スキルの恩恵
「男のくせに戦闘スキルじゃないのか」
そんなことを言われたのは10歳のお披露目会。
同じくらいの年の子たちに囲まれ、僕は何も言えなかった。
帰りの馬車の中でお父様はいつもみたいに笑ってくれていた。お母様も。
・・・でもお父様の握った拳が震え、お母様がいつもより強く抱きしめてくれていた。
――――あぁ、僕は弱いのか。
屋敷に戻って、すぐに自警団の門を叩いた。
「僕は強くなりたいんです」まっすぐ隊長を見ると、少し困ったように頬を掻いた。
慌てた様子の隊員に連れられてお父様が宿舎に来た。
お父様は10歳の僕でもわかるようにスキルについて説明してくれた。
そして、こう言った。
「スキルによる恩恵は努力では埋められない。あれは魔法なのだから」
僕だってそれくらいのことはわかっている。
でも・・・。
「でも、それでも、・・・足が速くなれば、みんなの邪魔にならないでしょう?」
戦えなくても、せめて足手まといにはなりたくなかった。
ふと顔を上げると、みんな黙って目を伏せてしまっていた。
そんな中でお父様だけが、力強く俺を抱きしめた。
「・・・邪魔だなんて言うんじゃない。お前は俺の息子だぞ」
お父様の顔は見えなかったが、震える肩をポンポンと撫でた。
あれから2年、欠かさず訓練を続けていたおかげでそれなりに筋力も付いた。
朝練を終えて屋敷に戻ると、二階から声がした。
「おにーさまー!」
お母様に似た明るい赤色の髪の一部が風にそよいでとても綺麗だ。
「シェリー。その髪型もかわいいが、ちゃんと顔を洗っておいで」
クスクスと笑いかけると、妹は自分の髪が乱れていることにやっと気づいたようだ。
あわわ・・・と可愛らしい仕草で窓からいなくなってしまった。
軽く湯あみをして広間へ行くと、朝食を食べるお母様とシェリーがいた。
「お兄様、先にいただいておりますわ」
食べながら喋ってはいけませんよ。と窘められながら上品な手つきでパンをちぎっている。
「おはようございます、お母様、シェリー。あぁ。今日もおいしそうだね」
席に着くと使用人が朝食を机に置いていく。
白く柔らかそうなパンに黄色いバター、野菜がしっかり煮込まれた琥珀色のコンソメスープ。
どれも僕のお気に入りのメニューだった。
「今日も朝練でしたの?」
紅茶にミルクと砂糖を足しながら、シェリーが首をかしげる。
「そうだよ。もう何度も走りこんだからね、きっと普通の人より早く走れるんじゃないかな」
体力も付いたし、きっと【俊足】のスキルがない人には追い付かれないだろう。
まぁ他の隊員にも毎日置いていかれてしまっているけどね・・・。
「そうなんですの。さすがお兄様ですわ。あの・・・今日のお洋服、お兄様に刺繍していただいたものですの。覚えておいでですか?」
もじもじと椅子の上で落ち着かない様子の妹。
「あぁ、覚えているよ。とてもよく似合っているよ」
笑いかけると、わぁっと笑顔で顔を上げた。
「お兄様に褒められましたわ。あら、そろそろ授業の時間だわ、お母様、お兄様、また後程」
笑顔で駆け出す妹は、執事に「走ってはなりませぬ」と廊下で怒られている。
シェリーはスキル【ファイヤーアロー】を天から授かっていた。
ザ・魔法といったところだ。
そしてもう一つのスキルは【索敵】。
索敵で敵の位置を把握してファイアーアローで攻撃。
サーチ&デストロイの当たりスキルというやつだ。
もちろん専門の魔法教師が屋敷に来て付きっ切りで授業を行っている。
そう、【戦闘スキル】持ちの妹だ・・・。
『戦火のたえない世の中において、戦闘スキル持ちの有用性は計り知れない』と本に書いてあった。
大昔は魔物に対して使っていたスキルが、今や戦争の勝敗を大きく決めていた。
(戦闘スキルがなくても誇りを持って剣となり盾となれるだろうか・・・)
「・・・ディー」
目を伏せるのをお母様に見られてしまったようだ。
いつも「戦闘スキルを有して生むことができずにごめんなさい」と抱きしめてくれるが、僕にはお母様が悲しむ方が辛い。
「気にしていませんよ。むしろ誇らしい妹を持って幸せです。」
・・・気にはしています。
少なくとも受け止め切れていないから走り込みや朝練を続けているんだろう。
でもそれはお母様には関係ない。僕が諦めきれないだけだ。
僕は勉強をするために自分の部屋に戻った。
部屋は簡素な家具で統一している。
必要がなければ裁縫セットは引き出しから出さないし、刺繍した布団カバーなど使う気にはなれなかった。
誰がこんなスキルなんて好き好んで使うものか・・・。