糸作成
船旅3日目
「これよりぃぃぃ!恒例の海釣りをおこなぁあう!」
「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」
甲板で男たちがむさくるしく集まっていると思えば、ずいぶん平和な催しだ。
「参加者にはフィッシュフライ無料券、そして釣れた者にはメラニア大陸特産の黒ビール半額券を進呈しよう!」
「「「「うおぉぉぉぉ!!!!」」」」
俺の叫びも男たちに混ざる。
だって黒ビールだぞ。
「黒ビールかー。飲んだことないけどおいしいの?」
「うんうん、女性でも飲みやすいって好評なのよねー」
「あれは原材料を燻って焦がしたものをビールにしていますから、金色ビールと違って香ばしい甘みが特徴のお酒なんですよ」
流石先生、そこまでご存じなら次に何をすべきかわかりますよね。
「船旅でストレスをため込まないための催しです。みんなで参加しましょう」
わーい。黒ビール目指して釣るぞー。
この船旅では特にすることも無いため、俺たちは毎日フランシスから課外授業を受けていた。
メラニア大陸については昨日習ったところだ。
商業ギルドの本拠地ミッドガル国が支配するメラニア大陸。
その力は全ての大陸に商売のための道を開かせ、戦争の有無に関係なく商売を行っている。
あのサイコ騎士が所属する国だ。
こうしてホール大陸を離れて隠れてしまえばサイコ騎士も追ってこれないだろう。
船旅では勉強の合間に手袋と厚手の靴下を縫っていた。
じきに冬が来るのだ。
港に着いたら裁縫セットを増やすのもいいな。
マフラーなんかも編むのもいいかもしれない。
俺はのんびりと冬コーデを考えながら、釣り道具を借りる列に並んだ。
「あー絡まった!お前もっとあっち行けよ」
「ぬ!海底に引っかかったか?!ふん!き、切れた!」
海釣り大会が始まって20分。
続々と釣り糸が切れてリタイアする男たちが声を上げている。
これ、ストレス発散目的のはずなのに、さらにため込んでるぞ。
「だー!切れた。俺もリタイアか」
俺の釣り糸が切れて先がなくなっている。
「ディー君は糸作成があるのに使わないのですか?」
先生が不思議そうに俺の竿をみている。
「俺のスキルは材料が必要だからな。鉄みたいな硬いものだと折れるし、布の繊維じゃ弱すぎるんだ」
「そんなことありませんよ。うちの学校ではもっと強力な糸を作成していましたから」
「なっ!本当か!」
しれっと凄いこと言ってるな。
やっぱ今更だけど学校行った方がいいのかな。
「ええ、でも今回はあまり練習している時間はなさそうなので、簡単なものにしましょう。まず材料ですね。P素材ってご存知ですか?」
あの市場を塗り替えた新素材か。
「ある!あります!」
前にテオドールの帽子を作った時の残りを鞄から取り出す。
「では作ってみましようか」
「面白そー。僕も見ていい?」
「私も見るー!」
俺たちは釣りを中断し、集団から離れた場所に陣取った。
「材料はあるので、あとは技術次第ですね。ただぴーんと伸ばすだけだと切れてしまいます。また、短い繊維を撚り合わせてしまうのも同様に切れやすいです。素材を細く伸ばし、編み込んでいくように作ってみてください」
難しいことを言われたが、黒ビールのためだ。
やってみよう。
さっそくイメージしてみる。
細く細く、ミィに三つ編みをした時みたいに編み込み、編み込み・・・。
「なかなか筋がいいですね。もう少し圧縮しながら規則正しく織り込んでいきましょう」
普段糸は絡めて拠り集めていくイメージだったが、こんな複雑な糸は初めてだ。
先生に言われたイメージで作っていくと表面に光沢のある糸ができた。
凄いな!と引っ張ってみるとぶちっと千切れた。
「・・・切れた」
「そんな簡単ではないのですが、初めてで形にはなっています。上出来です」
さぁ続けましょう、と促される。
先生は褒めて伸ばすタイプなんだなー。
そして俺は、褒められるとがんばっちゃうタイプだったのか・・・新発見だ。
そのあと3回くらい練習した。
3回と言っても、魔力と集中力が切れるまでしゅるしゅる長い糸を出し続けるんだ。
蜘蛛って凄いんだな・・・なんて考える境地に至る頃、太さが安定した千切れない糸が完成した。
「これがN糸です。糸作成の熟練者はさらに強力な糸を織りなすそうですが、いまはこれで十分釣りを楽しむことができるでしょう」
スキルは磨いてみないと、その真価はわからないのですよ。と笑っている。
フランシス先生、まじ先生なんだな。尊敬するわ。
魔王は【N糸作成】を覚えた!