酒飲み仲間
シャンデリアのように加工された光る石が、高い天井から照らす広いダイニングルーム。
豪華な装飾を施されながらも落ち着いた色合いの長テーブル。
手触りのいいダイニングチェア。
歴史を感じさせる調度品の数々に囲まれながら、俺はノームの末裔たちとディナーを楽しんでいる。
みんな仕立ての良い服を着て、まるで王族の晩餐会に参加しているような気分だ。
・・・参加したことないけどな。
「テオにはびっくりさせられっぱなしだよねー」
「そうですよ。外に出たっきり帰ってこないと思ったら、馬引き連れて帰ってきますし」
あはは、と転移した時にいた赤色の短髪の男と紫色の長髪の男が笑っている。
「ダンジョン整備だけでなく、魔物作りも順調だそうだな。この国までダンジョン復活の情報が流れてきている。よくやったぞ、テオ」
「ありがとうございます、お父様」
テオの敬語久しぶりに聞いたなー。
ここでは丁寧な口調で喋るのか。
「でも何年も連絡してくれないなんて・・・みんな心配したのよ」
「だってまだ連絡手段使えないしー」
普段通りの口調に戻るのかよ。
連絡手段ってあの花のことだろうな。
ちらっと給仕するメイドを見る。
何人もいるメイドは古風なメイド服を着て、何故かシンプルな仮面を付けていた。
この人たちもノームの末裔なのか?
でも5人とは立場が違うみたいだ。
そういえば魔王が「なぜ人間がここにいる」とか言ってたし、これ聞いちゃダメなやつかな。
・・・あとでテオに聞こう。
貴族風のお兄さん達は髪の色はバラバラで、顔も似ていない。
まぁ魔王にそっくりなのが2人もいたら、この赤ワイン持って離席するけどね。
夕食のメインは骨付き子羊肉のグリルだ。
ラック・オブ・ラム、つまりラムの骨付きの肉塊を香辛料で味付けし、切り分けた料理だ。
赤みを残した断面に、描くように添えられたバルサミコ酢とバターのソースが見た目にも鮮やかだ。
何より、この赤ワイン。
癖のある肉と楽しめるよう、渋みのある濃い味わいがいい。
もちろん、どんな赤ワインを出されても美味しくいただくが。
バルサミコ酢はブドウ果汁を樽熟成させたものだったな。
肉料理にバルサミコ酢、そして赤ワイン。
誰だこんな素敵な組み合わせ考えた人は。
「ディー君、お口に合いましたか?」
赤色の短髪のお兄さんが話しかけてきた。
貴族の服を着ていなければ町の門番とかに居そうな感じだ。
「はい。ラム肉もバルサミコ酢のソースも、この赤ワインにぴったりで美味しいです」
「それは良かった!そのワインとバルサミコ酢、私の手作りなんだ」
おいおい、素敵な人見つけちゃったぞ。
「私はノルトライン。ノルと呼んでくれ。ここは水の大地には珍しく降水量が少ないのと、朝晩の気温差があって、ぶどうが甘く育つんだ」
もちろんスキルも使うけどね。と赤ワインを片手に持つ。
加工だけかと思ったら素材から作り上げるガチな職人かよ!
「ワインはよく飲みます。昨年は雨が少なくて良いぶどうが生ったと聞いていましたので楽しみにしていました」
「お!詳しいね。ディナーが終わったら私のワイナリーに行こう。熟成中の樽ワインも試飲させてあげるよ」
素材から作り上げる職人で、気前よく飲ませてくれる素朴な笑顔が似合う紳士。
ここにはパーフェクトな兄貴までいたのか!
「ぜひ!」
「ノル兄様!僕も!」
テオドールが手を上げる。
「まぁ、テオもお酒を飲むの?」
インテグラが口に手を当てて驚いている。
「黒ビールだって飲めますよ」
ふふん、と胸を張っている。
・・・いや、お前、黒ビール以外飲んでるの見たことないぞ?
