・。
「はぁ・・・テオ、何とかならないかな・・・」
「二日酔い?」
「じゃなくて・・・アペリティフのみんなのこと」
テオドールには関係ないことだが、聞いてしまった。
状況はわかっても解決する方法が簡単に浮かぶわけじゃない。
「んーとね、何とかなるよー」
「なるのかよ」
ガバッと起き上がる。
さすがノームの末裔。
「うん。僕が魔石を買い取る。それで解決!」
「あーなるほど」
ミルドレウスからお小遣いと呼べないほどもらってたからな。
お父様たちが持ち出した魔石を買い取って貰えばしばらくの生活費になるだろう。
「でもいいのか?魔石だけあってもテオに利益がないだろ」
「うーん、使い道もあるよ。あんまり上手じゃないけどねー」
「そうか。・・・そうしてくれるなら有難い」
今はテオドールに甘えよう。
でも今後だよな・・・。
お金だけあっても難民として消費し続ければすぐに尽きてしまう。
「生活費があるうちに、お父様たちに職を見つけないとな」
「ディーが前にしてたみたいにみんなで露店やるとか?」
「うーん・・・村人たちも含めて、アペリティフは戦闘スキルが多いんだ。・・・というか、ほぼ戦闘スキルしかいない」
「戦闘スキルだと露店できないの?」
「まぁ、そうだな。売れる物を作るってことで言えば、戦闘スキルは商業スキルには敵わない。戦うしか稼ぐ方法はないんだ」
ソーイング持ちの俺が作れば売れる物はできるだろうが、村人全員を賄うだけの売上は見込めない。
なにしろ服飾スキルは商業スキルの中でも数が多いんだ。
どこにでもあるスキルでどこにでもある物を作っても、収益なんてたかが知れてる。
「戦うしかないって、アペリティフって何を産業にしてたの?」
「戦闘要員として国から補助金が出てたからそれで生活してたな。あとは畑仕事くらいか」
「わー傭兵みたいだね」
みたいというか、傭兵だ。
20年前の戦争でアペリティフを領土として貰い受けた。
戦闘スキルばかりだから、物が壊れれば隣の領土に依頼して職人を派遣してもらっていた。
なんでこんな不自由なスキルが重宝されるのかといえば、戦争があるからだ。
戦闘スキルは商業スキルが作った物を簡単に奪っていく。
だから国は戦闘スキルを一定数抱えていないと成り立たなかった。
戦争して略奪はさせたくないが、国からは見捨てられててお金がない。
獣狩りすら職としてなくなったし、指名手配で他国の出稼ぎにも行けない。
獣は肉にできるが、野菜や日用品が足りなくなる。
井戸すら使わせてくれないここグリーティスで、勝手に土地を耕して畑を作るわけにもいかない。
「・・・かなり詰んでる」
考えれば考えるほど状況の悪さが際立つ。
「んーこのあたりにダンジョンなかったはずだから、作ってみる?」
「え?作れるのか?」
「うん。ほら、ここに来る前に不思議な鉱石拾ったでしょ」
絶壁下った所にあったあの白い石か。
「いいなそれ!ダンジョンを作って、みんなに働き口を・・・いや、ダンジョンなんて作ったら前線でくすぶってる連中が何をするか」
すぐ近くで睨み合うベラルーラの東部戦線とイルミティアの西側前線基地。
ダンジョンができたなんて知れればこの土地を巡る新しい火種になる。
下手をすれば戦火が及ぶのはこの地域だけに留まらない。
また戦争が起きる・・・それはちょっとな・・・。
「んーこのあたり魔素も溜まってて整備しないとおかしくなりそうなんだよねー。隠しダンジョンにして、みんなだけ入れるようにしたら?」
隠しダンジョン?!
