表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソーイングスキルで目指せ魔王様~その魔物、俺たちのハンドメイド~  作者: あーちゃんママ
第10章 アーステア大陸
79/101

ベストなビートバン

「チョコ!サクサクしたの入ってる!」

「ヨルヨン、しー。あんまりはしゃいで見つかるとまずい」

状況は不味いが、チョコは美味い。


しっとりとしたホワイトチョコにコーティングされたサクサクのドライ苺。

チョコの甘さとフリーズドライの完熟苺の甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。



テオドールが地面に消えて30分。

どのくらい時間がかかるか聞いてなかったから、ヨルヨンと一緒におやつを食べている。

ミルドレウスに貰ったチョコレートだ。


その昔、遭難した時はお菓子を食べて乗り切れ、と言われるくらい非常食として重視されていたらしい。

そのためチョコや飴など保存がしやすいものは、多種多様に商品化されている。


栄養が豊富で旅に欠かせない間食。

この緊張する状況を乗り切るためには糖分が必要不可欠だ。

モグモグ・・・。

「かなりうまいな」

「おいしい!」

俺とヨルヨンは敵陣の前でチョコを食べながらテオドールの帰りを待った。






「あー2人ともおやつ食べてるー」

僕働いてきたのにーと口を尖らせている。

テオドールが帰ってきたのは2時間後だった。

「敵陣の前で2時間は肝が冷えたぞ」

「ディー、その手にあるのは?」

「ベストだ。これから冷えるからな」

精神統一げんじつとうひにピッタリな作業だった。


レイヤードスタイルと呼ばれるオシャレな重ね着の必須アイテムと言えるベスト。

シャツの上に着るだけで簡単にエレガントさを出したり、カジュアル感を出すことができる。

それに丸首クルーネックとVネックの違いや、毛糸の質感、厚みや色、首周りの装飾などなど。

こだわりポイントが盛り沢山なんだ。


季節の変わり目に着るものだと思われがちだが、夏に着てもいい。

素材は毛糸が主流だが、P素材のベストは涼しい上にチク透けも予防できるのだ。



そしてベストのサイズ感は時代によって流行り廃りが激しい。

10歳のお披露目会に行った時は、体にフィットする前開きのフォーマルタイプのベストしかなかった。

まぁT(時)P(所)O(場合)を考えればそうなっても仕方ない。


アモーレの町で見かけた男性は、ダラりとしたシルエットのベストを着ていた。

袖なんてフレンチスリーブのように肩から少しずり落ちていた。

これはドロップショルダーという女の子が華奢に見える着こなしだが、男が着るとルーズな印象が強くなる。



アモーレの町で買った色鮮やかな毛糸を輪針に巻き付けていく。

今回は継ぎ目のないベストだ。

プルオーバーと呼ばれる、頭からすっぽり被るタイプ。

輪針でクルクルと毛糸を編み込みながら右へ右へと送っていくと、円状のニットになった。


オーソドックスなベストを編む。

流行りに乗ってもいいが、俺の体型でダボッとしたベストを着るとヤンチャなボーイにしか見えない。

テオドールが着たら似合うだろうが、全身の貴族コーデと反発して「サイズ間違えた?」と思われるような仕上がりになるのは目に見えている。

体型に合ったオーソドックスなのがベストだ。

ベストだけに。


これから冬になって寒くなる前に作れてよかった。

俺はクルーネックの赤色、テオドールはVネックの紺色のベストを。

そしてヨルヨンには真っ白なモコモコ帽子を編んだ。


「やっぱり余裕なんじゃないかー」

「余裕なんてな・・・あ!」

見ればベラルーラ陣営から馬に乗った人がこちらに向かってきていた。


「見つかったか。急いで行くぞ!」

「おっけー。えい!」



俺たちは地面へと消えた。



「それでどのあたりまで掘れたんだ?」

「ふふーん!なんと駅のホームまで行けました!」