食事が終わり、ノルトラインに連れられて階段を下る。
ダンジョンのような石壁が続く地下室の一室に、重厚な鉄の扉があった。
「ここが私のワイナリーだよ」
ギィっと思い扉を開くと、中からひんやりとした冷気と濃い木の匂いが吹き込んできた。
「おお!広い!」
ワイン樽を保管する時は、樽を転がせるよう1階に置かれているのが普通だ。
ノルトラインのワイナリーはホールを中心に半円の奥行に、円をなぞるように奥へ上へと伸びる廊下に樽が敷き詰められていた。
「これだけの数を管理するのは大変でしょう」
4階建ての演劇ホールのように樽が一望できる。
「そうだねー。だから樽を運ぶ時、魔石でフォークリフトを動かしているんだ。毎回土属性魔法使うより楽だし、さすがに持ち上がらないからね」
ほらあれ。と指さす先に足元から角が生えた馬車の荷台のような乗り物がある。
「魔石を使っているのですか」
「うん。と言っても飛行船に使うようなでかいのじゃないよ。簡単だからディー君も魔石工学を学んでみたらいいよ」
聞いた事のない学問だ。
スライムの魔石程度で動くのならやってみてもいいかもな。
「さて!ディー君はなんでも飲みそうだから良いとして、テオの好みはどれだったかなー」
ノルトラインがホールに併設されたテーブルに赤ワインを5本並べる。
樽に入っているものではなく、瓶詰めされたものだ。
「こんなに出されても僕飲めないよー」
「全部飲むわけじゃない。辛口か甘口か、白か赤か。好みの確認だ」
ノルトラインがうんうんと頷いている。
「そんなのわかんないよー」
「わかった。まずは赤だけで3種類いこうか」
「あ、ノル様、手伝います」
テオだけ飲んだらずるいじゃないか。
俺は自然な流れで3人分のグラスを準備した。
それぞれの目の前にワイングラスが3つ、少量ずつ赤ワインが注がれている。
下に引いた白いマットのお陰で、赤色の違いがありありとわかる。
「こっちのが薄い赤だねー」
すいっと左のグラスを持ち上げ、傾ける。
「これは今年の新作だよ。去年のぶどうで作ったワインだ。このワインは寝かせるより今年飲んだ方が香りがフルーティーで美味しかったんだ」
樽熟成はさせればいいというものではない。
あれは樽の香りを付ける役割もあるから、物によってはせっかくの香りが台無しになってしまう。
くいっと赤ワインを口に入れる。
「んー赤ワインって感じ」
「まぁ何種類も飲んで記憶してなければそんなもんだ」
「そうそう。だんだんわかるからまずは飲めばいいよ」
そのための飲み比べだ。
「中心のワインが5年物だ。強めにローストしたオーク樽で寝かせた私のオススメなんだよ」
左の新酒に比べ色が濃く、グラスを近づければフルーティーな香りに加えヴァニラやキャラメルのような香りもしてくる。
「あーなんだろ!濃いね!あとに残る香りがすごい」
「そうだろ!樽の焼きによってワインに付く香りが全然違うんだ」
これは内側をローストすることで樽の持つ香りを熟成しながら纏わせる方法だ。
初めて見るとびっくりするくらいかなり焦がすが、この焦がし具合で香りが全く違うのだ。
俺は真ん中の赤ワインを静かに味わった。
「ほら、最後にこれ」
3つのうち右に置いてあった赤ワインは、グラスの向こう側が見えないくらい濃い赤色をしていた。
「んー?あんまりさっきほど香りがしない?」
グラスを近づけ、首を傾げている。
「フルーティーっぽさはなくなったな」
くいっとグラスを傾けワインを口に含む。
「しっぶい!」
テオドールが口を窄めている。
「あはは、プティヴェルドって品種のワインだ。世界各国の王族が集まる晩餐会にも出されたこともある希少で高いワインなんだぞ」
「こんなの飲んだの?渋すぎじゃない?」
「この渋さも1つの魅力なんだ。ま、高いから美味いってことじゃなく、自分の舌に合ったワインを楽しめってことだ」
もちろん、高い酒も俺は大好きだ。
高いと思うからこそ楽しめる境地もある。
「こうやって飲むと色々違うんだねー」
「そう、テオもわかってきたな。何種類も飲むことによって自分の好みを見つける。それが楽しいんじゃないか!」
「ディー君よく言った!次は白ワインだぞ!」
ビシッとワインセラーを指さす。
「しまった!ツマミを用意しないと!」
「ふふふ、万事抜かりない!酒のツマミは自分で作れてこそ一人前だ」
ジャーン!と取り出したのは「ツマミ」と書かれた木箱だ。
「さすがノル様!」
「いえーい!ははは!」
ノルトラインがツマミを皿に盛る間、俺は新しいワイングラスを準備する。
使用済みは食洗機にかけといてーと言われたが、グラス専用の食洗機があるなんて聞いてない。
しかも魔石で動くタイプ。
ちょっと本気で魔石工学学ぶ気になってきだぞ。
非熟成のフレッシュチーズにガーリックとハーブを混ぜると、なんでこんなに白ワインに合うんだろ。
子羊の肉で作った生ハムは脂肪が少なく、濃い赤色に見合うしっかりとした味わいが赤ワインに合う。
「そしてこれだ!ピクルス」
「まさかこれも?」
「漬けちゃいました!」
「ノル様さっすが!」
肉とチーズだけだともったりする口の中をピクルスがさっぱりリセットしてくれる。
新しいワインがどんどん行けちゃうのだ!
