ホイールの酒場
「あら、お連れさんはよくなった?」
階段を降りた先でさっきの女の人、この宿屋のおかみさんが笑っている。
「大丈夫みたいです。この町の人はみんないい人ばかりですね」
「そうね、ここは商業ギルドが貿易の中心になってて、人と人とのつながりを大事にしなさいって教えられてるから」
商業ギルド・・・ミッドガル国の影響が強い町なのか。
早くここが安全なのか確認して、逃げるならどこに行くか考えないと。
まずは情報収集をしよう。
「この近くで酒を飲めるところを教えてほしい」
酒場には情報が集まる、とチェル姉が言ってた。
別に酒が飲みたいから行くわけじゃない。
情報収集に必要だから飲むのだ。
「この近くだとホイールの酒場かねぇ、メイン通りに面しているから行けばわかると思うよ」
おかみさんにお礼を言い、宿屋を出てメイン通りへ歩いていく。
さすが貿易都市というか、商人の多いこの町は着飾っている人が多い。
もし皮の鎧という名の作業着にヘルメットをしていたら悪目立ちしていただろう。
「ここ、か」
夕方になり中から男たちの声が聞こえてくる。
「十字架レンチ」なんて名前のついた親衛隊の隊長さんなんだ。
このあたりにいれば情報くらいあるだろう。
ついでに廃坑になったダンジョンの情報でもあれば向かってみるのもありだな。
中に入ると見知った顔の男と目が合った。
「お、あんたさっきの。仲間は大丈夫だったかい?」
門の前で人の列を割ってくれた男だ。
「あぁあんたが道を譲ってくれたおかげでな。よければ一杯奢らせてくれ」
「ありがてーな。俺はモーセ。この近くで狩りをしている狼ハンターだ」
「俺はディートハルト。荷物持ちみたいなもんだ」
俺たちは簡単に自己紹介をするとカウンターに座った。
酒と言っても色々ある。
俺はなんでも飲むが、まずはビールでいいだろう。
余計なことを喋る気は無いし、情報収集するには頭がしっかりしてないと。
前にチェル姉の酒場で飲みすぎて、気づいたら水浴び用の桶の中で寝ていたことがある。
ドル爺には呆れながら叱られ、禁酒を言い渡されそうになった。
あれ以来、外に飲みに行く時は自力で歩ける範囲までしか飲まないと決めている。
関係ない思い出が蘇ったが、モーセとビールを乾杯して口を付ける。
うん、程よい苦みがいい。
「あーやっぱ仕事の後はこれだわ」
「ははは、若いのにわかってるな」
モーセが言うには昔の狼は群れで行動して、獲物を分け与えるような賢い獣だったそうだ。
しかしいつからかわからないが、狼は群れを成さなくなり、襲いながら食べ始めるような凶暴な行動がみられるようになったとか。
「狼だけじゃねぇ、このアサラムだけじゃなく貿易相手のミッドガルでは大サソリが出現したとかで、ここらのハンターも呼び出し食らってな」
「そうなんだ。・・・この町はミッドガルの影響が強いそうだな。親衛隊、クロスレンチと言ったか。この町とも親しいのか?」
「あぁ、あのサイコ騎士の部隊か。すごいよな、先の戦争では先陣切って戦ったそうだぞ。・・・まだ9歳だったってのにな」
一瞬、戦場に残してきた妹の顔がちらついた。
思わず目を伏せてしまう。
「・・・そうなのか。そんな優秀な部隊ならミッドガルから出ずにいるだろうな。先日それっぽい人を隣町で見かけてな」
「あぁ、俺も見たぞ。お前たちが門を通った後だったかな。あの後ろ姿は間違いないだろ。なんせマントに紋章が入ってるからな」
「・・・は?」
酒を持った手が止まる。一瞬何のことを言われたかわからなかった。
「だから、来てんだよ、この町に、サイコ騎士が」
俺はジョッキいっぱいに残っていた酒を飲み干し、急いで酒場を出た。