豊かな土地に育まれて
「・・・今日もいい天気だな」
まだ朝日が届かない薄暗い部屋の中。
僕、【ディートハルト】は目を覚ました。
気だるげに首を振ると短く整えられた黒い髪がふわりと揺れた。
――――そろそろ髪を切る時期だろうか。女の子と間違わるような容姿になっていないだろうか。
そんなことを考えながら鏡の前で髪をかき上げる。
顔を洗い簡単に身支度を整えると屋敷の外に出た。
雪の季節が過ぎたとはいえまだ夜の寒さが残っていて、ドアを開けるとひんやりとした空気に身震いをした。
10歳のころから始めた日課の鍛錬と走り込み。
赤い瞳をまっすぐ向け、ゆっくりと走り出した。
辺境の地【アペリティフ領地】
領地を囲む高い山から流れ出た雪解け水が、土壌を緑豊かに育てている。
見渡す限りの草原、畑、遠くに山。
いわゆる、ド田舎。
朝のすがすがしい空気を胸いっぱいに吸い込みながら足を動かす。
(・・・そろそろペースを上げよう)
筋肉が温まるのを感じ、舗装されていない道を走り抜ける。
屋敷から少し走ったところに自警団の宿舎はあった。
「おはようございます」
「おー坊ちゃん。段々来るのが早くなってませんか?」
笑いながら迎えてくれたのは自警団の隊長。
「だといいんですが。今日も一緒に訓練お願いします」
「ははは、坊ちゃんに【戦闘スキル】がないのがもったいないくらいですね。おーい、訓練はじめっぞーー!」
大きな声で集合をかける。大きな体格の隊長に負けないぐらいの屈強な男たちが宿舎からぞろぞろと出てきた。
「うっし、今日も豊かな土地に朝日が昇った!我らがアペリティフの地を守るため!剣となり盾となるぞ!」
「「「おうっ!」」」
自警団の一日は走り込みに、剣の鍛錬、村の見回りだ。
たまに畑仕事も手伝うらしい。
簡単にストレッチをすると、男たちはそれぞれのペースで宿舎から飛び出して行った。
「お、坊ちゃん今日も付いてこれてますね~」
「とう、ぜん・・・っです!」
隣を走る隊員は、薄緑色の髪を平原の草のように悠然と揺らしながら僕に話しかけた。
僕はと言えば、すでに顎が上がり腕の振りが小さくなっていた。
「あんま無理することないですよ~。このくらいの年の子に比べれば十分に体力ありやすよ」
うんうん、と一人で納得した様子。
「そうですね、でも、まだ・・・いけます」
上がってしまっていた顎を引き、何とか足を前に出す。
隊員は緑色の瞳を少し細めると優しく笑いかける。
「そっすね。おっと、これ以上は隊長に怒られそうだ、先に行きやーす!」
言うが早いか、隊員はその輪郭を朧げにした。
すでに一団の先頭、その先の丘の上まで一瞬で走って行ってしまった。
(スキル【俊足】だと言っていたっけ・・・)
いつの間にか周りにいた隊員は前方に姿を消していた。
僕は目を伏せ、ただ黙々と走るしかなかった。