トロールクッキング
「これがアーステア原産のイノシシ、準魔物のワイルドボアよ」
「・・・でか」
倉庫には皮を剥がされ、真っ二つにされた冷凍肉が吊るされていた。
馬車くらいの大きな肉塊がいくつも並んでいる。
魔石のない、魔素の影響で大きく凶暴化した獣【準魔物】。
クラーケン同様に食べ物として扱われるようだ。
「早く解体しないと内臓から傷んじゃうんだってー。だから全部内臓抜いて凍らせてるの」
包丁を持ってあははと笑うソフィア。
猫耳メイドが装備していい武器じゃないぞ。
「俺初めて見たよ。こんな大きなイノシシがアーステア大陸にいたんだな」
「え?一般的に食べられるお肉だって聞いたよ?ポトフに入ってた豚バラのブロックもワイルドボアだってー」
「・・・」
俺の思い出の味はこいつだったか・・・。
「それで何作るの?そのまま焼くと結構臭みが強いよー?」
イノシシは雑食のせいか、獣臭さが脂に染み込んでいる。
香草などを使った料理がオススメだ。
・・・だがここですぐにオススメを出したり、雑学披露をしてはいけない。
これは女子との会話なんだ。
文法的に前半はジャブ。
答えるべきは後半だ。
ゴミスキルとして処世術を磨いてきた俺にはわかる。
この程度の『私もこんな事知ってるよ!』に反応できなければ貴族女子のグループで生き残れていない。
「そうなんだー。臭みがあるとか困るね」
これが模範解答だ!
「だよねー。近くの村でニワトリ食べてたって話もあるから鶏肉風味になればいいのにー」
「はは、そうだよなー」
ここで『それは無いだろ』なんて突っ込んではいけない。
さすがだねー。
知らなかったー。
すごいねー。
ぜんぜんだよー。
そうなんだー。
女の子との会話で当たり障りのない対応マニュアルが頭の中で展開している。
持ち上げ過ぎず、スルースキルでも使ってるのか?ってくらい質問に直接回答しない返事の数々。
ちなみに『さすがだねー』は初対面では使わない方がいい。
『お前に私の何がわかってそう言ってるの?』となるんだ。
女の子と会話を楽しんで距離を詰める?
死にに行く戦士のような考えだ。
会話が前進する必要はない。
相手がどんな女子なのかわからない以上、この距離はキープしないとこっちが傷付くんだ。
「ディー君は料理する?イノシシで作れるのってある?」
奴隷商でも料理してたし、上級ダンジョンでも自炊していたから多少はできる。
だが答えるのはそこじゃない。
「そうだなー・・・」
ここで即座に返答してはいけない。
何にする?と聞いておいて、実は答えを用意してる場合や、食い気味に返答すると気持ち悪がられるんだ。
「あ、イノシシのカイエットなんてどうかな?ここにある材料でできるよ」
そしてオシャレな単語を交えつつ、簡単にできるよ!と本命をアピールする。
「カイエット?」
「ミンチを網脂で巻いた料理だよ。野菜やスパイス入れるから臭みも取れる」
ミンチとほうれん草などを網脂に巻いてオーブンで焼いた料理だ。
網脂がパリッと焼けて、野菜入りのソーセージのような食感になる。
ほうれん草がなくてもクズ野菜を細かくして入れたり、耳や足の煮込んだものを細かくして入れても歯ごたえがあって美味しい。
香草があれば入れて臭み消しをしてもいい。
「スパイスなんてあるの?」
おっと、機嫌を損ねたか?
知らない単語や専門用語を羅列するだけでブチ切れる女子もいるからな。
俺はマウントを取ったつもりはありませんよー。
・・・よし、目付き平常。
今回は言葉通りに受け取っていいだろう。
「ホール大陸にいた時ちょっとね」
ポンポンと鞄を叩く。
こちらの情報を明確に伝える必要はない。
ニュアンスさえ伝われば会話は成立するんだ。
残念ながらシーフードは食べ切ってしまったけど、乾燥させて瓶詰めされたハーブや胡椒などは鞄に入れっぱなしだ。
「よし!じゃあ私がミンチ作るね」
「それじゃ俺は野菜切るよ」
乗り切ったー!
ここまで進めば料理に集中できるだろう。
女子との会話はいつも緊張する。
ルミナ姉やチェル姉みたいに落ち着いた女性との会話なら平気なんだけどな。
野菜置き場はスキルの能力か、一部氷漬けにされていた。
冷凍すると食感が変わる野菜もあるからな。
この判断は自警団がやったんだろう。
「はぁ!!」
ドガン!ドガン!!ドガン!!!
