毎回捕まるあいつ
オルソン視点
俺はオルソン。21歳。
商業ギルドが立ち並ぶここ、【ミッドガル】で防衛隊の隊員をしている。
各国にある商業ギルドの税制一律と貿易路の開通を掲げ、40年ほど前にできた国だ。
「黄金の道に銀の車輪を走らせる」という信念のもと、戦争中だろうが物資を運び交易を絶やさない。
もちろん嫌がる国もある。
そのせいで1年前にでかい戦争があって、かなりの人が死んだらしい。俺はその時はまだ【ウォルトア大陸】に住んでいたから人伝に聞いただけだ。
人手が足りないために就職は簡単に通った。
普段は町の警備や害獣の駆除などをこなしている。
「オルソーン、見回り一緒に行こうぜ」
この茶髪の男はリットン。俺の同期だ。
「オルソンと見回ると楽でいい。チンピラも逃げていくしな」
あははと笑うリットン。
面倒くさがりな言動はあるが、悪いやつじゃない。
チャラい見た目をしているが、付き合い始めた彼女の元に定時で帰る真面目なやつだ。
なにより、俺の顔を見ても怖がらなかった珍しい男だ。
耳から鼻にかけて伸びる爪痕、左手の薬指と小指の欠損。
どう見てもガラの悪い賊に見える。
8歳の頃だったか。スキル【身体強化】の恩恵を受け、俺は世の中を舐めていた。
山に入れば野生の世界が待っていることなど、当時の俺は知らなかった。
スキルを最大限に生かしても野生の狼には致命傷を与えられず、顔を引っかかれ、指を食いちぎられた。
もうだめだと思ったとき、土の中から俺を掴む腕が現れ、そのまま土の中に引きずりこまれた。
「―――ねぇ、大丈夫?」
薄暗い土の中。光源があるのかぼんやりと浮かぶ光に照らされて、金色の髪、整った顔立ちの男が俺を覗き込んでいた。
「うーん・・・怪我してるね。魔石食べたら治るー?」
男はふわふわとした口調で俺の頭を撫でた。
男の名前はテオドール。ノームの末裔だと名乗った。
「―――でね、欲とか願いを込めるの」
俺の鞄から応急手当のセットを引っ張り出して手当をしている間、この男は自分の身の上話やスキルについて喋っていた。
正直、俺が聞いていいのだろうかと心配になる内容だ。
「願いか・・・俺は恵まれたスキルと強い体があれば誰かに願わなくても最強になれると信じてた・・・」
「願わないの?」
包帯を巻く手が止まる。
「願うだけ無駄だ。誰が叶えてくれる?」
まぁ、助けてくれと願ったらこの男が現れたのだ。願ってみるものだと初めて思い始めた。
「そっか・・・願うのって難しいんだね・・・」
神妙な顔になるその男の言葉はよくわからなかった。
「・・・助けてくれてありがとう、もし、お前が困ってたら今度は俺が助けるよ」
願いとは難しいのか・・・と難しい顔で悩む男に言葉は届いていないようだった。
「――――そういや聞いたか?サイコ騎士の話」
思い出から現実に引き戻される
「なんだ?」
「なんでも戦場帰りのお嬢様に居場所はないみたいでな。既存の組織では扱いに困るってんで新しい組織を作るそうな」
・・・不憫な話だ。9歳で戦場に赴き心を病んだそうだ。
前方に人だかりが見える
「おいどうした。道を開けろ」
そういって人だかりを掻き分けたその先に、あの日見た金髪があった。
ぐったりと沈み込む体は力が入っていない。首元を掴まれているため頭がふらふらと揺れている。
「あら、あなたたち、運ぶの、てつだって?」
ニコニコと男の襟元を掴んでいる少女は、ミリア・シュティールその人であった。
役場で事情を聞くと、珍しい男がいたから捕まえてきた、とまるで狩りに行ってきたハンターのような言い分だった。
その夜、俺は役場の地下牢獄にいた。
あの姿を忘れたことはない。
違ってほしいと思う反面、もう一度会いたいという気持ちもあった。
牢屋の前に歩み寄る。鉄格子から覗くその姿は、あの薄明りで俺の頭を撫でていた顔そのままだった。
「んー?誰かな?」
「・・・覚えていないか。13年前に狼に襲われていたところを助けてもらった」
そうだっけ?うーん?と首をひねっているが、この間延びした喋り方を俺は忘れてはいない。
この男だ。
「あんたノームの末裔だろ。ここにいるとまずいんじゃないか?」
13年前にこいつが話した内容では、ノームの末裔は魔石で生きていると言っていた。
1年前の戦争で魔石の入った人間が参加していたと聞いている。
ここに居るとまずいだろう。
「うーん、でもここ魔法が使えないみたいなの」
ほら、と床をぺちぺち叩いている。
