ここは宿屋
「怒らせてしまいましたね」
ここはこいつ、テオドールが宿泊している宿屋。
「まぁ、俺も怒ってはいないけど呆れてはいるかな」
ダンジョンでぬいぐるみ作り。
そんな意味不明な組み合わせを職にできるわけもない。
「こんなの作ってなんになるんだ?」
ひょいっとぬいぐるみを摘みあげる。
「うーん…詳しく教えたいのは山々ですが、できれば引き受けてからにして欲しいというか…」
「つまり、教えたら逃げるかもしれないから確約を先に欲しいと」
「逃げるなんて考えていませんよ。むしろ、私を追い回すのではないかと心配しているのです」
要領を得ない会話の繰り返し。
もう諦めて帰ろう。縁がなかったんだ。
「俺としては、俺のスキルを必要だって言われたのは初めてだったからな。素直にうれしかったよ。それじゃ今回は縁がなかったと言うことで、新しい職が舞い込むことをお祈りしててくれ」
そう言ってぬいぐるみを投げた時だった。
「きゅーーー」
ぬいぐるみが仄かに発光し、その質量を増やし始めた。
「あ。まっずい。」
テオドールのその顔は貴族ではなく、悪戯を片付け忘れた子供のようだった・・・。
「うああぁぁぁぁ!!!」
宿屋の一室。ベッドと机、帽子掛けしかない簡素な部屋の隙間を縫って、大人二人は駆け回っていた。
足元にはネコくらいのサイズのぬいぐるみが2人を追いかけまわしている。
「な、なんだこれ、なんででかく、つかこっち来んな!!」
「きゅーー!」
ぬいぐるみの突進を避けると、壁がミシリと軋んだ。
――――無理無理無理、あんなの受けたら骨いっちゃう。
「えーなんでここでなるかなー、まだいけると思ったのにー」
あはは、とテオドールは呑気な口調でイスの陰に隠れている。
「と、とにかく倒すぞ、その椅子投げろ!椅子!」
「わかった!――――えい!」
掛け声とともにテオドールが椅子を投げると、リスのぬいぐるみに直撃した。
「ぷきゅん!」
攻撃が効いたのかぬいぐるみはふらついている。
「―――おっりゃ!!」
それに合わせるように蹴り出せば壁まで吹っ飛び、弾むように床に落ちた。
ふっと仄かな黒い光が消え、ぬいぐるみは元のサイズに戻っていった。
俺は仁王立ちでソファーに座るテオドールを見下ろしている。
「さぁ、説明してもらおうじゃねーか」
「えーなんかさっきと態度ちがうー」
お互いにな!と内心毒気付いた。
さっきまでの貴族風な振る舞いはなくなり、へらへらした人懐っこい子供のような話し方をしている。
「うーん…もう見られちゃったしいっか。あのね、僕【ノームの末裔】なの」
「なんだそれ?」
「ダンジョンの整備したり魔物を発生させるのが仕事だよ。僕今まで全然できなくてさー今回ぬいぐるみが魔物になったよね?感動だよー」
―――あれが魔物?英雄伝に出てくる魔王の下僕たち?
何が感動だって?何か頭痛がしてきたぞ・・・。
俺はこいつから最後まで事情を聴けるだろうか・・・。