・・・びっくりした。
ミンチ作るって言ってたけど、ミンチを作る音じゃない。
・・・チラッ。
「・・・スキル、身体強化かな?」
「・・・うん。ごめん、料理得意じゃなくて・・・」
「大丈夫。飛び散ってないし、まな板へこんだ程度で済んでるよ」
ツインテールの猫耳メイドが肉を叩きつけてミンチにするなんて思わなかったよ。
というか、さっき持ってた包丁はどこに行った。
・・・いた。
なんで机に刺さってるの?
「冷凍した肉を包丁で切って、布に包んで叩くと飛び散らないし、程よく粗挽きになっていいよ」
身体強化があるならスジの多い部位でも切れるだろう。
「わかった!任せて!」
ズパッ!!
冷凍状態で吊るされていたイノシシの前足を包丁で切り落とした。
・・・あれはウデ肉。
とても美味しい部位だが、スジが沢山あるんだ。
あれを手作業でミンチにするだと・・・。
というか、なぜ肉を追加した。
さっきの肉で足りるだろ・・・。
・・・ダメだ。
見ているとお節介を焼きたくなるから自分のことをしよう。
野菜置き場にほうれん草があった。
冬野菜だからちょうど旬を迎えたのだろう。
葉が大きく青々としていた。
ほうれん草はアクが強いから、サッと湯通しして使う。
あまり水に付けっぱなしにすると栄養が流れるし、アク抜きをしないとえぐみが残るんだ。
ついでに食感と匂い消しにセロリも加えて刻む。
ダン!ダン!ダン!!ダン!!!
視界の端に布で包んだ肉を伸ばし棒で滅多打ちにする猫耳メイドがいる。
猫耳メイドってこんなトロールみたいな動きするっけ?
「ミンチできたー!」
「わーすごいねー」
無表情で答えたが、ほんとにすごいと思う。
よくあの硬いスジをここまで綺麗にミンチにできたものだ。
ミンチとほうれん草、スパイスとブランデーを加えて混ぜる。
ブランデーは料理のために買ってあったんだ。
自分がこっそり飲むためじゃない。
これを混ぜると臭みが取れて、ほんのり甘みと香りが増すんだ。
よく洗った網脂を広げ、あとは丸く包んでいくだけだ。
クルクルと2人で網脂を巻く。
「ディー君って料理上手だねー。スキルじゃないのに網脂綺麗に巻いてる・・・」
「えーぜんぜんだよー」
「私の破れちゃうし・・・厚く巻いちゃおっかなー」
やめてくれ。
網脂は巻きすぎると固くなるんだ。
「んー・・・ソフィアって面白いね」
意味は『お前の頭おかしいぞ』だ。
「えーそうかなー。ね、私のサブスキル『ソーイング』なの。一緒だね」
身体強化とソーイングか。
よくある組み合わせだ。
そして『サブスキル』と軽くディスられたが『俺にとってはメインスキルですけど』と反応してはいけない。
「へー知らなかったー」
どうせ悪気どころか何も考えてないんだ。
巻き終わったカイエットをオーブンに入れ、20分ほど焼けば完成だ。
「あ!ディーここにいたー」
「パパさまー」
よく来た俺の癒し!
ちょっと手が獣臭いから頭を撫でれないが、女子と2人っきりという危険状態から脱出できたようだ。
「皿片付けてたらみんないなくなるんだもん」
「あーすまん。俺のお帰り会やることになったから料理してたんだ」
俺のお帰り会なのに、俺が料理してる・・・まぁいいか。
「なら僕たちも手伝うよー」
「もうオーブンで焼くだけ・・・いや、見守りが必要かな」
オーブンの送風機に向かうソフィアが視界に入った。
「ソフィア、火はそのままでいいからね」
「え?そうなの?」
貴重な食料を消し炭にされないよう注意しなくては。
しかも行動力のある乙女のプライドを刺激しないようにアドバイスをする必要がある。
「・・・ソフィア、ヨルヨンと盛り付けの皿を選んでくれるかな?」
「わかったわ」
「ヨルがんばる!」
ヨルヨンに押し付けてしまったが、サポートは任せろ。
「・・・テオ、ソース作ってくるからあっち見守ってて」
「え?うんわかった!」
俺は戦線離脱して1人でソースを作った。