ここは【スキルキャンセル】の付与がされた牢獄だ
そのため逃げ出せずにいたのだろう。
「・・・どいてろ」
スキルを使えなくても戦えるよう鍛えた体は鉄格子を曲げ、隙間を作ることができた。
「おーすごいね」
隙間から出てきたそいつは危機感がないのかニコニコ笑っている。
「これを着ていけ。お前の髪は目立つ」
マントと携帯食料を渡す。
「ありがとう、僕テオドール。君は?」
「俺は・・・オルソン、オルソン・ラウンドだ」
あいつが町の外に消えたのを見届け、宿舎へ戻ろうと歩いていた。
ふと、視線を感じ振り返った。
「・・・・・・」
何とか叫び声を飲み込んだ俺は目の前の少女に向き直った。
そこには笑いながらまっすぐ俺を見るミリアが、至近距離で立っていた。
気配がして振り返ったらそこにいたのだ。
見開いた目は瞬きをしておらず、正直かなり怖い。
「逃がしちゃったね。魔石、いらなかった?」
ニコニコ笑ってはいるが、この少女は俺が何をしていたか知っているようだ。
「・・・あぁいらないな。だが感謝している、あの人には礼も、恩も返しそびれていたからな」
ふぅ・・・と息を吐き、懐かしい思い出を思い出す。
目の前の少女の見開いた目が瞬きをする。
「また捕まえる、何度も、何度も」
「その度に逃がすだけだ。・・・俺の処分は好きにしろ」
そういうと少女に背を向けた。自分の処分はすぐに下るだろう。
「・・・俺が【クロスレンチ】の副隊長ですか」
2日後上司に呼び出されたと思ったら辞令が出された。
「そうだ。なんでもミリア令嬢直々のご指名だそうだ。いったいどこで知り合ったのか。真面目だけが取り柄の男だと思っていたのに・・・」
「女性の扱いを心得たつもりはありませんよ」
「ははは、だよな。まぁ実力ってことで納得して受けてくれ」
こうして俺はミッドガル親衛隊「クロスレンチ」の副隊長になった。
あのノームの末裔は今頃どこかで穏やかに暮らしてくれているだろう・・・。
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「何で毎回捕まるんだよ」
フード付きの黒いマントを身につけて忍び込んだのは役場の地下牢獄。
「いや~今回も逃げ切れませんでした」
申し訳ない、と綺麗な金色の髪をかき上げる。
最後にあったあの日から2か月後、この男と再び会うことになった。
「すまない。手間をとらせてしまったな・・・」
「ごめん、逃げ切れなくて・・・」
「あ、思い出したよ、犬にかじられてた時の子でしょ」
「あ、オルソン、ビーンズサラダすごく美味しかった!」
思わず持ってきた携帯食料を投げつけたい衝動に駆られてしまった。
この数年、捕まるたびに態度が図々しくなってきてないか?
ちゃんと隠れて生活しろ、魔石抜かれたいのか。
―――あと犬じゃねぇ!狼だ!
「何で俺たち捕まえたんですか」
久しぶりに捕まえたそいつは、奴隷を連れていた。
奴隷と言っても身なりがいい。
よく見ればドルドーラの奴隷商か。
あそこはその辺りをうろついている人間よりよっぽど教育が行き届いている。
捕まえた隊長はニコニコ満足気だ。
もう何度目ともわからないこの捕獲劇も「顔のいい男だから」という噂をリットンに流してもらって事なきを得ている。
貴族のご令嬢が男漁りのような真似をしている、なんて噂だ。発信源が俺だとわかれば処刑されるかもしれないな・・・。
牢屋から出したらすぐに遠くへ行くと思い、門の上に登って見送ることにした。
馬と携帯食料を置いておいた。
馬で走ればこの狭い大陸ならどこにでも行けるだろう。
だがさっさと逃げろと言ったのにテオドールたちは馬の前から動こうとしない。
「・・・俺馬に乗ったことないよ」
「偶然だね、僕もだよ」
まじかー。・・・まぁ全力で走らせなくても歩かせることくらい何とかなるだろう。
「あ、ちょっと待って、まだ座ってない」
「ディー助けて、うわっっ」
バタバタと森の前で乗馬を試みている。
騒ぐな!お前ら逃亡してる自覚あるのか?!
「それで、どこに行くんだ?」
「うーん・・・ドアーフのところに隠れさせてもらおうかな。あそこならダンジョンも近いし。【バルバラ】って町のはずれにあるんだ」
「じゃぁ【バルバラ】に向かうか。行け!」
行け!じゃねぇ!丸聞こえなんだよ!
俺は頭を抱えながら二人が走り去るまでそこで見ていた。
東の空が明るくなるころ、馬の蹄の音と共に「俺風になってる!」なんて声が聞こえてくる。
・・・お前ら真面目に逃亡しろ。