どうだ!と胸を張るテオ。

「おー」

パチパチパチ。

さすがにそこまで行くとは思っていなかったのでヨルヨンと一緒に拍手で労をねぎらった。


地下へと続く階段を降りる。

足元に光る石が嵌め込まれている親切設計だ。


転ぶことなくトンネルの前まで来た。

上はドーム状になっていて、床は平衡の取れた平らな床だ。

得意と言っていただけあって丁寧な仕上がりだ。

「すごいな。このまま歩いていけばいいのか」

「違うよー。早く動く方法があるからそれ作ってたんだよー。時間掛かっちゃったけどねー」

それで2時間もかかったのか。



「ほらこれ!」

見せられたものは石盤だった。

人が1人寝られるかどうかの大きさだが、テオドールは軽々と持ち上げている。

「転移するのか?」

「まっさかー。転移なんてお父様くらいしかできないよ」

あははと笑う。

やな予感しかしない。


「これに乗るんだ。あっという間に向こうまで行けるよ。名付けて【ビートバン】!」


あっという間に逝けるよ☆

と、ビートバンが言っている。


「これが動くのか?というか、安全面に不安が大きい。掴まる所もないだろ」

「えーじゃあこれでどうかな?えい!」

ビードバンの四隅に壁ができた。


「ほら!掴まる所もできたよーこれで行けるね!」


これで逝けるね☆

もう幻聴じゃない。

だってそれ、石棺じゃないか。


「馬で走らせ・・・るのは天井が低いか。ウールンなら走れるかもしれないが・・・」

「大丈夫だよ、ほら乗って。ちゃんと掴まっててよー」

乗ることは確定済のようだ。

仕方なく後ろに乗ると壁を掴んだ。

「・・・俺は火葬してアペリティフに撒いてほしいな」

「ディーは心配性だなー。ほら、ヨルヨンも乗るよー」

「はい!おとうさま!」

狭い石棺にテオドール、ヨルヨン、俺の順に座って乗った。





「よし、行け!」

テオは前方で身を乗り出して掛け声を上げた。

「うっ!?あ、ぁぁああ!」

石の棺はふわっと揺れると、すごい速さで飛ぶように進んでいる。

いや、実際に飛んでいる。

え?!なんで飛んでるんだよ!!

「あぁぁぁぁぁああ!!」

「ねーすごいでしょ!」

「おとうさま、速いですー!」

掴まったまま情けない声が上がる。

楽しそうなテオドールは風を感じる余裕があるようだ。

ヨルヨンは座ったまま前方を見たり、俺を心配そうに見ていた。





あっという間にホーム付近の地下道に着いたらしい。

「ちょっと休む?」

「・・・いや、早く外の空気が吸いたい」

騒ぎすぎて喉が痛い。

さっさと階段を昇ることにした。


周りに人の気配がないのを確認し、外に出る。



懐かしい駅だ。

ちょっと色の剥がれたトタン屋根が可愛らしい。

お披露目会で主都に行くときに乗ったきりだったが、昔の思い出と変わりない。



「誰もいないねー」

「戦争で取られた領土の目の前だからな。軍隊くらいしかいないはずだ」

駅から少し離れたところに軍隊のテントや砲撃の物々しい装備が見える。




次の列車はいつ来るんだろ。

一応駅員に聞いておくか。

「すみません、避難地域に行きたいのですが」

「あぁ、ここがそうだよ」

「え?避難区域は主都のはずじゃ・・・」

「いや、まぁ、・・・あんまり大声じゃ言えないがね。主都が受け入れを拒否したんだ。だから西側の避難区域はここだよ」


「そんなまさか・・・」


主都が裏切った?

受け入れは条約で決めていたはずなのに・・・。


「見たところ軍人ではないようだけど、駅から乗ってきたんだよね?」

「・・・探し人がいまして」

「あぁ・・・見つかるといいね」




もう3年半も経つのか。

軍隊のテントの向こうに、土色のテントが見える。

このテントのどこかに俺の家族がいるかもしれない。

・・・いや、いて欲しい。

そう願わずにはいられなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