ここでの仕事
「じーさーん。おれーー!」
「おやおや。どちらの俺さんかな?」
「こらエール。ちゃんとあいさつしなさい」
ここは町にある道具屋。
町では大きな店が少なく、需要が多岐に渡るため服飾も兼ねた雑貨屋だ。
「ほほ。いつものじゃな。持っていけ」
じいさんから袋いっぱいに入った端布を受け取った。
俺たちの仕事はこれを加工して露天で売ることだ。
ノルマも税も何も無い自由な商売。
もちろん売れなくても奴隷商では食事が出る。
でも肉が少なくて育ち盛りには物足りないのだ。
「お前の仕事は丁寧で華やかじゃから人気があるのぉ」
「そう言うならじいさんが俺に職をくれよ」
「ほほ。ドル爺から奴隷を買うのは、敵国の姫を嫁に貰うくらい大変だと言われとる」
ワシには無理じゃーと笑っている。
まぁこんな簡単に腕を買われるなら売れ残ってない。
戦闘スキルじゃない人は毎年たくさん生まれている。
生活に役立つグッズを作る【商業ギルド】や町の商店なんかに入れれば安泰だが、裁縫系のスキルなんて商業ギルドの中に【服飾ギルド】が部門別に立ち上がるほど溢れている。
なんなら奴隷商にも3人ほどソーイングスキル持ちはいる。
沢山いるから俺が就ける職がない。理不尽だ。
気を取り直して俺とエールは今日の仕事へと向かった。
商店街の道の端っこ。
露天には髪留め、帽子、スカーフなどなど。
元が端切れとは誰も思わない仕上がりだ。
「おねーさん、今日は日差しが強いねー。この帽子なんてどうかな?おねーさんの綺麗な肌が日焼けしたら、俺、悲しいよ」
エールと共に道行く人、主に女性に声をかけながら露店の商品をさばいていく。
貴族時代ゴミスキルの処世術として女性グループに溶け込んでいた俺にとっては、道行く女性に声をかけるのはたやすいことだ。
「あらあら、おませさんね。うふふ」
くっ・・・まんざらではない様子なのに財布に手が届かない。もうひと押しするか。
「おねーさんの好きな花を帽子に入れさせてよ。刺繍でも飾りでもどっちも、おねーさんのためにがんばっちゃうよ」
どうだ!
「うーん、そうねぇ・・・じゃあお願いしちゃおうかしら」
らっしゃーーーい!
俺はすぐに帯のような端切れを鞄から取り出し、片側の布をしゅるしゅると集め花飾りを作った。
色っぽいおねーさんは、花飾りを付けた帽子を被るとその場でくるくると回った。
「どう?似合うかな?」
「「すごくお似合いです」」
周りで見ていた見物人も、おもしろそうだと近づいてきてくれた。今日は商売繁盛の予感だ!
「ディー兄、完売!」
「おう!今日は順調だったな!」
デモンストレーションをさせてくれたおねーさんに感謝しながら、さっさと店じまいを始める。
孤児や浮浪者が露店を開くと、ごついお兄さんたちが近づいてくることがある。
俺らが無事に商売をできているのはドル爺が目を光らせてくれているからだ。
どんな光らせ方をしたらこんなに絡まれずに商売を続けられるのか。
今度具体的な方法を教えてもらわねば。
「あの・・・」
後ろから声をかけられ振り向くと、編み込みの金髪を肩まで流したイケメンが立っていた。
刺繍入りの上着に艶やかなブーツ、優雅な立ち振る舞い。
間違いなく貴族だ。しかも大物だ。
俺はすぐにエールの肩を掴んで回れ右をした。
「(どっかの王族がお忍びできたのかな?!)」
「(俺が知るか!でも金持ってそうだ!逃すなよ!)」
ひそひそと相談する。
金を持っていそうな上客だ。
俺は貴族の頃の笑顔を貼り付けて向き直った。
「いらっしゃいませ、と言いたいところですが、すでに完売してしまいました。少々お時間をいただければ最高級の刺繍品を仕上げてごらんにいれます」
久しぶりの敬語だが噛まずに言い切った。
「いや、客と言うか・・・その、鍛冶屋を探しているんだ。どこにあるか知らないかい?」
・・・なんだ迷子かよ。
思わず舌打ちが出そうになるのはここの暮らしになじんだ証拠だが、出すわけにはいかない。
だってドル爺に「いい子でいなさい」って言われてるもん。
「鍛冶屋、でございますか。もしよろしければご案内いたしましょう」
「本当ですか!助かります」
よしよし。これでお駄賃をもらえば弟分たちに肉を食わせてあげられる。
俺とエールは目配せして笑いあうと、そのお貴族様を鍛冶屋へと案内した。