「そんなことしていいのかよ、俺は助かるけど」
「僕は魔素が減らせればそれでいいんだよー」
「ノームの末裔としての使命は果たせるだろうが、タダ働きなんてさせられるか」
利益がないってことは、自分の働きに対する報酬がないってことだ。
テオドールが損するのは頂けない。
前に自分で稼ぎたいって言ってたし、俺も自分の都合でテオドールからお金を毟るのは性にあわない。
「それならちょっと離れた地域で魔石売ればいいんじゃない?穴掘ってビートバンに乗ればあっという間だよ」
「・・・あれに乗るのか。・・・とりあえず、うだうだ考えてもしょうがない。金になりそうなことは進んでやっていこう」
できるだけ、あれに乗らない方向で考えよう。
「あ!ダンジョン作りなんて初めてだから、お父様にアドバイス貰おう!」
お、ちゃんと人の話を聞くようになったな。
深紅の鉱石を取りに行った時とは大違いだ。
テオドールが光を地面に投げた。
そのうち返事が来るだろう。
「俺のお父様にも説明しないとな。作っても戦闘できなきゃ無駄になるし」
それに隠しダンジョンにするなら口止めも必要だ。
こんな貧困に陥ってもお父様と一緒にいてくれた人たちだ。
軽々しく人にばらしたりテオドールたちを売るようなまねをする人はいないだろうが・・・。
「よし!早速ミハイルさんたちのテントに行こう!ほらディー早くー」
「パパさま、行きましょう!」
人を疑うってことをしたことがないのか。
いや、最初に会った時は多少警戒心はあったように思う。
俺の家族だから信頼してるのかな。
「・・・怪しい人がパーティーにいないことを祈ろう」
「ディー、早くー。何でニヤニヤしてるの?」
「パパさま、いいことあった?」
「なんでもー。ほら行くぞー」
俺たちはお父様のテントに向かった。
「ダンジョンに、ノームの末裔か・・・」
お父様は難しい顔をしている。
テントの中、みんな貴族モードだ。
「俺も魔物作りを手伝っています。ですが、作られた魔物を退治する戦闘スキルがなく、魔物を倒すために人をダンジョンに呼び込んで倒しています」
「魔素を晴らすために魔物を作り、それを管理するのか・・・そんな存在がいることなど知らなかった。魔物は魔物の中で繁殖したり、床から湧いて出る物だとばかり考えていた」
「上級ダンジョンで戦闘してきた皆さんなら隠しダンジョンでも十分戦えると思いますよ」
テオドールもさっきまでのふわっふわな会話が嘘のようにキリリとしている。
「お父様は剣で、隊長は大剣で・・・あとみんなの武器は?」
「俺たちはこれっす」
ラースは鎌を2本取り出す。
後ろにいる自警団は鉈や鉞を取り出した。
・・・農具?
それにしては不穏な赤黒いサビが付いてる・・・。
「それ武器なのか?」
「そうっすよ。20年前の戦争もこれで戦ったんですから」
「普通の武器だとすぐ壊れるんで。これ頑丈なんですよ」
「そうそう。こう、頭をぱかーんと・・・」
聞きたくないよ?!
あははと懐かしそうに武器を振り回すが、みんな動作が物騒だ。
「戦力としては申し分ないでしょう。皆さんどうされますか?」
貴族モードのテオドールはスルースキルが高くなっている気がする。
こんな農具振り回す軍隊でおっけーなのか。
ざっと自警団が整列し、お父様が背筋を伸ばした。
「息子をお救いくださった賢者様だ。もちろん職に就かせていただきたい。ディーもよく励みなさい。くれぐれも失礼のないようにな」
け ん じ ゃ !
お父様は精神年齢が6歳なのを知らないだろうけど、・・・そのまま教えないでおこう。
「一つ質問が。それはどのくらいの広さになりますか?ここの住人を移動させたいのですが・・・」
手を挙げたのはエスロットだ。
「難民全員ですか?」
昨日のお帰り会の様子から見て、ざっと50人ほどか。
「実は今朝主都の貴族を始末しまして。すぐに指名手配されるはずです」
「・・・はい?」
さすがに貴族モードのテオドールでもスルーできなかったようだ。
笑顔で固まっている。
俺も固まってしまった。
ちらっとエスロットがお父様を見る。
「・・・すまない。あまりに目に余る態度だったので、つい・・・」
つい、で殺しちゃったの?!
「ここにアペリティフの村人を置いていけば何をされるかわかりません。攻め込まれた時に一時的に隠れる場所だけでも構いません」
戦闘スキルとはいえ、突然攻め込まれれば無事ではないだろう。
「いっそ他の地域に移動するのは・・・」
「アペリティフはイザベラみたいに追われてきた人間がほとんどなんすよ。今更どこにも行けないっす」
「それに、我々はアペリティフの民。あの土地を捨てては行けぬ」
「お父様・・・」
誰も、故郷を捨てる気はなさそうだ。
「わかりました。できるだけ人の住めるスペースを確保してダンジョンを作ろうと思います」
「おお、ありがとうございます」
「さすが賢者様だ」
賢者様と言われるのは初めてなのか、『天才だと褒め慣れている』と言っていたテオドールが照れている。
これから仲良くやって行けそうだ。
「いずれ職人を招いたり、実務のできる者を招かねばならんな」
いつも隣の領土にまかせっきりだったからな。
「そういえばここにいた執事やメイドたちは?」
「あれは主都のレンタルだ」
まじで脳筋の集まりだったんだなアペリティフ。
足りないものだらけで軽く目眩がするが、これからみんなで補っていけばいい。
魔王ドゥールバルトの隠れダンジョンを作るぞ!