「昔飲んだんだけど、ワインの樽でウィスキーに香りと色を付けたのも美味しかったなー」
「ああ、知り合いのバーテンダーは小さいワイン樽にウィスキーを詰めて、天井から吊るしていたな」
チェル姉のことだ。
「なにそれー!オシャレ!」
「目立つからな。「そろそろいい味になったかなー?」なんて目の前で言われたら・・・」
「飲むしかないでしょ!!」
そのテクのせいでウィスキーは色も香りも付く間もなく、空になっていった。
何本も試し飲みをするからどんどん目の前にワイン瓶が置かれていく。
赤なのか白なのかわからなくなった空のワイン瓶も3本ほど床に置かれた。
「いつかお酒の祭典開きたいよねー」
「やるのか!ぜひ俺を呼んでくれ!」
「もっちろん!ディー君はVIP待遇でおもてなしするよー!」
「楽しみすぎる。ワインフェスタも良いがカクテルフェスタってのも見栄えが良くてウケそうだな」
「あー!それいい!楽しい!もうテオ、何でディー君もっと早く連れてこなかったの!面白すぎでしょ!」
「ノル兄様も外の世界に出たらいいんだよー」
「俺はぶどう畑がホームなんだよ。あ、ブランデーもあるんだった!」
「なに!あるのか!」
「もちろんだ!白ワインを蒸留し、オーク樽で寝かせた8年ものだ!」
そろそろテンションがおかしくなってきたが、目の前の酒を飲まない俺ではない。
「ブランデーって火を付けてボワってやるやつ?」
「そうそう。でもあれは味には影響無いんだよ」
「そうだな。見た目で楽しむだけなら、俺は揺らして香りを楽しみたい」
足取りが怪しくなってきたノルトラインが持ってきたのは装飾が美しいガラス瓶。
ワイングラスよりひと回り大きなグラスに紅茶のようなブランデーをそそぐ。
「カラメルとかの混ぜ物一切なし!正真正銘樽の色だ!」
「すごい!あーめちゃくちゃ香りがいい!」
ついクルクルと回してしまう。
「うーん、僕ブランデーはダメー。チョコとかケーキに入ってたらいいのにー」
さすがに飲み始めのテオドールにはブランデーはきついようだ。
「それなら紅茶に入れればいいよ」
「えー?紅茶?」
「紅茶の風味がアルコールに乗って香るんだ。ラム酒でも美味しいがブランデーの方が果物を煮詰めたような香りがするんだ。入れてみろって」
「よし、お湯沸かすか」
お茶会のカップとポットを引き出しから取り出す。
パチンと指を鳴らしポットを傾けると、熱々のお湯がカップに注がれる。
「あれ?いまお湯が沸いた?」
「あー・・・うん!イリュージョン!」
まじか、ノル兄様万能だな。
「俺もいつかやってみたいな」
「ディー君ならできるよ、きっと。ほらテオ、紅茶に入れてごらん」
ふわりと紅茶の香りに甘味が足される。
「あ、これなら飲めるー」
「よし、それじゃ改めて・・・」
「「「かんぱーーーい!!」」」
俺たちの夜はまだまだこれからだ。