ここは始まりの町
バシャー!!!
俺の顔を水浸しにして、悪ガキは嬉しそうに笑っている。
ウトウトと箒を抱えたまま玄関で座り込んでいたようだ。
(3年前の雪解け水に比べれば温かいし、量も少ないな・・・)
白いシャツと緑のスカーフがびしょ濡れだ。
ズボンが無事なだけ良しとしよう。
「わしの店の前で居眠りとはいい度胸だ小僧」
俺と同じ緑のスカーフを首に巻いた悪ガキと、その後ろで白髪の老人が息巻いている。
「ちょっと休憩していただけだ。ほらエール、こんな爺さんの言いなりになると碌なことがないぞ」
「はーい」といたずら小僧こと【エール】は素直に返事をした。
よしよしとオレンジ色の短髪を撫でる。
「ふん。そんなことより、天気がいいなら全員水浴びをさせておけ」
用は済んだとばかりに店の奥に入っていくドルドーラこと【ドル爺】。
全員とはここ、【ドルドーラの奴隷商】に住んでいる人間のことだ。
そう、俺は現在奴隷の身だ。
とは言っても俺は清潔な服を着て、健康的な体をしている。
ここは奴隷とは名ばかりに、なかなか待遇がいい環境だった。
「おーい!順番だってばー!」
子供のはしゃぐ声と共にバシャバシャと水が跳ねる。
大きく浅めの洗濯桶に年齢の低い順に入れていく。
特に3才前後のやんちゃ坊主を水浴びさせるのが大変だ。こっちが水浸しになる。
下は1歳に満たない子から上は15歳。
50人ほどが入った水はすぐに黒ずんでしまった。
「あー・・・俺たちはまたこんな汚い水で体を洗うのか・・・あぁ!誰か俺を助けてくれないかなー!」
わざとらしく嘆いてみると、先ほどのエールが笑顔で近づいてきた。
「ディー兄!俺、新しい水出せるよ!」
「な、なんだってエール!それはすごい!天才だぞー!」
うおおぉぉとわざとらしく叫びながらエールを肩車する。
エールはスキル【水玉】の一つだけを持って生まれてきた。
スキルがどの程度発動できるかは所持する魔力量に付随するらしいが、エールの【水玉】は小さな桶をいっぱいにする程度の、いわば【ゴミスキル】だった。
ここにはスキルが一つしかない子、ゴミスキルと呼ばれる使い勝手の悪いスキルを有する子供たちであふれていた。
ゴミスキルの捨て子や戦争で孤児となった子が就職先をみつけるために寄り集まる場所、それがドルドーラの奴隷商だった。
「ディー兄ぃぃ、アルが服破ったぁぁ」
「違う!ミィがぶつかってきたんだ」
「あーはいはい、すぐ縫うから喧嘩しないの」
ここでは誰も腫物を扱うような、スキルの話をしても目を伏せるような人間はいない。
ここに来た当初は「お裁縫スキル」なんて呼ばれて2,3日寝込んでしまったが、今となっては誇らしい二つ名として受け止めている。
布切りハサミに針数本しかないが、自前の裁縫セットもある。
いずれ中身を充実させていくつもりだ。
(領地に帰ったらきっとお父様もお母様も驚くだろうな。こんな打たれ強い人間に成長しました・・・)
そう、領地に帰ることができれば、だ。
ここは【ホール大陸】にある町の一つ【スタータ】だ。確かアペリティフ領地のある【アーステア大陸】とは海を隔てていたはず。
何で俺はこんなところにいるんだろう?
ドル爺に聞いても「お前が倒れこんできたのがこの町で、お前が世話になるのがワシであること以外わかる訳がないじゃろ!」とツンデレジジイの世話になること3年。
すっかりここの生活に馴染んでいた。